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第七十一話 無敗の碧眼

「……ぁ?」


 禿頭の男は顔を上げ、入ってきたアレンを見るときつい目つきで睨みつけた。この人間味ある反応からして、まずNPCではない。シリディーナでもなくはなかったが数少ない、転移者プレイヤーが経営する店のようだ。そして歓迎はされていないらしい。


「オイオイオイオイ……ここはガキのおもちゃ屋さんじゃねえんだぞ? 物見ならとっとと失せろガキが、オメーみてえなチビッ子が買うモンなんてねえよ」

「なら、ミルクでも注いでくれるか」

「銃を置いてんのが見てわかんねェのか? ふざけたこと抜かしてると痛い目見ることになるぜ」

「その銃を買いに来たんだよ、俺だって。それにこの町にはボーナスウェポンを凌ぐくらいに凄い銃があるって聞いたんだが……なにか知らないか?」


 たとえ歓迎されてなかろうが構わない。とにかく情報を得るため、アレンは対話を試みる。

 そして、率直な問いに対し男は顔をしかめ、ぼやくように小さく呟いた。


「……やっぱり翠蝶すいちょう狙いか。てめえみたいに町の外から人が群がるからこの町は……」

「スイチョウ?」


 男は一瞬俯くように下を向くとハンカチをカウンターに置いて、磨いていた銃、そのシリンダーに弾丸を込め出す。

 スイチョウ。問いかけた言葉に男はそう反応したのを、アレンは聞き逃さなかった。今一つ詳細はわからないが、確かに例の銃は実在するようだ。

 言い合いらしきことになっていたからか、様子を心配したシンリたちも店に来てアレンの後ろに寄る。店主の男はそれを一瞥し、鼻を鳴らした。


「ふん、仲間もいるみたいだが……お前みたいなガキがあの銃を狙うなんて馬鹿げてるぜ。いいか、外から来たみたいだから教えてやる。最近この町じゃもめごとや決め事は、全部早撃ちで決めるってことになってんだよ」

「早撃ちだって?」

「えっ?」


 早撃ちだなんていかにも西部劇らしく、銃士の集まる町にはありそうな話ではあったが、シグレからそんな文化については一言も聞いていない。疑問に思いつつアレンは横目でシグレを見るも、彼女も初耳らしくぽかんと口を開けていた。

 最近とこの男も言っているし、以前はなかったことのようだ。……ならばつまり、これをルールに定めなければならない事態が起きたということでもある。

 きっと、スイチョウとかいう銃のことが関係している。そう予想を立てたアレンは、なんとかこの男からもう少し情報を引き出せないかと脳内で画策する。


「いいぜ。翠蝶について知りたいんだろ」

「え? 教えてくれるのか?」


 その機会を、男は不敵な笑みを交えて差し出した。


「この俺に早撃ちで勝てば、銃でもなんでもタダでくれてやるぜ! 翠蝶のことだって話してやる」

「……言ったな? そいつは願ったりかなったりだ、乗ったぞその勝負!」

「ガキが調子付きやがって、ただし負けりゃあお前はこの店の看板娘だ! ここぁ町の端にあるせいでマジで客入りが最悪でなぁ……! チビだがよく見りゃ超絶美形だし、子どもサイズのメイド服でも着てもらおうかぁ?」

「はっ、やってみろよこのクソロリコンハゲが。負けた時はメイド服でもチャイナ服でもマイクロビキニでも着てやるよ……!」

「ちょっ、話もろくに聞かずにそんな……アレンちゃん、ちょっとテンション高くない? どうしたの?」


 売り言葉に買い言葉ではないが、安請け合いとも言える気軽さで勝負を引き受けたアレン。そもそも早撃ち以前にアーガスは耐久値限界を迎えて消えてしまったので、使用する銃そのものがないことに気が付いていない。


「雰囲気かな……ひょっとすると西部劇とか好きなのかもですね、アレンさん」

「えぇ……憧れるにしても早撃ちのルールくらい聞いてからにするべきでしょ……」

「どうしましょうっ、明日からアレンさんがチャイナ服で客寄せすることになってたら」

「マジモンの案件じゃん、児ポでしょ」


 仲間と言う名の外野にやいのやいのと騒がれつつも、外へ出る。そうして店の前、町の入口で自然と向かい合う形に立ったところでアレンは、己の武器がないことに気が付いた。


「あ。早撃ちつっても俺、肝心の銃ないんだけど」

「あぁ? んだよそれ……チッ、貸してやる。だが負けたときは数百倍の利子で返してもらうぞ」

「悪いね。おっ、リボルバーか」

「この町の早撃ちはソイツでやる習わしでな。アイテム名はブルホーン、シングルアクションだ。試射は?」


 物騒にも投げ渡されたそれ(ブルホーン)を受け取ると、アレンは指で金属のボディをなぞるようにして目を落としながら全容を確認する。

 ずしりと重い。アーガスよりも。

 グリップは暗い樹脂だが、他は武骨な鈍色に光る金属製。銃身長もアーガスより長く、アレンの手のひら二つ分くらいはあるように思える。

 早撃ちならば一発でいいだろう。撃鉄ハンマーを下げてローディングゲートを開けると、アレンは一発だけ装填することを脳内で念じる。すると手の中に一発分のカートリッジが現れた。

 アーガスは自動式拳銃だったから再装填を念じると替えのマガジンが出たが、この場合は弾薬が一発ずつ現れる仕組みらしい。


「……いらない。見れば十分だ」


 カートリッジを入れて装弾し、シリンダーをゆっくりと反時計回りに若干回転させて撃針の位置に持っていく。思えばこのキメラの世界でリボルバー銃に触れるのは初めてだったが、別にアレンはガンマニアでもなんでもない。

