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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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54話 王都タレイアンの伝説

 西タレイアン、ハイホー地区。


 王城を中心として栄えるタレイアン北西部から程よい距離にあるため、幾度か開発計画が持ち上がったが、いつでも何かしらの問題が起こり、開発計画がことごとく頓挫した不運な地域である。


 未来の発展に期待してこの辺りに流入した上流階級の者たちは、いつまでも開発が進まず時代遅れのままのこの地域にやがて見切りをつけ、次々と引き上げて行った。


 王都の発展から取り残されたこの地域に、やがて移民や下層民が流入すると、表通りには小劇場や小音楽ホールが、裏通りには酒場や娼館が立ち並ぶようになる。


 それはよくある、うらぶれた街の風景だった。


 しかしこのハイホー地区は、上流階級が住むタレイアン北西部から程よい距離にあるという利点が思いがけない方向に生かされることになった。


 地の利を得て、ハイホー地区は紳士たちの夜の遊び場として有名になっていく。

 明るく発展した北西部とは違う、少々危険な雰囲気に好奇心をくすぐられ、紳士たちは冒険を求めて西タレイアンのハイホー地区まで足を伸ばすようになった。


 もちろん感心できるような冒険ではない。

 淑女たちの前では決して言えない秘密の冒険であり、真面目な紳士であれば眉を顰める類のものだ。


 その需要に一早く目を付けた者たちが、高級娼館や大人の趣向の飲食店など、上流階級向けの夜の遊びを専門に提供する店をハイホー地区に次々と開店した。

 そしてハイホー地区は、不良紳士たちにとっては女性を狩る場として、腹黒い事業家たちにとっては紳士たちを色香で釣って金をむしり取る絶好の釣り場として、爛熟した発展を遂げた。


 表通りの小劇場に出演していた女優が、裏通りの娼館にいる事など、ここでは当たり前の風景である。

 演劇とは別の目的で小劇場に通う者が多かったのだが、結果的に一定の客足が確保された。

 そのため劇作家や舞台美術家、音楽家の需要も増え、ハイホー地区は無名で貧しい若い芸術家たちが下積み時代を過ごす地区としても成長して行った。

 その頃になると、酒とともに歌や踊りを提供するいくつかの舞台酒場(キャバレット)は、貧しい若い芸術家と裕福な後援者(パトロン)との出会いの場としても有名になっていた。


 ごく稀にではあるが、ハイホー地区から伝説が生まれることがある。

 ハイホー地区の小劇場出身の女優が、今では中央区の大劇場の舞台に立つ大女優になっていたり。

 ハイホー地区の舞台酒場(キャバレット)の歌手が貴族令息と純愛の末に結婚したり。

 ハイホー地区の飲食店で働いていた若い画家がやがて有名画家になったり。

 そういった砂漠の砂の一粒のような成功物語に、夢を抱く若者たちは魅了され、ハイホー地区に引き寄せられた。


「ラスコーの奴、上手くやったな」


 ハイホー地区の大衆酒場(パブ)の庶民用入口から入る庶民用部屋。

 木製の長椅子に腰かけて酒杯を片手に若い男は言った。


「そうか? 子爵令嬢でも駆け落ちしちまったら価値ないだろ。爵位がなかったら令嬢もただの人だ。そのへんの女と変わらん」


 隣に座る若い男がやはり酒杯を片手に言った。

 二人はこの近くの小劇場の俳優で、この大衆酒場(パブ)の常連だった。


「一人娘らしいからな。そのうち爵位も転がり込んでくるだろ」

「無い無い。貴族なんて跡取り候補の親戚がわんさかいるんだ。娘をかどわかした男を家に入れたりするもんか」


「ラスコーなんかに引っ掛かって、令嬢は馬鹿なことをしたもんだ」


 向かいの長椅子に座る小柄で陰鬱な男が、二人の会話に口を挟んだ。

 口を挟んだこの小柄で陰鬱な男がどこの誰なのか二人は知らなかったが、この大衆酒場(パブ)でたまに見かける顔であり、どこの誰とも知らない者と話をして酒を酌み交わすというのは大衆酒場(パブ)ではよくある事だ。


