411話 驚くべき写真
「マークウッド卿! これは我が家の玄関口ではないか!」
心霊写真を手にして、ロスマリネ侯爵は動転した様子でマークウッド辺境伯に問いかけた。
「我が家の玄関に黒騎士デュランがいたのか?!」
「うむ」
マークウッド辺境伯は少し得意気な顔で頷いた。
「驚いたかね? 私も驚いたのだよ」
「これは! サイラス・ロスマリネっ?!」
別の心霊写真を手に取りロスマリネ侯爵は再び声を上げた。
ロスマリネ侯爵邸の書斎の椅子に、半透明の老人の幽霊が座っている写真だ。
「マークウッド卿!」
今度はシェリンガム伯爵が声を上げた。
「私はこの人物に見覚えがある!」
テーブルの上に出された写真の一枚を食い入るように見つめてそう言ったシェリンガム伯爵に、マークウッド辺境伯は説明をした。
「それは王宮料理長だったバクスレイ氏なのだよ」
「まさか! いやしかし! だが彼はとっくに……!」
常に冷静なシェリンガム伯爵は珍しく慌てている様子で、脈絡のないことを口走った。
シェリンガム伯爵の妻は長年、女王の信頼の厚い侍女であり、王宮を辞していた期間も女王に何度か王宮に招かれていた。
そのためシェリンガム伯爵は夫妻で女王に個人的に招かれたことが何度もあり、かつての王宮料理長バクスレイ氏とは何度か挨拶を交わしたことがあった。
シェリンガム伯爵夫人がロスディン城の侍女長だったとき、バクスレイ氏の弟子であるサー・ロジャーがロスディン城の料理長であったため、シェリンガム伯爵もサー・ロジャーとは親交があり、サー・ロジャーの師匠であるバクスレイ氏がすでに故人となっていることを当然知っていた。
「マークウッド卿、この写真は、いつ、どこで撮影された写真なのかね?!」
驚愕の表情で写真を見つめながらそう言ったシェリンガム伯爵に、マークウッド辺境伯はけろりとした顔で答えた。
「つい最近、黄金の鹿で撮影されたものだ。先日、我がレグルス心霊探偵社が黄金の鹿を再調査したのだよ。そのときに撮影した写真なのだよ」
「本当なのかね?!」
「本当なのだよ」
「……信じ難いことだ……」
大いなる世界の謎を目の当たりにして途方に暮れているかのように茫然としているシェリンガム伯爵に、今度はロスマリネ侯爵がしかつめらしい顔で説明した。
「シェリンガム卿、バクスレイ氏の幽霊は黄金の鹿に本当にいるのだ。私も彼の幽霊に会った」
「本当かね?!」
「私の目には幽霊は視えなかったが。食器が勝手に動いたり、壁の絵が跳ねたりしてね。見えない何かがいるとしか思えなかった。……デュランの風魔法のせいもあったのだが……。ファウスタはバクスレイ氏と話をしていた」
「本当なのかね?!」
「本当だ」
「……信じ難い。いやしかし、ファウスタ様のお力は、信じ難いがたしかに存在しており、ラヴィニアに奇跡が起こったことは真実であり……」
混乱と驚愕を露わにしているシェリンガム伯爵の大きな反応に、マークウッド辺境伯はご機嫌な笑顔を浮かべた。
「シェリンガム卿、驚いたかね?」
「驚いているとも! まったくもってこれは驚かざるを得ない!」
「そうだろう、そうだろう。私も驚かされたのだよ」
すっかり冷めてしまった珈琲を前に、三人の貴族は心霊写真について驚愕を語り合った。
「実はね、ここからが本題なのだよ」
テーブルの上では、煎れたての二杯目の珈琲が薄い湯気を立ち上らせていた。
二杯目の珈琲を持って来た店員が退室すると、マークウッド辺境伯はふいに表情を引き締めて言った。
「こちらの写真を見てくれたまえ」
マークウッド辺境伯は、もう一通の大判の封筒を手に取った。
「うむ……」
「……」
ロスマリネ侯爵とシェリンガム伯爵は、驚くべき心霊写真を見せられた直後であることもあり、次の驚愕に身構えるかのように緊張した面持ちで固唾を飲んだ。
「何枚かあるのだがね」
そう言いながら、マークウッド辺境伯は封筒から数枚の写真を撮り出し、テーブルの上に並べていった。
「……っ?!」
「……なっ!」
並べられた写真を見て、そこに写っているものを認識するにつれ、ロスマリネ侯爵とシェリンガム伯爵はみるみる表情を強張らせていった。
まるで地獄を見せられたかのように、恐怖の表情にも似た面相で、ロスマリネ侯爵とシェリンガム伯爵は瞠目した。
「……な、何なのだ、これは……!」
「どういうことだ?! これは一体、どういうことだ?!」
マークウッド辺境伯が並べた写真は、トンプソン警部補が隠していた写真乾板を現像した写真だった。
タレイアン公爵が、何故か警視総監補フリードマンとともに、危険な宗教団体である新世紀派の集会に参加している写真。
その他にも、警視総監補フリードマンが新世紀派の幹部らと同席している写真や、違法な接待を受けている写真。
シェリンガム伯爵は内務大臣であり、ロスマリネ侯爵は王族の外戚だ。
二人とも、国家の重要人物や、要注意人物、危険団体などの情報には明るい。
二人は並べられた写真の中の光景の意味を理解し、惨劇を目の当たりにしたかのように壮絶な表情になった。
「マークウッド卿、この写真は一体どうしたのだ?!」
「我がレグルス心霊探偵社に届けられた写真なのだよ」
「一体誰が?!」
「この写真を置いていった者はヒュー・トンプソンと名乗ったということだ。しかし正体不明なのだよ。彼はバーミリオン街五番地と住所を記したが、バーミリオン街は四番地までしか存在せず、五番地は無かったのだよ。四番地の隣りはレイテ河だったのだ」
マークウッド辺境伯は、レグルス心霊探偵社に現れた謎の訪問者ヒュー・トンプソンについて、運営を任せている家令アルカードから聞いた話を語った。
「ヒュー・トンプソンは去年の十二月にこれらの写真を警視庁に提出したために、自分は殺されたと言っていたようだ」
「……幽霊が……探偵社に来たと言うのかね?」
「そういうことになるね」
「この珈琲館に?」
「うむ。隣の相談室で話したのだろうね」
マークウッド辺境伯はけろりとした顔で言った。
「王都を騒がせた警視庁の怪火現象事件のとき、私とファウスタは、亡霊たちに事件の再調査を約束したのだよ。それで幽霊は、事件の再調査を望み、私を頼ってレグルス心霊探偵社に来たということだ」
「まったくもって信じ難いが……」
シェリンガム伯爵は低く呻くように言った。
「しかし幽霊の存在はともかく、こうしてここに写真があるのだ。この写真を持って来た者は、これを世に出すことに身の危険を感じて、正体を隠したのやもしれん」
眉間に深い皺を刻んでシェリンガム伯爵は半ば独り言のように語った。
「警視庁にこれを持って行かなかったのは正解だ。警視庁には証拠を隠滅している疑惑がある。……しかし内情を知っている我々はともかく、もはや庶民ですら警視庁を信用していないということか……」
「私はこれを保安局に委ねようと思っている」
マークウッド辺境伯はきりりとした表情で言った。
「しかしその前に貴殿らに見てもらい、意見を聞こうと思ったのだよ」




