424話 オズワルドからの依頼
「デボラ、お兄様にお茶を」
「かしこまりました」
オクタヴィアの兄オズワルドは、ファウスタたちが朝食をとっているテーブルの席に付いた。
「お兄様も何かお召し上がりになる?」
「朝食はすませてきたからお茶だけでいいよ」
「そう」
オズワルドの返事を聞くと、オクタヴィアはファウスタの方を振り向いて兄を紹介した。
「ファウスタ、彼は私の兄オズワルドよ。前に一度会ったと思うけれど。憶えているかしら」
「はい」
「ファウスタ、久しぶりだね」
品の良い穏やかな笑顔でオズワルドはファウスタに声を掛けた。
オズワルドの顔立ちはティムに似ていたが、ティムとは似ても似つかない品の良さで、身なりも姿勢もきちんとしていた。
オズワルドは貴族の子弟としてごく普通の作法を身に付けているだけだったが、なにしろ顔がティムに似ているので、ティムの無作法を知っているファウスタには五割増しに上品に見えた。
(きれいなティムさんなのだわ)
「若様、おひさしぶりです」
「朝食の邪魔をして悪かったね」
「いいえ。大丈夫です」
「ファウスタの活躍は聞いているよ。内務大臣のシェリンガム卿に呼ばれて、精霊召喚をしたんだってね。ファウスタが退治した怪獣の玩具も発売されるんだよね」
「は、はい……」
「すっかり時の人だなあ。妖精の子が我が家にいるなんて、鼻が高いよ」
「……あ、ありがとうございます……」
(精霊召喚も怪獣退治もしていないし、妖精の子でもないけれど……)
ファウスタは少しばつが悪くなって目を泳がせ、言葉を濁らせた。
「それで、お兄様……」
訝しむような半目をオズワルドに向けて、オクタヴィアは言った。
「詳しいお話を聞かせてくださる? アイザック王子に何かあるの?」
「何かありそうだから、ファウスタにアイザック王子を霊視して欲しいんだ」
「バルコニーにお出ましになった王族は全員視ることになると思うから、アイザック王子が出てくれば一緒に霊視するわ」
「良く視て来て欲しいんだ。あいつ絶対何かある気がする」
オズワルドは、アイザック王子を『あいつ』呼ばわりすると眉を歪めた。
「同じ人間とは思えない。これは僕だけじゃなくて、シリルも言っているし、他の連中も言っていたことだ」
「お兄様に、そんなに大勢のお友達がいるの?」
疑惑の眼差しを向けたオクタヴィアに、オズワルドは半目で答えた。
「学校にいたときは普通にみんなと話をしていたよ。込み入った話ができるのはシリルだけだったけど」
「皆様、お優しかったのね」
オクタヴィアの推測を受け流し、オズワルドは話を戻した。
「アイザック王子は人間の形をしているけれど、中身が人間じゃない気がするんだ」
「魔物だっていうの?」
「そういう感じじゃない」
「どういう感じよ」
「もっとこう……見たらぞっとする、虫みたいな感じかな」
(……!)
オズワルドの話を聞いていたファウスタは、王冠をかぶって人間の形をしているナメクジ状の虫のようなものを想像してしまった。
(食欲がなくなって来たのだわ……)
「お兄様、食事中に虫の話をしないでくださいな」
オクタヴィアが迷惑そうな顔をして、オズワルドに抗議した。
「ああ、ごめん。でも説明しろって言ったのはタヴィーだろう」
「王子の説明で、まさか虫が出て来るとは思わなかったわよ」
「王子だけど暴食夫人の息子だから」
「今、解ったわ。暴食夫人って渾名は一応の品位が保たれていて、お茶の席でも問題なく出せる渾名ね」
感心するように言ったオクタヴィアに、オズワルドは苦笑した。
「社交界のご婦人方はお上品だからね」
「ねえ、お兄様、ゴドウィン学院の皆様はアイザック王子について本当にそんな気味悪い事をおっしゃっているの? ロスマリネ侯爵令息も?」
「全員じゃないけど、大多数が言っているよ。もちろんシリルも言っている。イアンは違うけど」
「イアンって誰?」
「ドナリー伯爵令息イアン・ドナリー。タヴィーの婚約者だった男だよ」
「ああ、ドナリー伯爵令息……」
オクタヴィアの顔から表情が抜け落ちた。
「忘れていたわ」
「忘れたほうが良いよ。あいつはアイザックたちに洗脳されているから。婚約が解消になってほっとしたよ」
オクタヴィアとドナリー伯爵令息イアンはかつて婚約していたが、両家の話し合いにより婚約は白紙に戻された。
その婚約解消の原因はオクタヴィアが悪魔憑きであったためと、ゴシップ紙はオクタヴィアに瑕疵があったかのように報道した。
「イアンはアイザックに気に入られて、取り巻きになっていたんだ」
アイザック王子をオズワルドは呼び捨てにして言った。
「アイザックは外で遊ぶときは、いつもイアンに金を出させていた」
「ドナリー伯爵家のお金が気に入られたのね」
「そう。誰が見てもイアンはただの金づるだった。でもイアン本人がアイザックの仲間に入れてもらえることを喜んで、進んで貢いでいたから、誰にもどうにも出来なかった。みんなイアンのことを哀れんでいたよ」
「お兄様の妄想じゃなくて?」
「実際にみんなそう言っていたから、妄想じゃないよ」
「皆さんお優しいから、お兄様に話を合わせてくださったんじゃなくて?」
「違うから。アイザックは、金を引き出せそうな奴を側近たちに囲ませて、グループに引き入れていることが明らかだった。だからイアンに忠告した奴が何人もいるよ。ラッセルは犬みたいにアイザックに従ってたけど、実家が男爵で大した実入りがなかったから側近のグループには入れなくて、ずっと下っ端だったよ」
「ラッセルってスクラブ男爵令息?」
「そう、彼。シャロンの兄貴。もう逮捕されたらしいけど」
(強盗で逮捕されたスクラブ男爵令息!)
オクタヴィアとオズワルドの話を聞いていたファウスタは思い出した。
意地悪なスクラブ男爵令嬢シャロンの兄が、強盗をして逮捕されたことを。
「ラッセルはアイザックの身代わりに逮捕されたんじゃないかと思ってる」
「ふうん……」
オクタヴィアは思案気な表情をすると言った。
「以前アイザック王子を占ったら、アイザック王子は国王になれないって出たの」