 そしてハイホー地区の小劇場の俳優だったラスコーが子爵令嬢と駆け落ちしたという話は、新聞記事になったこともあり、ラスコー本人を知る者が多いこの辺りでは乗って来る者が多い、今最も熱い話題だった。


「悪魔卿の息子とラスコーを天秤にかけて、ラスコーを選ぶなんざ、気が狂ってるとしか思えん」


 悪魔卿と呼ばれるマークウッド辺境伯は、様々な商売を手掛けるファンテイジ商会の会長でもある。

 悪魔卿が具体的にどんな仕事をしているのかを知らない庶民たちにも、とにかく大金持ちの大貴族らしいと、ふわっと認識されていた。


「悪魔憑きが怖かったんじゃねえの?」


 マークウッド辺境伯の令息令嬢は悪魔憑きであるとゴシップ紙が報道し、そのすぐ後に令息令嬢の婚約がほぼ同時に白紙になった報道があった。

 そのため悪魔憑きの噂がより信憑性を増していた。


「悪魔憑きでも大金持ちだ。俺なら迷わず悪魔憑きを選ぶね。金さえあれば後はどうにでもなる」


 そう言うと小柄で陰鬱な男は酒杯をあおった。


「ラスコーのどこが良かったんだか。顔はまあまあだけど。悪魔卿の財産を棒に振るほどの顔じゃねーよ」

「順番が逆だよな。大金持ちの奥様になってからラスコーの後援者(パトロン)になれば良かったんだ。ラスコーならそっちに誘導しそうなもんだが」

「マークウッド辺境伯夫人はファンテイジ商会の会長夫人だからな。悪魔憑きと結婚すればラスコー程度の男の十人や二十人、軽く引き連れて歩けてた」

「ファンテイジ商会なら劇場ごと買えるだろ」

「ああ、違いない」


 近くで飲んでいた青白い顔の痩せた男が話題に乗って来た。


「ファンテイジ商会は美術館を持ってるからな。その気になれば新しく大劇場も作れるさ」

「その気になってくれないかねえ」

「今の夫人が美術に関心が高い人だから、おかげで俺たちはチャンスが増えた」

「あんた画家なのか?」

「ああ」

「チャンスって、何とかっていう幻想絵画展か? うちの舞台美術が死神の絵を描いて応募するって言ってた。本人が死神みたいになってる」

「仕事の他に作品も作るとなると、睡眠時間を削るしかないからねえ」

「ファンテイジ・タロット幻想絵画展な。大賞に選ばれれば次のファンテイジ版タロットのデザインを担当できる。そしたらデザインの権利料で生活できるようになるんだ。絵で食っていきたいと思ってる奴は大抵応募するよ」

「夢の権利料生活ってか」

「入賞するだけでも展覧会で飾って貰えるから、挿絵やデザインの仕事が貰えるチャンスになる」

「画家は美味しいチャンスがあっていいなあ。マークウッド辺境伯夫人が演劇にも興味持ってくれないかねえ」


 さして期待する風でもなく若い俳優はそう言い、酒をあおった。


「子爵令嬢が悪魔憑きと結婚してたら、演劇畑が潤ってたかもしれないがな」


 画家だという痩せた男が、芋の揚げ物をつまみながら皮肉っぽく言った。


「俳優に熱を上げる令嬢がファンテイジ商会の会長夫人になったら、演劇界に金を落としただろうよ。劇場や演劇賞の一つや二つ作ってたかもしれん。ラスコーは演劇界の可能性を一つ潰したな」

