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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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52話 始まりの夜

 マークウッド辺境伯令息オズワルドは、三階で発見された呪いの人形について、自室でユースティスからの報告を受けていた。


「その鑑定業者は、どうして人形に呪いがかかっていると解ったの?」


 重くやぼったい黒髪に、光の加減で金色にも見える黄色が強い茶色の瞳、ややきつい顔立ちに暗い表情。

 『悪魔卿』と揶揄される父親に似た容姿のオズワルドは、そのうえ活気も明るさもない陰鬱な少年だった。


「人形を解体したところ、中に呪術に使用される道具が仕込まれておりました。人を呪う類の道具であるとの事でした」


 ユースティスの説明に、オズワルドは思案気な顔で更に質問を重ねた。


「じゃあそのファウスタって子は、呪いでも幽霊でも魔法陣でも、視えない不思議なものが全部視えるってこと?」

「ファウスタの言葉を全て信じるならばそういう事になります」

「その子がその、呪いが仕込まれてる人形を一目で見つけたんだよね?」

「はい。彼女は呪物の発見に貢献いたしました」

「呪いの人形を処分したら、オクタヴィアの部屋の騒霊現象(ポルターガイスト)は消えたの?」

「呪いの人形を取り除いた後、騒霊現象(ポルターガイスト)はまだ一度も起こっておらず静まっているようです」

「……その子にシリルの家を見てもらえば、何か解ると思うかい?」


 ロスマリネ侯爵令息シリル・フェリクス・ロスマリネはオズワルドのただ一人の友人とも呼べる人物であった。

 ただし共に学院を脱走した共犯者であるため、この二人の友情について双方の両親は手放しで歓迎できない状況にある。


「あるいは何か解るかもしれません。しかしロスマリネ侯爵家を訪問するにはご両親を説得するための理由が必要となるでしょう。オクタヴィア様とも話し合いが必要になるかと」

「何故タヴィーと話し合うの?」


 タヴィーというのはオクタヴィアの子供の頃からの愛称だ。

 子供っぽい呼び方はやめて欲しいというオクタヴィア本人の希望により、難しい年頃になった彼女の気分を害さないよう両親は正式な名で彼女を呼ぶようになっているが、オズワルドは気にしていなかった。

 オクタヴィアの影響で、オズワルドも家庭内においてオズという愛称ではなく正式な名で呼ばれるようになっていたのだが、オズワルドはそれも気にしていない。


「ファウスタはオクタヴィア様の専属使用人となったからです。オズワルド様がファウスタだけを連れて行くことをオクタヴィア様は許さないでしょう」

「またか……」


 オズワルドは大きな溜息を吐き、がっくりと肩を落とした。


「良いものは全部タヴィーが持って行ってしまう」






 侍女たちの休憩室でもある裁縫室。

 ヘンリエタが退室した後、ネルはミラーカから吸血鬼ギルドからの連絡事項を受け取っていた。


「エーテルが目に毒なのですか?!」

「そうらしいわ。だから私たちはなるべくファウスタの目に触れないようにするから、貴女に動いてもらう場面が増えると思うの」


 ネルは最下級の五等吸血鬼なので、ファンテイジ家の魔物の中で最もエーテル量が少ない。


「エーテルが強ければ強いほど目に毒なんですって」


 ミラーカの言葉を受け止めたネルは、しかし疑問符を浮かべた。


「申し訳ありません、ミラーカ様、愚かな私にお教えください。エーテルが人間の目に毒なのであれば、旦那様や奥様はどうして大丈夫なのでしょう」

「それは、視えていないから、かしら?」


 ネルの疑問に、ミラーカも同調したのか、やや曇った回答をした。


「視える者の目にとってはエーテルが毒、という事なんじゃないかしら。社交期だけとはいえ、竜公(ドラキュリア)と長年この屋敷で生活を共にしているのに、旦那様も奥様も何ともないんですもの。マクレイ夫人やハミル夫人もそう。何十年も一緒にいるのに平気よ。ファウスタとの違いは、視えていないという事」


 竜公(ドラキュリア)たるアルカードのエーテル量が飛び抜けて膨大であることは、吸血鬼たちのみならずイングリス王国のほぼ全ての魔物たちにとって周知の事実である。


「ファウスタはこの屋敷に来た当日から目の色が変わり始めたらしいわ。今のところ視力には問題無いようだけれど、目の中に同じような染みがある旦那様は視力を落としてしまわれているから注意しなければならなくてよ」

