509話 夢の大金
「に、にに、二万ドログっ?!!」
マークウッド同盟からの報酬金額を聞いたファウスタは、椅子からひっくり返らんばかりに動転した。
「本当に二万ドログですかっ?!」
「うん。二万ドログだよ」
ユースティスは朗らかな笑顔で答えた。
「二千じゃなくて、二万ですかっ?!」
「うん。二万だよ」
「ど、どうして、そんな大金が貰えるのですか?!」
あまりの大金に驚いたファウスタは直接的な言葉でお金について質問をした。
それは孤児院にいたころの話し方で、上位貴族の屋敷の侍女見習いとしてはあるまじき話し方だった。
明らかに動転して、育ちの地が出ているファウスタの様子に、ユースティスは少し苦笑しながら答えた。
「ファウスタがそれだけの仕事をしたからだよ」
ファウスタはただ霊視や呪い掃除をしただけではなく、慰霊祭では政治的な役割を果たしたため、命を狙われる危険性が出てきた。
身の危険については、子供のファウスタには具体的には知らされていないが、報酬金額が高額になった理由の一つは、ファウスタが果たした役割に対する謝礼に加えて危険手当が含まれているからだった。
そしてもう一つ理由があった。
「マークウッド同盟の報酬が、魔道士ギルドより安いわけないだろ」
もう一つの理由について、ティムは得意気な顔で言った。
「魔道士ギルドの報酬が一万二千ドログなんだろ? マークウッド同盟がその上を行くのは当たり前だ。俺は盟主代理だぞ」
ティムが尊大な態度で椅子にふんぞり返ってそう言うと、ユースティスがぼそっと「一万二千ドログは魔道士ギルドじゃなくて、マグス商会の専属契約料だけどね」と補足した。
(マグス商会の専属契約料が一万二千ドログで、マークウッド同盟の報酬が二万ドログなら……)
大金の話にファウスタの心臓は早鐘を打っていた。
「あ、あの、マグス商会の専属契約料って、いつ入って来るのですか」
「もう入金されているよ」
「っ!!」
(一万二千ドログ、足す、二万ドログは、三万二千ドログ……!)
初等教育で算術を習っているファウスタは、大金の足し算をした。
(三万ドログ達成したのだわ!!!)
刺激的な計算とその答えに、ファウスタの顔は上気した。
遠い夢だと思っていた大金がどうやら手に入っているらしい、まるで夢のような状況に、ファウスタの心は天まで舞い上がった。
心臓が暴れているせいなのか、体が震えている。
そんな美味い話があるのか、本当に夢ではなく現実なのか。
ファウスタは確かめるかのように、ふるえている両手をぎゅっと握りしめ、心の中でもう一度お金の計算をした。
(一万二千ドログ、足す、二万ドログは、三万二千ドログだわ。それに先月までの貯金が三千六百ドログあるから……)
「わ、私の貯金の合計は、三万五千六百ドログですか?!」
ファウスタは目の前にいる、ティム、アルカード、ユースティスの三人に、真剣な眼差しで問いかけた。
ティムはファウスタと目が合うやいなや自信満々に言った。
「ファウスタ、俺に任せろ!」
そしてティムは、即座にユースティスを振り向いて言った。
「ユースティス、計算してやれ」
「……」
「……」
ユースティスはギロリとティムに鋭い視線を向け、アルカードもじっとりとした目でティムを見た。
「預金の確認をしなければ正確な金額を答えることは出来ないけれど」
ユースティスがファウスタの質問に答えた。
「でも四万ドログは超えているよ。ファウスタは今月の収入だけで四万ドログを超えているから」
「えっ?!!」
ファウスタは心臓が飛び出さんばかりに驚き、天地がひっくり返ったかのように動転した。
「ど、ど、どうして?! どうして今月、四万ドログも貰えるのですか?!」
「マークウッド同盟からの報酬と、マグス商会の専属契約料、それにファウスタが今月、心霊探偵として働いた分の報酬と、タニスの鉱石鑑定の報酬も足せばそれくらいになるよ。内務大臣の依頼は急だったし、呪い掃除をした分、料金を上乗せしている。それに旦那様から、即位記念祭の霊視の謝礼金も入っているからね。ちなみにファウスタが描いた幽霊たちの絵は、旦那様が一枚百ドログでお買い上げになられた」
(あの幽霊の絵は……)
ファウスタは、即位記念祭の後に、アトリエで描いた幽霊の絵のことを思い出した。
ファウスタはオクタヴィアに手伝ってもらって幽霊の絵を完成させた。
そしてとても素晴らしい出来栄えの絵は、ピクシー先生が描いたものだ。
「あれは、お嬢様に手伝ってもらって。上手な絵はピクシー先生に描いてもらったものなのです」
「ピクシー先生にも絵の代金は支払われているよ」
「で、では……」
ファウスタはもう一度ユースティスに確認した。
「本当に四万ドログなのですか?!」
「うん。あと、シャールラータンには相談料をふっかけておくから。楽しみにしていて」
ユースティスが爽やかに微笑んだ。
(四万ドログ!!)