「あ……」


 若い俳優二人は、ラスコーの大罪を新たな視点で再確認した。


「あいつ……許せねえ……!」

「前から気に入らない奴だと思ってたんだ……! くっそ! ゴミが!」


 憤慨しはじめた若い俳優二人の様子を眺めながら、小柄で陰鬱な男はほろ酔いなのか悪酔いなのか曖昧な状態で、独り言のように呟いた。


「それにしても不思議だよなあ。すごい金蔓になる女をばっさり刈り取って、みすみす財産を手放すなんざ、金に汚いラスコーらしくない」


 新聞記事にはラスコーと子爵令嬢は幼馴染であったと書かれていたが、幼馴染の二人が清らかな愛情を深めていたなどという話を信じる者はこの辺りにはいない。


 ラスコーがそこそこ良い顔と口の上手さで何人かの女性に貢がせている事を、この辺りでは知る者が多かったし、本人もそれを隠そうとはしていなかった。

 むしろラスコーはそういった女性関係を酒の席で武勇伝のように語る男だった。

 さる資産家の未亡人からそこそこの援助を受けているという話も有名だ。


「たしかにラスコーらしくない行動だよな」

「普通の奴なら、真実の愛に目覚めて真人間になったのかもと思うかもしれんが。ラスコーだからな」

「ああいう人間は改心なんかしねーよ。根っから……」


 言いかけて、若い俳優は目の端に入った光景に、次の言葉を忘れて振り向いた。

 彼だけではない、店内の全員が入口に現れた二人に目を奪われ言葉を失った。

 潮が引くように、喧騒がぴたっと止んだ。


 しんとした沈黙に支配された中を、店員が慌てて入口に向かう。


「旦那様、こちらは庶民用の入口でして……」


 庶民用の入口に現れた、明らかに上流階級と解る二人の若者に、店員は恐縮して告げた。


 大抵の大衆酒場(パブ)がそうであるように、この店も上流階級と庶民とは部屋が分かれており、入口も別である。


 これは階級による差別というよりは、考えられた合理的手段だ。

 身分差があると酒の席での無礼が水に流せない深刻な問題に発展してしまうし、そもそも上流階級と庶民とでは価値観も話題も合わない。

 部屋を分けて同席しないというのは、上流階級と庶民がお互いに気分よく酒を飲むための合理的手段なのだ。


 ゆえに大抵の大衆酒場(パブ)は、ソファが並ぶ豪奢な上流階級用の部屋と、質素な木製の長椅子が並ぶ庶民向けの部屋との二つを揃えている。


 だが皆が言葉を失ったのは、庶民用の入口から場違いな者が現れたからというだけではないだろう。

 それも一つの理由には違いないが、二人の紳士のうちの片方に皆の視線は集まっていた。


 皆の視線を集めるその紳士は、ゆるく波打つ長い金髪を垂らしていた。

 男としては奇抜といえる長髪で、そしてその奇抜な髪型が素晴らしく似合っている、目の覚めるような美貌の青年だった。

 一瞬でその場の全員の注目を集めるような、説明しがたい華やかさがあった。


(……天然の主役かよ)


 金髪の美貌の青年の佇まいに、若い俳優は感嘆した。


 大抵の男は髪を短く刈り込み、上流階級であれば尚更、一糸の乱れもなくぴったりと撫でつけ清潔に整えているものだ。

 男性で髪を伸ばし放題にしているなど、身だしなみを放棄している浮浪者かよほどの変わり者ぐらいしかいない。


 しかしこの美貌の青年は上流階級の品の良い装いをしているにも関わらず、長く髪を伸ばし、野蛮とも言われかねない髪型をしている。

 それが豪華な金色の飾りであるかのように青年の美貌を際立たせ、上品と野蛮が絶妙の均衡で共存し優雅ですらあった。


(俺も髪を伸ばしてみようかな)


