512話 夢の家と現実生活
(ジゼルとピコが来た!)
マークウッド辺境伯令嬢オクタヴィアの部屋。
オクタヴィアのお茶に招かれた使用人見習いのジゼルとピコは、仕事着ではなく余所行き用のきちんとした服装で現れた。
ファウスタはテーブルの席から立ち上がって、皆が席に付くのを待った。
「ようこそ、ジゼル、ピコ」
「お招きありがとうございます」
オクタヴィアがジゼルとピコを笑顔で迎え入れ、ジゼルとピコは順番にオクタヴィアに挨拶をした。
ジゼルとピコは、テーブルで待つファウスタに無言で視線を送ったり、部屋の中を少し物珍しそうに見たりした。
オクタヴィアが居間として使っているその部屋は、令嬢らしくお洒落な家具が並んだ華やいだ色彩の部屋ではあったが、令嬢らしくない本棚が多めの部屋だった。
部屋を飾ることより、書斎としての機能が重視されたような部屋だ。
飾り棚には令嬢らしく人形や細工品などが飾られていたが、令嬢の持ち物らしからぬ謎の道具も陳列されていた。
謎の道具のほとんどはオクタヴィアがマグス商会で買い求めたオカルト用品だ。
本棚にはロマンス小説があったが、それ以上に神秘学や超自然現象についての奇怪な本が並んでいる。
そして床にはファウスタにしか見えない白い魔法陣があった。
「さあ、お茶をどうぞ」
「いただきます」
ファウスタ、ジゼル、ピコの三人がテーブルの席に付くと、主催者であるオクタヴィアが言った。
給仕はオクタヴィア付きの家女中デボラだ。
テーブルの上には、クリームや果実で飾られた何種類かの焼き菓子や、固焼きパンや、野菜や薄切り肉が挟まれた白パン、透明な硝子の器に盛られた氷菓などが並んでいる。
「今日は、ファウスタがジゼルとピコとお話をするためのお茶会なの。作法は気にしないで、みんな自由に話してね」
オクタヴィアはジゼルとピコにそう言うと、ファウスタに話の水を向けた。
「さあ、ファウスタ。ジゼルとピコに報告することがあるのでしょう?」
「はい、お嬢様。ありがとうございます」
ファウスタはオクタヴィアに礼を述べると、ジゼルとピコに向き直った。
ジゼルとピコが真っ直ぐにファウスタを見る。
「……えと……」
いざ親友たちに面と向かって重大報告するとなると、ファウスタは緊張して心臓が走り出した。
お金を貯めて、ファウスタとジゼルとピコの三人で力を合わせて、自分たちの家を買おうと、三人で誓いを立てた夢が叶う瞬間なのだ。
ファウスタの頭の中には、小さな家で、三人で笑顔で暮らしている幸せな未来の風景が浮かび、感動で言葉が詰まった。
ファウスタは一度深く呼吸をして心を落ち着けてから話し始めた。
「家を買えるお金が貯まったの……!」
喋り出したファウスタを、オクタヴィアが探るような眼差しで見ていた。
「それで、私、三人で住める家を買おうと思うの!」
ファウスタのその言葉に、ジゼルとピコは驚いたように目を丸くした。
「……家を買うって……」
ジゼルが吃驚顔のままでファウスタに問いかけた。
「心霊探偵って、家が買えるほど儲かってたの?!」
メイドのファウスタが、巷で有名な霊能者ファウスタであることは、新しい使用人たちには伏せられていたが、ここにはファウスタが心霊探偵の仕事をしていることを知っている者しかいないため、ジゼルは真っ直ぐに質問をした。
「うん。私、丸儲けしたの」
ファウスタは幸福をにじませた笑顔で答えた。
「さ、さすが、大臣に呼ばれるだけのことはあるわね。でもファウスタ……」
ジゼルは少し考えるような顔をして言った。
「家を買うってことは、家を買ってその家に住むってことよね?」
「うん」
ファウスタは当然、家を買ったらジゼルとピコと一緒に住むつもりだった。
家を買ったら、三人での幸福な暮らしが始まるものとファウスタは思っていた。
その幸福な未来を疑いもしなかったファウスタに、ジゼルは思いもよらない質問を投げかけた。
「じゃあここの仕事を辞めてしまうの?」
「え……?」
ジゼルは知性に輝く瞳で現実問題を語った。
「だってメイドの仕事は住み込みだもの。他の家に引っ越したら、このお屋敷のメイドの仕事はできないわ」
「……」
「ファウスタは心霊探偵は失業してしまったのでしょう。メイドの仕事まで辞めてしまったら完全に失業者よ。次の仕事は決まっているの?」
「……っ!」
ジゼルの問いに、ファウスタは絶句した。
(……完全に失業者……!!)