「四万ドログあれば、い、家が、買えますか?!」
震える声で質問したファウスタに、ユースティスは笑顔で答えた。
「うん。中古の家なら余裕で買えるね」
(家が買える!)
ファウスタは心の中で、険しい山を登頂した登山家のように、ドログ紙幣の高い山の頂上に立っていた。
空想世界の大金の山の上で、ファウスタは勝鬨を上げた。
(家が買えるのだわ!!)
「ファウスタ、マークウッド同盟の報酬に吃驚したか?」
ティムが得意満面に言った。
「な、証拠写真を俺に任せて良かっただろ? 俺の手腕で警視庁から新世紀派を追い出してやったからな。ファウスタへの報酬金額に森の爺どもも文句言えなかったんだぞ。これからも俺を頼れよ。俺は頼りになる男だからな」
上機嫌で手柄を語るティムに、ユースティスがちらりと冷たい視線を向けた。
「はい。ティムさん、ありがとうございます!」
ティムの話をよく聞かずに、ファウスタはお礼を言った。
大望が叶ったファウスタは今、全世界に向けて感謝を叫びたい気分なのだ。
「……ファウスタ、他にもお知らせがあります」
ティムの自慢話が一段落すると、アルカードが穏やかな声で別の話題について語り始めた。
だが家を買えるだけの大金を手に入れたファウスタは、喜びで頭がぼんやりしていた。
「まず、マグス商会から招待状が届いています……」
アルカードの話が右から左へとファウスタの耳をすり抜けていった。
(家が……!)
ファウスタの頭の中には、バジリスクスのお茶会に行ったとき、その道すがらに見た、小ぢんまりとした庭付の二階建ての家が浮かんでいた。
ファウスタの想像世界の中で、もちろんそれはファウスタの家だ。
小さな庭には、美人になれる花茶が作れるカミルレの花が植えられている。
厨房には芋が山盛りに入った木箱があり、美味しい芋のバター焼きを作るためのフライパンと香辛料とバターも揃っている。
居間にはピアノがあり、ファウスタがピアノ演奏をするとジゼルとピコが拍手を送る。
その居間の壁にはファウスタが描いた大恩人の院長先生の肖像画が飾られ、その絵を見た皆がファウスタの絵の腕前を絶賛するのだ。
「ファウスタ? 良いですか?」
「はい!」
ファウスタはアルカードの話の内容をよく聞かずに、笑顔で良い返事をした。
ファウスタのその様子に、ユースティスは困ったような顔で微笑すると、アルカードに言った。
「アルカードさん、ファウスタは気が動転しているようです。予定については日を改めて僕から彼女に知らせます。よろしいでしょうか」
「そうですね」
アルカードは優しい微笑みのままでユースティスの提案に了承すると、ファウスタに言った。
「ではファウスタ、今日のところは、話はここまでにしましょう。今日までよく頑張りましたね。ファウスタの働きに私たちは感謝しています。しばらくゆっくりと過ごしてください」