 金髪の美青年に目を奪われたまま、若い俳優は頭の隅で考えた。


「上流階級の方の入口は表口になりまして……」

「知っている。我々はここで飲みたいのだ」

「しかし……」


 戸惑う店員に、金髪の美青年は華やかな笑顔で答えた。


「私のような者が此処へ来ては、皆さんに気を使わせてご迷惑を掛けてしまうだろうということは承知している」


 そして美青年は、店内のほうに目を向け、皆に語り掛けるように少し声を張り上げて言った。


「その代わりと言ってはなんだが、ここにいる皆さんの飲食代、全て私が支払うという事で、了承していただけないだろうか」


「えっ?! 旦那の奢り?!」

「本当に?!」

「全員ですか?!」


 金を払わず飲み食いできるなど、財布が寂しい者たちにとっては歓迎すべき幸運である。

 店内はにわかに沸き立った。


「ああ、我々を受け入れていただけるなら奢らせていただくよ。全員だ」


「受け入れます!」

「はい! 喜んで!」

「大歓迎です!」

「反対する奴は俺が叩き出します!」


 先程まで侘しい顔で飲んでいた男たちは、突然に生き生きとした笑顔を輝かせ、金髪の美青年に友情を誓った。


「とりあえず、これで頼むよ」


 金髪の美青年は上着の懐から分厚い札入れを取り出し、札束を店員に渡した。

 さらっと大金を手渡され、店員が畏まる。


「あ、はい。いいえ、多すぎます」


 不測の事態に面食らっているのか、店員はしどろもどろに答えた。


「そうなのか。まあいい、釣りはいらない。それで頼むよ」

「はい、かしこまりました。あの、でも、こちらの方は……」


 金髪の美青年の連れの小柄な紳士に目をやり、店員は少し困ったような顔をした。

 その連れの紳士はどう見ても少年の年頃だった。


 巻き毛でよく見れば可愛らしい顔立ちをしているが、隣に立つ金髪の美青年があまりに華やかで主役然としているので、少年は添え物の端役のように見える。

 だが純朴な少年とは言い難い、何やら毒々しい笑顔を浮かべていて、癖のある脇役か悪役のようでもある。

 ともあれ酒場にはまだ少し早すぎる年齢に思えた。


「童顔なので若く見えるが、彼は成人だ。心配はいらない」


 金髪の美青年は連れの少年紳士について、店員に説明した。


「だが彼はあまり酒が得意ではなくてね、酒抜きの珈琲(コーヒー)酒が作れたらお願いしたい」


 珈琲酒とは、珈琲に蒸留酒を混ぜた混合酒(カクテル)である。

 それを酒抜きにするということは、ただの珈琲である。


「お作りできますが……喫茶店ではございませんのでお味の保証は致しかねます。それでもよろしいでしょうか」

「ああ、かまわない。よろしく頼む」

「畏まりました。すぐにお作りいたします」


 少年紳士が酒を飲まないということに安堵したのか、店員は幾分表情をやわらげて、札束を両手で大事そうに持ちカウンターへ戻って行った。


 美青年は優雅に微笑み、店内に目を向けて声を張り上げた。


「さあ諸君、何でも好きなものを注文してくれたまえ。全て私の奢りだ。存分に飲み食いしてくれ」


「うおー!」

「ありがとうございます! 旦那様!」

「おい、旦那様に一番良いお席をご用意しろ!」

「難しいこと言うな。こんな店に良い席なんかねーよ」


(華があるってのは、こういうのを言うんだろうな)