 ただのFPSプレイヤーだ。さして銃種にこだわりなどないし、引き金を引いて弾さえ出ればそれでいい。特に感慨もなく、グリップを軽く握って感触を確かめた。


「小さいのに大した胆力だな。まあいい、ならルールを説明するぞ。いいか、まず合図に使用するのはコイツだ」


 そう言って、禿頭の男は空いた手でインベントリから一つ、手のひら大の人形らしき物を取り出した。


「……カエル?」


 緑の、つぶらな瞳でスマイルを浮かべた人形。

 なんだか状況にそぐわない、若干の気味悪さとチャーミングさが同居した、珍妙な表情をしていた。


「『きまぐれフロッグくん』だ」

「なに?」

「『きまぐれフロッグくん』。このマジックアイテムのアイテム名。別にこの町にしか存在しないわけじゃないが、最近だとクラックタウンのマスコットにしようって動きもある」

「いや知らねえしそれは全然興味ねえけど……マジックアイテム? ってなんだ」

「あ? なんだお前、転移してからも日が浅いのか。マジックアイテムってのはSP(スキルポイント)を消費して無制限に使用できるアイテムのことだよ。まあ滅多にねえし普通の店にも売ってねえモンだが」


 首を動かし、アレンは仲間の方へ振り向く。ユウは「そだねぇ」とでも言いたげに頷いた。

 本当のことらしい。今まで見たことはないが、ただ魔法紙のようにちょっと特殊なアイテムというところだろう。


「わかった。腰を折って悪かったな」

「なに、子どものすることだ。それで、このきまぐれフロッグくんはSPを3消費すると、五秒から十秒の間でランダムに『ゲロゲロ』と泣き声を上げる。それを合図に銃を抜いて撃つ、ってわけだ。理解できたか?」

「できたよ。子ども扱いはしないでくれ」

「本当にか? ブルホーンはNPCの店でも買える雑魚武器、仮にまぐれでヘッドに入ろうが即死ってこたあないだろうが……痛覚は誤魔化せないぞ。撃たれる激痛が嫌なら、今のうちに勝負を降りろ」

「存外親切だな、あんた。男に二言はねえよ」

「……お前のどこをどう見れば男になるんだ? まあいい、ならこれも受け取れ」

「ん」


 再度なにかを投げ渡される。片手でキャッチしたそれは、茶色のホルスターだ。

 腰に装着するタイプで、確かヒップホルスターと言うのだったか。アレンは「サンキュ」と礼を言って、それを着けて試しにブルホーンを入れてみる。分厚い革製で頑丈そうだ。


「準備はいいか? 俺がこのきまぐれフロッグくんを地面に投げたらスタートだ。鳴いた瞬間にホルスターから銃を抜き、先に撃てば勝ち。ただ当然外しちまえば負けになるから、早さばかりに焦らないことだな」

「はいよ……最後の質問だけど、着弾さえすればどこでもいいんだな?」

「ああ、そうだ。体に当てさえすればいい」

「それさえわかれば十分だ。いつでも始めてくれ」

「言っておくが手は抜かないからな、お前はチビのくせに俺のことをハゲって呼んだ……! いいか、始めるぞ!」

「あっ気にしてたんだ……すまん、でもそれでいいよ。早くやろう」


 悠然と頷きを返す。その余裕とも言える態度になにを感じたか、禿頭の男は一度喉を動かして唾を呑み込み、片手をホルスターに沿えた。

 無言の視線が背に刺さる。ユウやシンリ、シグレの視線だ。声を出さないながらも心配してくれているのだろう。

 だがアレンに焦りはなかった。一陣の風が頬を撫で、髪をさらって過ぎていく。それでも心は凪いだ水面に似て、いささかの乱れもない。


 早撃ちに関して言えば、アレンはズブの素人だ。ゲームの中でさえ経験はない。

 しかし、こんなものは詰まるところ、反応の勝負だ。カエルが鳴いたのを聞いて、銃を抜く。ただそれだけ。どうせこの距離なら外さない。

 やがて男の手から緑の人形が緩く投げられ、ぼてっと砂の地面に顔面から着地する。モロに倒れている形だが、そんなカエルの彼を気遣う者はこの場にはいなかった。


 静かにグリップを握り、撃鉄を起こす。撃鉄は銃を抜くときに起こす方が安全面ではいいのかもしれないが、アレンの小さな手では咄嗟にするのが難しいので前もって引いておき、引き金だけですぐに発砲できるようにしておいた。

 空気の質が変わるのを肌で感じる。これでもう、あのカエル人形はいつ鳴いてもおかしくない。早撃ちの性質上勝敗が分かたれるのは一瞬よりも短く、僅か一発の弾丸のみで決まる。それが気を逃せぬ緊張感となり、急速に空気を侵していくのだ。


 対峙する両者から言葉が失せ、己の息遣いと微かな風の音だけが響く。それをアレンはごく自然かつ穏やかに、既に終わった他人事のように聞いていた。

 結果は見えているとばかりに。それもそのはず。

 反射神経、反応速度。

 そういったリフレックスの部分において、アレンが誰かに負けたことなど、生涯で一度たりともなかった。


『ゲ——』


 短い音が、一つ。


『——ロゲロ』

「……ぇ?」


 硝煙が風になびき、揺らいでは消える。場の誰かが小さく息を呑んだのが聞こえた。

 男——銃を抜くことすらできなかった彼は、その禿げた頭に汗をにじませながら呆然と己の肩を見る。今しがた弾丸が過ぎた、肉の表面を抉るようにして撃ち抜かれた己の右肩を。


「俺の勝ちだ。なんだかんだ、色々教えてくれたからな、あんたは。できるだけ痛くないところにしたつもりだが……」

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