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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第5章 激動の夏

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511話 破壊と再生の間奏曲

「新世紀派、許すまじ……!」


 中央区の下宿の部屋で、巻き毛の魔女タニスは怨嗟を吐き出していた。


「プロスペローを贔屓してプロスペローにだけ手柄を与えるなど、新世紀派とはなんと卑しく汚らわしく悍ましい虫ケラどもでありましょう。正真正銘のクズどもなのです。社会のゴミです。片っ端から踏みつぶして、木っ端微塵にぶっ潰してやります!」

「タニス氏、新世紀派は人間ですから勝手にぶっ潰しては条約違反です」


 男装の魔女ブリギッドは残念そうに眉を下げた。


「そういう事情であるなら、タニス氏に新世紀派の情報を今すぐに提供することはできません」

「こっそりやればバレないでしょう!」

「バレます」


 ブリギッドは悟りを開いた修行僧のような静謐な笑顔で即答した。

 目的以外は目に入らず一直線に行動するタニスの、後始末や、周囲との調整などに現在進行で奔走しているブリギッドには、長年の経験から瞬時に未来が推測できた。


「ルーナもいるから大丈夫です! バレません!」


 ルーナはタニスのお目付け役兼メイドとして使わされている有能な五つ星魔女だ。

 ルーナの仕事を信頼しているらしいタニスは自信満々に言い放った。


 ブリギッドは、給仕としてその場に控えているルーナを振り向いた。


「ルーナ? 貴女もタニス氏に加担すると?」

「い、いえ……その……」


 ブリギッドの視線にルーナはおろおろとして、双方の顔色を伺うようにブリギッドとタニスを交互に見た。


「ルーナだって新世紀派には怒っているんです」


 タニスはルーナが完全に自分に同調していると信じ切っているのか、勝手にルーナの心情の代弁を始めた。


「ルーナがせっかく作った猫妖精(ケットシー)の衣装が無駄になってしまったのは、新世紀派のゴミどもがプロスペローなんかを優遇したせいなんですからね!」

「……あれは、ルーナが作ったのですか……」


 ブリギッドは居間の一角に置かれている衣装飾り人形(マネキン)に目をやった。

 そのマネキンには、慰霊祭の日にタニスが身に付けていた猫妖精の被り物と衣装が飾られていて、ぱっと見には等身大の猫妖精のように見える。


「ゴミクズ新世紀派の虫ケラどもせいで、ルーナは作品のお披露目を台無しにされたのです」

「たしかになかなか手の込んだ作品ではありますが……」


 憤って恨みつらみを吐き出しながら闘志を漲らせるタニスと、話を逸らしてタニスを宥めようとするブリギッドが押し問答をしていると、玄関鈴(ドアベル)の音が響いた。

 それは下宿への来訪者を告げる鈴の音だ。


「行ってまいります」


 ルーナがその場から逃げ出すようにして、訪問者の応対のため退室した。


「タニス様、ヴァーニー卿からの至急のご連絡とのことです」


 訪問者の応対から戻って来たルーナは、吸血鬼ギルド夜警団団長ヴァーニーからだという一通の手紙をタニスに渡した。


「……!」


 風魔法で乱暴に封筒を開封してグシャっと手紙を取り出したタニスは、手紙の文面を見るやいなや、不満そうだった表情が一瞬で吹き飛び、ぱっと笑顔になった。


「仕事が来ました!」

「ほう!」


 タニスの気を新世紀派から逸らすチャンスだと思ってか、ブリギッドがすぐさま相槌を打った。


「タニス氏、ファウスタ様にお会いできるのですね。良かったですね」

「はい!」


 タニスは満面の笑顔で嬉しそうに手紙の内容を語った。


「ティム様が勝手に仕事を受けたようであります。さすがティム様ですな。シャールラータンとかいう霊能者とファウスタ様がお話しをするようです。シャールラータンにエヴァンズ氏の正体が見破られそうになったから注意とのことですが、ただの人間でございましょう。恐るるに足りませぬ」


 タニスは三日月型に目を細めてギチギチと笑った。


「シャールラータン……?」


 その人間の霊能者の名を確認するように復唱すると、ブリギッドは考えるような表情をした。






「こうして頭脳明晰にして勇猛果敢なる盟主代理セプティマス・ファンテイジ氏の手腕により、人間社会の陰惨な重大事件は次々と暴かれたのであった」


 吸血鬼ギルド王都支部のティムの部屋に、狼男ドリーが新聞記事を朗々と読み上げる声が響き渡っていた。

 ドリーが読んでいる新聞は魔物により作られた新聞『宵闇時間トワイライト・タイムス』である。


「また盟主代理の写真技術は人間の専門家も舌を巻く素晴らしい腕前であった。そのため名の有る写真家が義憤により匿名で参加したのではないかと人間たちは考えているようである」


