182話 ヘカテのタロット占い
「元院長ジュード・カニングの護衛をいたします!」
緑が萌えるヘカテの館の庭で、タニスは晴々しい笑顔を浮かべた。
「元より私はファウスタ様の憂いを解消するお力になりたかったのです。ジュード・カニングをちゃちゃっと助け出し、ファウスタ様の憂いをぱぱっと払ってやりましょうぞ。そういう事なら得意です」
「ちょ、ちょっと待ってください、タニス氏……」
タニスが微妙にずれている感触の発言をしたので、ブリギッドはその表情に不安の色を浮かべながら言った。
「脱獄させたら駄目ですよ。吸血鬼ギルドが容疑者を護衛しているのは、おそらく裁判前に暗殺されることを警戒してのことでしょう。脱獄させるつもりなら、とっくに脱獄させています」
「ファウスタ様はジュード・カニングを助けたいのではないのですか?」
「ファウスタ様とて脱獄までは望んでいらっしゃらないと思います。ジュード・カニングが不当な扱いを受けていないか、身の安全を心配していらっしゃるのでしょう」
「では暗殺者をちゃちゃっと始末すれば良いのですね」
タニスは三日月型に目を細め楽しそうに微笑んだ。
「そういう事は得意なのであります」
「殺したら駄目ですよ」
「重々承知しておりまする」
「負傷者を出すのも望ましくありません。無傷のまま撃退することをお薦めします」
「魔力衝撃銃の出番なのであります」
自信満々にそう言ったタニスに、今度は赤毛の魔女ヘカテが異を唱えた。
「ああ、あの銃ね。使ったら駄目よ」
「何故でありますか?!」
ヘカテに魔力衝撃銃の使用を止められたタニスは、不意打ちを食らったかのような顔で目を見開いた。
「タニス、貴女、あの銃を防具として安全保障委員会に提出したのでしょう? 吸血鬼の目の前で武器として使ったら駄目に決まっているじゃない」
「……!」
ヘカテの指摘にタニスは少し顔色を変えた。
タニスが発明した魔力衝撃銃は、魔術式を装填して発射する銃である。
発射される魔術は一定以上の威力が出ないようになっており、また魔術式を編んで装填する手間が必要なので連射はできない。
そのため対象を驚かせる程度の道具であるとして安全保障委員会に認可された。
だがタニスは魔力が強く、素早く雷撃の魔術式を発動させることができる。
タニスが使えば魔力衝撃銃は一撃で相手を気絶させることができる威力を持ち、連射も可能となる。
「せ、正当防衛の防具なのです……」
少し顔色を悪くして目を泳がせながらそう言ったタニスの様子を、半目で眺めながらヘカテは言った。
「貴女が個人的にあの銃を便利に使うくらいなら問題ないわ。でもさすがに吸血鬼の目の前で、武器にしか見えない使い方をしたら駄目よ。その場で条約違反の現行犯として夜警団に逮捕される事になる」
ヘカテは小さく肩を窄めてみせた。
「私としてはジュード・カニングの護衛より、新世紀派の調査の方をお薦めするわ。ジュード・カニングの護衛は、吸血鬼ギルドの了解を得たとしても、警視庁の留置所で吸血鬼と顔を突き合わせながらの仕事になると思うの。色々と気遣いが必要よ。でも新世紀派の調査なら、話さえ通しておけば自由に個人行動ができる。ブリギッドに調査活動を手伝ってもらう事もできるわ」
「しかしファウスタ様のモヤモヤはジュード・カニングをご心配なさっての事なれば、私はそちらを選びとうございます。私はファウスタ様の奴隷なのです」
「でもタニスはプロスペローに勝ちたいんでしょう? 有利な状況を選んだほうが勝率は上がるのよ。プロスペローは得意分野で着々と実績を上げているんですもの。それに追いつくには、タニスもまずは有利な状況で確実に実績を作るべきじゃないかしら」
「一見有利に見える状況が確実に有利かどうかの保証はありませぬ。戦場で勝機は流動的なのです。私は自分の直感を信じとうございます」
頑なに元院長ジュード・カニングの護衛の仕事を選ぼうとするタニスに、ブリギッドが提案した。
「確実に有利だという保証があれば良いのですね」
ブリギッドは何か含みがあるような微笑みを浮かべてタニスにそう言うと、ヘカテにちらりと目配せした。
「ではヘカテ様に占っていただきましょう」
魔女ヘカテの占いは百発百中と言われている。
「どちらが有利な状況なのか、ヘカテ様に占っていただき、結果を比べてみましょう」
「これは!」
ヘカテの館の居間で、ヘカテのタロット占いの結果を見てタニスは声を上げた。
「ジュード・カニングの護衛で決まりですな!」