 金髪の美青年の様子を、若い俳優は注意深く観察した。

 自分の演技に役立てるため、彼の立ち居振る舞いを目に焼き付けるためだ。


 皆の飲食代を支払うという親切が、強烈な魅力であることは疑いようがない。

 自然に目を引くのは派手な髪型のせいもあるだろう。

 だがそれだけではない、周囲から一人だけ飄々と浮いているような、何か光るものが金髪の美青年にはあった。


「それならラスコーって奴でさあ」

「ブリギッド様のようなお方が、どうしてラスコーみたいなカスのことなんか?」


 金髪の美青年はブリギッド、巻き毛の少年紳士はタニスと名乗った。

 中性的で風変りな名だが、個性的なこの二人には似合っているように思えた。


 彼らはラスコーについて知りたがった。


「子爵令嬢が真実の愛を選んだと、社交界の女性たちの間で話題になっているからね。女性が興味を持っている話題を仕入れて、歓心を買いたいのさ」


「ご冗談を」

「ブリギッド様なら立ってるだけで女性が集まるでしょう」


 次々と運ばれてくる酒と料理を前に、男たちの口は滑らかだった。

 ラスコーを知る者たちは知り得る限りの情報をブリギッドに提供した。


「ラスコーを支援していた資産家の未亡人というのは、この人では?」


 ブリギッドは手帳を取り出すと、そこに挟んでいた写真を一枚出した。


「あ、その人です!」


 男たちが口々に肯定すると、ブリギッドは「やはり」と呟いた。


「これは忠告ですが、このご夫人には関わらない方が良いでしょう」

「ヤバイ人なんで?」

「はい。このご夫人は……」


 ブリギッドは優雅な微笑を浮かべたままで、声を顰めた。


「新世紀派の幹部です」

「え……」

「それは……ヤバイですね」


 ブリギッドの言葉を聞いて、男たちは鼻白んだ。


 新世紀派というのは評判の悪い宗教団体だった。

 ヤルダバウト教の宗派の一つであるが、信者の財産を全てむしり取ると有名で、新世紀派に入団して破産したり一家離散になったりという話は枚挙に(いとま)がない。

 検挙されたことはないが、いくつかの凶悪事件に関わっているという噂も実しやかに囁かれていた。

 善良な王都民であれば関りを避ける団体である。


「新世紀派に入団すれば大劇場の舞台に立たせてやる、と甘い言葉で誘われ、俳優が唆される事も多いようです」

「そういえば……ラスコーの奴、ちょっと前から良い役を貰えるようになったんだよな」

「そういう事だったのか……」


 思い当たる節があるようで、男たちの顔は思案気に曇った。


「そのラスコーという男、美味しい話に釣られ、抜けるに抜けられない深みにはまったのかもしれませんなあ」


 珈琲を飲んでいたタニスは、三日月型に目を細め、邪悪な微笑みを浮かべた。


(なんて悪い顔をしやがる)


 若い俳優はタニスの笑顔に怯んだ。

 それと同時に感心もした。


 初見では生まれながらの主役のごときブリギッドの輝きに目が眩み、タニスは主役の影に霞む小さな端役のように見えた。

 だがタニスはぎょっとするような悪辣な笑みで、じわじわと存在感を増していくではないか。


 タニスは童顔なだけで成人しているというブリギッドの言葉を聞いた時、若い俳優はそれをただの言い訳だと思ったが、今ではその言葉が信じられる。

 タニスは成人を通り越して、まるで老獪な魔物のようだ。


(悪の華か)


 端役で悪役を演じることが多い若い俳優は、タニスの笑顔を記憶に焼き付けた。


(あんな顔で笑えたら……良い役作りが出来そうだ)






「不思議な人たちだったなあ。新聞記者には見えなかったが、探偵って柄でもなさそうだったし」

「お貴族様の道楽だろう」

「道楽探偵か」

「おかげで今日は得したな!」


 突如現れたブリギッドとタニスの奢りで、たらふく食べ、たらふく飲み、若い俳優二人は帰途についた。

 下宿までの道をふらふらと歩く。

 夜にこそ煌びやかに輝くハイホー地区も、大通りを外れて少し歩けば、ガス灯の明かりの届かない暗い路地が続く。


「おっ……と、と」


 飲み過ぎたのか足元がおぼつかず、若い俳優は暗がりでどすんと尻餅をついた。

 深夜の裏路裏には、せいぜいが月明りくらいしかない。

 この辺りは安い下宿が並ぶ、ランプのオイルすら節約したい貧しい者たちの居住区なので、無駄に明かりを灯している窓は少ない。


 二人は月に何度か大衆酒場(パブ)に行くくらいの余裕はあったが、夢に仕事に多忙であったので、眠るくらいにしか使わない住居に金をかける気はなく、このあたりの安い下宿に住んでいた。


「何してんだよぉ」

「すまん、すまん」


 尻餅をついた若者は、何となく空を見上げ、目を見開いた。


 ――月明りの空を、巨大な何かが横切った。


「どした?」

「でっかい蝙蝠が……」

「は?」


 そう言われ、もう一人の若者も、空を見上げて固まる。


 ――夜更かししてると、吸血鬼ヴァーニーが来るよ!


 すっと背筋が寒くなる。


 王都っ子なら知らぬ者はいない、かつて王都の夜を支配した吸血鬼ヴァーニーの伝説が二人の脳裏を一瞬よぎった。


「……夜烏だろう」

「あんな大きいのいるか?」

「なあ、おい、俺たちは酔っ払いだ。酔っている。これは間違いない」

「あ、ああ、それもそうだな」

「さあ帰ろう。帰って寝よう」

「そうだな。帰ろう。飲み過ぎたな」

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