574話 トトメスと王家
「前アグライア公爵夫人には、予言をした時の記憶はなかったそうです」
ラヴィニアが小暗い影のある表情でそう言うと、オクタヴィアは思案の色を浮かべた。
「……前アグライア公爵夫人は、何かに憑依されていたのかしら。王家を守護する霊が、前アグライア公爵夫人の口を借りて未来を教えたのかもしれないわ。今のタレイアン公爵は国王になれるかどうか怪しいもの。四十年前の予言が現実に近付いている……」
「オクタヴィアさん、凄いわ……」
ラヴィニアは感心するような眼差しをオクタヴィアに向けた。
「トトメス氏が、オクタヴィアさんと同じことを言ったそうです」
「トトメスが?!」
「はい。トトメス氏は、前アグライア公爵夫人の予言について、王家の守護霊が彼女の口を借りたのだろうと言ったそうです」
「トトメスは王宮に呼ばれていたの?!」
「前アグライア公爵夫人の予言を究明するため、女王陛下は占い師たちに王太子の運命鑑定を依頼なさったのです。その中にトトメス氏がいたそうです」
「四十年前に? トトメスって何歳だったかしら?」
「当時のトトメス氏はまだ少年だったそうです。ですが占いの腕はすでに一流で、驚くほど的中していたと……」
――およそ四十年前。
アグライア公爵夫人が王太子の不吉な未来を予言した後。
すぐさま予言について調べるため、アポローニア女王とクラレンス王配は、秘密裡に何人もの霊能者や占い師に王太子の鑑定を依頼した。
占い師や霊能者たちには、アグライア公爵夫人の予言については伏せたままで、王太子の未来を鑑定して欲しいという依頼をした。
しかし鑑定結果はどれも王太子の揚々たる未来を示すもので、困難な運命を告げる者は皆無ではなかったがそれらは常識の範疇のものだった。
異様な予言に関する情報は、彼らの鑑定結果からは何も得られなかった。
そんな折、侍女の一人が評判の若い辻占い師の話を持って来た。
――ハイホー地区に凄い占い師がいます。
――本物の霊感があると大評判になっています。
――とても当たるので、いつも行列ができています。
――私も見ていただいたのですがまるで全て知っているかのようで……。
それはブランコ・トトメスと名乗る若い辻占い師だった。
ふざけた道化師姿で、顔は化粧でよく解らなかったが、どう見ても少年だった。
彼はハイホー地区の路上で、布をかけただけの木箱をテーブルにして、そこでカード占いをしていた。
少年にしか見えないふざけた格好の占い師に、貧相すぎる露店。
まるで子供がお店屋さんごっこをしているようにも見えたが、しかし木箱の前には長蛇の列が出来ていた。
列に並ぶ客たちのほとんどは、俳優や女優の卵たち、芸術家風の者たちなど、一見してハイホー地区に夢を求めて集まって来ている若者たちだったが、中には年配の者や、実業家風の紳士もいた。
皆が皆、道化師姿の少年に敬語を使い、真剣な相談をしていた。
――王太子殿下を占ってくれ。
市井の者に変装した女王の腹心の侍従は、路上の列に並び、占いの順番が来ると、試すようにトトメスに言った。
――ふうん。誰かの代理? まあ、いいけど。
トトメスは胡散臭そうに侍従を見ると、木箱のテーブルの上でカードを混ぜ、何枚かめくった。
そして彼は道化師の化粧をした顔の眉を下げ、哀れむような口調で言った。
――過酷な運命だね。
――ここで言えるようなことじゃないよ。
――それに、気付いている人もいるんじゃないの?
――霊的な事件が起こったのかな。
まるで事情を見透かしているかのようなトトメスの物言いに、侍従は度肝を抜かれ、すぐに女王に報告した。
トトメスは本物だと。
そして王宮にトトメスが呼ばれた。
――王太子殿下はとても重い運命を背負っておられます。
――王家に生まれたなら重責があるのは当然ですが。
――特別に重い役目を与えられています。
――認められることのない損な役回りです。
――彼は隠された存在となります。
――公人である王族としては奇妙な運命です。
――囚人や病人のように世間から隔絶された場所で生きる。
――何かの犠牲者。
――良くない出会いが非常に多い。
――環境には注意すべきです。
――十五歳頃からの十年間は特に注意が必要です。
――年頃になった時期に狙いすましたように悪運が押し寄せます。
――環境……交友関係、女性関係に注意が必要です。
――この時期を無事にやりすごせば被害を少なくできます。
――子供は二人できます。しかし、どちらも……。
――…………。
――……彼の子は……、王位にはつかないでしょう。
――望みは絶たれ、失望します。
トトメスは一通り王太子に関する鑑定結果を述べた後、口の端に少し皮肉っぽい笑いを浮かべ、砕けた口調で独り言のように言った。
――できれば、この占いは外れて欲しいかな。
――こんな奇妙で悪い運命はそうそうあるもんじゃない。
トトメスはそう言うと、崩した表情を再び正して、依頼者であり王太子の両親である女王と王配に言った。
――一人分にしては多すぎる悪運です。
――王太子殿下を困難からお救いするには沢山の助力が必要でしょう。
――それこそ、考えられる限りのたくさんの助力が必要です。
トトメスの言葉を聞いた女王は、アグライア公爵夫人の予言についてトトメスに語った。
そしてトトメスに助言を求めた。
――王家の守護霊がアグライア公爵夫人の口を借りたのかもしれません。
――身代わり人形とは、誰かの代わりに災厄を受ける人形です。
――王家の身代わり人形となると……。
――王家に降りかかる災厄をその身に引き受けるのでしょう。
――国王になれないのは、おそらく引き受けた災厄が原因かと。
――王太子殿下をお救いするためには守護の強い守り役が必要です。
「その後も度々、女王陛下と王配殿下はトトメス氏を王宮に招き、タレイアン公爵をお救いするための助言を求められたそうです」
ラヴィニアはそこまでを語り終えると残念そうに眉を下げた。
「ですが結果はご存知の通りです」
「……トトメスと王配殿下は、タレイアン公爵を悪運からお助けしようとして、逆に悪運に飲まれて命を落としたのかしら?」
オクタヴィアは深く考えるような表情をしながら独り言のように言った。
「二人ともタレイアン公爵のご結婚に強く反対していた人物よね……」
「オクタヴィアさん、凄いです。トトメス氏がそう言っていたそうです」
「やっぱり……そうなの?」
「本当のところは解りませんが、少なくともトトメス氏はそう考えていたようです。タレイアン公爵は身代わり人形として、瘴気という悪い空気を引き寄せているので、タレイアン公爵を守ろうと近付けば瘴気を被ることになり最悪命を落とすと」
ラヴィニアは憂鬱そうな表情で薄く笑った。
「ですが、王配殿下とトトメス氏の直接の死因は瘴気ではなく、おそらく人の手によるもの。暗殺でしょう」
「暗殺説は私も知っているわ」
オクタヴィアはしかつめらしい顔をして言った。
「でもね、ファウスタが、タレイアン公爵夫人の首に大きな蛇が巻き付いていると言っていたの。実在の蛇ではなくて、ファウスタにしか視えない蛇よ」
「蛇が?!」
「そう、ファウスタが視ているの。だから霊的な何かもあると思うのよ。瘴気というのはタレイアン公爵夫人に憑いている大蛇のことではないかしら」