「はい」


 ファウスタに同情を寄せているネルは、不安の色を浮かべながら返事をした。


「この屋敷にはエーテル量が多い者が集まっているから、ファウスタはどこか別の場所へ移すことを考えなければならないかもしれないわ」

「ファウスタ様は此処に居られなくなるのでしょうか……」


 ネルは不安の色をますます濃くした。


「ファウスタの健康に害があるのですもの。このままにしておくわけにはいかないわ。とはいえ、すぐに、というのは難しいでしょうね。来たばかりのファウスタを移動させるにはそれなりの理由が必要なのだし、魔物がいない移動先も用意しなければならないわ」






「お嬢様も毎日日記を書いていらっしゃるのですか?」


 ファウスタは家庭教師のポラック先生に、文章の練習のために日記を書くようにと宿題を出されていた。

 ファウスタは文章の書き取りの勉強はした事があるが、日記というものは書いた事がなかった。

 そもそも日記帳なるものを手にしたのが初めてなのだ。


 ファウスタはポラック先生に新品の日記帳という本を渡された。

 それは全てのページが白紙の本だった。

 白紙の本に自分で文字を書いていくなど、何か大それたことであるような気がしたのだが、気後れず取り組もうと前向きに考えていた。

 オクタヴィアと秘密の約束をして、勉強を頑張ると決意していたからだ。


 日記とは何を書くものなのかポラック先生に質問すると「今日の日付を書いて、今日起こった出来事を書くのです」と教えられた。


(一体どのくらい時間がかかるのかしら。でも頑張って書くのだわ。眠る時間がちゃんと残ると良いのだけれど)


 一日の中にはたくさんの出来事があるのだ。

 今日一日だけでも、初めてお茶を煎れた事や、吃驚するような美味しい食事、飛び出す怖い人形、ポラック先生との出会い、目が回りそうな上等なドレスや帽子を身に着けた事など、たくさんの出来事があった。


 それらを文章に書くとなると大変な作業になるだろう。

 だがファウスタはやり遂げねばならないのだ。


「え、ええ、もちろんよ」


 オクタヴィアがやや挙動不審に目を泳がせながら答えた。


「日記ね、もちろん、書いているわよ……?」


 ファウスタは知らなかったが、この日の就寝前に、オクタヴィアは久しぶりに日記を書くのだった。


「日記を書くのに、どのくらい時間がかかるのでしょうか」

「そうね、三十分くらいかしら。急いでるときは五分くらいね」


(えっ?! そんなに早いの?!)


 有り得ない早さにファウスタは驚愕した。

 一日の出来事を書くとなると膨大な文章の量になるはずだ。

 それを三十分で書き上げるのも異常な早さだが、五分はさすがに早すぎる。

 尋常ではない。


「お嬢様は魔術を使えるのですか?! エーテルで日記を書くのですか?!」


 ネルが凄い早さで針仕事をしていた事を思い出し、ファウスタはオクタヴィアも何かそういった不思議な力で文章を書いているのだろうと思った。


「私には魔力(エーテル)が有ると思うけれど、日記には使ってないわ。日記は普通に書くだけよ」

「たくさんの文章を、どうしてそんな早い時間でお書きになれるのですか」

「たくさん書かなければいいのよ」


 オクタヴィアは少し得意気な表情になった。


「面倒臭いときは、二、三行で終わらせるわ」

「二、三行で一日の出来事をどうやって全部書くのですか?!」

「ああ、全部書くと思っていたのね。日記っていうのは、一日の出来事を全部書くわけじゃないのよ。書きたければ書いてもいいのだけれど。普通は何か心に残ったことや、その日の一番の事件を書くの。出来事を書いて、その感想を書いて、これで二行よ」


(一番の事件!)


 その日、ファウスタは朝食にキータという魚を食べた事を日記に書いた。


 ファウスタがもし運命を見通す天眼を持っていたならば、今日の日記に書かれる一番の大事件は間違いなく『ファウスタの悪魔箱』の権利料の話だった事だろう。

 だがファウスタは天眼ではなく魔眼なのだ。

 魔眼には運命など視えないのだ。


(あんな美味しいお魚がこの世にあったなんて。大事件だったのだわ)






 運命の大船はファウスタを乗せ、すでに速度を上げて進み出していた。

 その船がイングリス王国を揺るがす大事件の荒波を目指しているとは夢にも知らず、ファウスタはキータの美味しさを思い出しながら日記を綴ったのだった。

第一章、終わりです。

お読みいただきありがとうございました。

二章からは広げた伏線を回収してまいります。

一応、年内完結を目指しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界物によくある中世ナーロッパみたいな適当ではなく、19世紀イギリスヴィクトリア王朝をベースにした世界観が素晴らしいです。 社会の仕組みやら、メイドを始めとする使用人たちの役割分担など、…
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