「さすがはダミアン。俺の実力が全て見抜かれてしまった……!」


 トワイライト・タイムスに掲載されているティムを賞賛する記事をドリーが読み終わると、盛大に顔をゆるませてティムは言った。


「おい、ドリー、もう一度読んでくれ」

「もう二回読んだぞ」

「もう一回だ」

「はあ……」

「自分に対する評価をしっかり受け止めたいんだ。部下の声には耳を傾けろって、帝王学で習ったからな」


 照れくさそうにモジモジしながらも喜びを隠しきれずにニヤけているティムに、ドリーは冷めた半目を向けた。


「お世辞だと思うぞ?」

「お世辞じゃない。ダミアンは俺に心酔してるからな。本心に決まってる。もう一度読んでくれよ」

「はあ……」


 ティムが上機嫌でドリーの新聞朗読を聞いていると、部屋の扉がノックされた。


「なんだブラックモア。俺は今、忙しい」


 ティムの部屋を訪れたのは、昔の貴族のような盛り上がった巻き髪と煌びやかな衣装の二等吸血鬼、吸血鬼ギルド王都支部長ブラックモアだった。


「ファンテイジ殿、ユースティス様がファンテイジ殿にお話があるとのことです。ユースティス様が今宵こちらにいらっしゃいますので、今宵はここに留まっていていただきたいとの事です」


 それまで満面の笑顔だったティムは、急に表情を暗くした。


「……出掛けようかな……」






(家が買える!)


 ファウスタは四万ドログの収入を知らされ、次から次へと浮かんでくる幸福な妄想に顔をにやけさせていた。


「ファウスタ、何か良いことがあったのかしら?」


 昼食の席でオクタヴィアがファウスタに尋ねた。


「はい。心霊探偵の報酬が入って来たのです。それで家が買えそうなのです」


「家?!」

「まあ!」


 オクタヴィアと同席しているポラック夫人が軽く驚きの声を上げた。


「ファウスタ、家を買うのは大変なことなのよ?」


 ポラック夫人が戸惑いの表情でそう言ったが、ファウスタは笑顔で答えた。


「心霊探偵の収入がたくさんあったのです」

「ファウスタはとても有名になったし……大臣にも呼ばれたのですものね……」


 ポラック夫人は独り言のようにあれこれ呟き、そしてとても真剣な表情でファウスタに言った。


「ファウスタが稼いだお金なのだから、ファウスタがどう使おうと自由よ。でもね、大きな買い物をするときには大人に相談しなさい。ファウスタはまだ子供なのだから、後見人がいないと難しいと思うの。本当に家を買うつもりなら、まず奥様に相談なさい」

「はい、ポラック先生」


「ファウスタは、これから家を買うの?」


 困惑したような表情でそう問いかけたオクタヴィアに、ファウスタは喜びに満ち溢れた笑顔で答えた。


「はい。買いたいです。でもその前にジゼルとピコに相談します。それで奥様に相談すれば良いですか?」

「そうね……」


 オクタヴィアは少し考えるように一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げた。


「……ジゼルとピコに相談したいなら、私に任せて。私がこれから二人を午後のお茶に招待するわ。もちろんファウスタもよ。そしたら三人で話せるでしょう?」


(ジゼルとピコに相談できる!)


 次の休日まで会えないと思っていた親友たちに、オクタヴィアの配慮で今日会えることになり、ファウスタの心は浮き立った。

 家が買えるという吉報を、早く親友たちに伝えたかったのだ。


「お嬢様、ありがとうございます!」


 子供の身ながら大金を手にしたファウスタは、満面の笑顔で光に満ちた未来だけを見ていた。






 人々の頭上で星々は複雑怪奇に絡み合い、次なる破壊を形成していた。

 一つの破壊が次の破壊を呼び、世界は次々と連鎖する。

 影響し合う星々のごとく。

 破壊され形を変えていく不定形な混沌の海を、ファウスタを乗せた舟はぐんぐん突き進んでいた。

 その進行方向の先に真っ暗闇が立ちはだかっていることをファウスタはまだ知らない。


 嵐はまだ始まったばかりだった。


第五章終わりです。

お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、評価、いいね、感想、誤字報告など、いつもありがとうございます。

全部嬉しいです。


五章で夏の前半が終わりで、次章は夏の後半です。

後半は前半ほど複雑な話ではないので、五章よりは短く終われるのではないかなと、アテにならない予想をしています。


9月前半まで忙しくなるので8月の更新は滞りそうです。

すみません。

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[一言] 夏休みなのだわ
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