「ファウスタ、今いくら持っているの?」
ピコが眼鏡の奥の賢しい目を光らせてファウスタに質問した。
「四万ドログくらい」
ファウスタがそう答えると、オクタヴィアが驚愕に目を見開いて声を上げた。
「たったの四万ドログ?!」
ジゼルとピコも軽く驚いた顔をしていたが、オクタヴィアの驚愕はその比ではなかった。
そしてオクタヴィアのその顔は少し嬉しそうでもあった。
「ファウスタ、残念だけれど、たった四万ドログでは家なんて買えないわ。小さな別荘だって五十万ドログくらいするのよ」
大貴族の令嬢であるオクタヴィアにとって、家とは、大勢の使用人が住み込みで働く大邸宅のことだ。
小さな別荘にも部屋はたくさんあり、大勢の使用人が住める地階や屋根裏や別棟がある。
「恐れながら、お嬢様……」
給仕として立っているデボラが、オクタヴィアに意見をした。
「庶民が住む家は数万ドログで購入が可能です」
「そんなに安いの?!」
「お部屋が三つか四つくらいの中古の家であれば四万ドログでも買えるでしょう」
「お部屋が三つだけ?! 食堂と居間と寝室だけってこと?! 使用人はどこに住むの?!」
「そういった家では、居間と食堂は兼用で一部屋のみ、使用人は雑役女中が一人いるだけでございます」
「メイドが一人だけ?! 男性使用人がいなくて、強盗が来たらどうするの?!」
オクタヴィアの物騒な発言にファウスタは盛大に顔色を変えた。
「ご、強盗?!」
「そうよ。お金を持っていると強盗や誘拐犯に狙われるの」
オクタヴィアはしかつめらしい顔でファウスタに説明した。
「うちのお父様も子供の頃に人攫いに狙われたことがあるのよ」
「ひっ、人攫い!」
「アルカード氏が撃退したんですって」
現在のマークウッド辺境伯セプティマス・リンデン・ファンテイジは、少年時代に、外出先で数人の暴漢に誘拐目的で襲われたことがあった。
だが当時マークウッド辺境伯令息だったリンデン少年に、従僕として付き添っていた現在の家令アルカードが、たった一人で、呼吸も乱さず、涼しい顔であっという間に数人の暴漢をのしてしまった。
その日からリンデン少年はアルカードを『最強の英雄』として崇拝し、重用するようになった。
マークウッド辺境伯はこのアルカードの武勇伝を子供たちにも語っており、外出するときは気を付けるようにという注意も促していた。
「子供とメイドしかいない家なんて強盗の餌食よ」
「……」
オクタヴィアから物騒な話を聞かされて言葉を失っているファウスタに、今度はピコが質問した。
「ファウスタ、メイドの仕事を辞めた後のことは考えているの?」
「う、ううん。……メイドの仕事を辞めるなんて、考えてなかった……」
ファウスタが大いに戸惑いながらそう答えると、執事室で帳簿の仕事もしているピコは淡々と語った。
「四万ドログなら、仮に三万の家を買ったら、残りは一万。ファウスタは料理ができないから最低でもメイドは一人は必要。雑役女中を一人雇えば一年で千五百から二千。さらに生活費や税金の支払いもある」
「税金?!」
「土地や家には税金がかかるからね。無職で収入がない状態だと、一万ドログで二年くらい、切り詰めて三年くらいしか暮らせないよ。家を買わずに、安いアパートを借りて身の回りのことを全て自分でやれば一生暮らせるかもしれないけど」
「ファウスタは料理ができないもの。一人暮らしはまだ無理よ」
ジゼルがさらに追い打ちをかけた。
「食事を外食ですませるにしても、お金を持っている子供が一人で外を歩いていたら危ないわ。たった十ドログを奪うために人殺しをする人だっているんだから」
「……!」
ジゼルの語る恐ろしい話に、ファウスタの顔からは血の気が引いていった。
「かといって、メイドを雇ったらあっという間にお金がつきてしまう。安定した収入がないと、家を買っても生活ができないわ。せっかく買った家を数年で売ることになる。だったら今、慌てて家を買ったりせずに、大人になるまでそのまま貯金しておいたほうが良いと思うわよ」
ジゼルとピコは、地階で使用人見習いとして修行を積んで、着々と生活の知恵をつけていた。
ファウスタは今まで考えてもみなかった色々な意見を聞き、恐ろしい危険の可能性も知らされ、大きな衝撃を受けて言葉を失った。
「……」
「……たった四万ドログで……一生……?」
ファウスタとは違った角度からではあったが、オクタヴィアもジゼルとピコの話に衝撃を受けているようだった。