テーブルの上には、占いの結果を示すタロットカードが並んでいた。
元院長ジュード・カニングの護衛と、新世紀派の調査と、どちらが良いかの二択占いだ。
それを選択したら、どういう流れになり、どういう結末を迎えるか。
それぞれの運命の流れが三枚ずつのカードで示されていた。
タニスはタロット占いには興味が無いが、占いが身近な環境に長く居た。
ヘカテは占いが得意な魔道士であり、ヘカテの元に集まった魔女たちはやはり占いに関心が高かったからだ。
特に仲の良いブリギッドは占いの店を経営している。
そのような環境に居たため、タニスも何となくタロット占いが解るようになっていた。
最後の札が最終的な結果や未来を示すことや、絵札は強い意味があることくらいならば知っている。
「これは絶対に良いカードでありましょう!」
ジュード・カニングの護衛の仕事を選んだ場合の、運命の流れを示す三枚のカードの、最終的な結果を表す最後の位置。
そこにどう見ても良い感じの絵札が出ていた。
天使がラッパを吹いており、地上では人々が諸手をあげて喜んでいるカードだ。
「これは私にも解りまする! 絶対にこっちが良い運勢です!」
望む方向に強力な絵札が出たことに、タニスは喜びを露わにした。
一方、ヘカテとブリギッドは表情の抜け落ちた顔でしんみりとしていた。
ヘカテもブリギッドも、この結果は予想していなかったからだ。
新世紀派の調査の方がタニスにとって安全な選択であると確信していたヘカテとブリギッドは、当然それに倣った占いの結果が出ると予想していた。
仮に予想通りの結果でなかったとしても、その差は微々たるものと思っていたので、占いに詳しくないタニスを説得するのは難しくないと考えていた。
ブリギッドがヘカテの占いを提案した時、ヘカテは瞬時にブリギッドのその意図を察し、タニスを良い方向へ誘導するための手段として占いを実行したのだ。
しかし結果は二人にとって二重の意味で予想外だった。
元院長ジュード・カニングの護衛の方が格段に良い結果であり、しかも占いに疎いタニスにさえ解るほど明らかなカードが出た。
もちろん新世紀派の調査の方は、悪いというわけではない。
ぱっとしないが悪くはない。
最終結果は棒の六、勝利や成功を意味するので良い結果と言える。
だが小アルカナだった。
タロット・カードには大アルカナと呼ばれる二十二枚のカードと、小アルカナと呼ばれる五十六枚のカードがある。
小アルカナは遊戯カードと同じ四種類の象徴を持つ数字カードが主である。
対して大アルカナは大きな運命を象徴する絵札だ。
タロット占いでは、小アルカナが示す運命より、大アルカナが示す運命のほうが強い意味を持つ。
そして占いに疎いタニスでも、タロットカードの大アルカナと小アルカナの見分けくらいは出来るのだった。
「まさか『審判』が出るとは。裁判があるからでしょうか……」
ブリギッドは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「途中経過が聖杯の七ですし……」
小アルカナ、聖杯の七の意味は、空想や想像である。
「ラシニア孤児院事件の真犯人はタレイアン公爵夫人とその実家ドスト男爵家。元院長の罪は虚構、それが聖杯の七の空想。その虚構が最終的には暴かれて正しく『審判』される、といったところでしょうか」
ブリギッドの解釈に、ヘカテは難しい顔をした。
「元院長の運命ならそれで正解だと思うのだけれど……。これってタニスの運命よね。途中経過の聖杯の七は解らなくもないんだけれど。『審判』は何を意味しているのかしら。それなりの大きさがある運勢の波よね」
大アルカナ、審判のカードの意味は、主に復活や再生である。
またカードの名の通り、行動が正しく審判されるという意味もある。
その絵柄は、天使が吹き鳴らすラッパにより死者たちが目覚めて復活する場面であり、目覚めの意味もある。
「審判のカードがどんな形で現れるのか、私も少し興味が湧いて来たわ」
ヘカテは思案気な顔で独り言のように呟いた。
「占いで良き結果が出ましたゆえ、賛成していただけますでしょうか」
タニスは満面の笑顔をヘカテに向け、賛同を求めた。
細かい解釈はさて置き、審判のカードは、タニスが言う通り良い結果を示すカードであることには間違いない。
それは明るい未来であり、そこには何らかの成功がある。
「解ったわ。賛成する」
ヘカテは意を決したかのように、静かな表情でタニスを見据えた。
「タニスが護衛の仕事に参加できるように、私も協力するわ」




