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第七十話 蝶の舞う町

「車が……車が欲しいよお」

「流石にもうその話題やめない? 軽く三十回はループしてるよ?」


 西へ、ひたすら西へ。

 シグレの年齢について話をしてから、他の話題も色々と話ながらただただ歩き、平原を抜け、次第に植物の枯れ果てたひび割れる乾燥地帯が広がるようになる。

 そこから、さらに歩く。日が暮れ始め、辺りが薄暗くなってきてもまだ町は影も形も見えはしない。


 元が引きこもりがちのゲーマーだ。こんなに歩いたのはいつぶりだろう、とアレンは心中で嘆息する。ゲームの中ではいくらでも走り続けられたのだから、キメラでもスタミナは無尽蔵にしてほしかった。

 ……こういった単調的な苦行をやり続ける際、人はつい無い物ねだりをしたくなるものだ。

 まず移動手段が欲しい。完全自動運転だの完全人工心臓だのがとうに実用化された、テクノロジーの進歩したこの時代になにが悲しくて徒歩でこうも歩かねばならないのか。


 しかし、ないものはやはりないのだ。自動車など手に入るはずもないし、ファンタジーらしく馬車でもあればいいのだが、そもそもこの世界で馬を見たことがない。モンスターを馬代わりにしようと試みても、言うことを聞くはずもなくこちらが襲われるのがオチだろう。


「出てくるモンスターが強くないのはありがたいですけどね。俺でもまだ対応できるし」

「そだねぇ、バベルで言えば十階前後って感じかな? でも戦闘以前に歩き通しの疲労がきつい。今日はこの辺りで野宿しよう」

「野宿ね……仕方ないか。俺ももう足パンパンだ」

「ですねー、わたしも二度目とはいえここまでで疲れちゃいました」


 歩けども似たような景色だけが続いていたが、それでも時間は過ぎていく。レンジャー試験でもあるまいいし、日の落ちた夜中まで不眠不休で歩くことはない。第一歩くだけでなく、ときおり雑魚とはいえモンスターも出るのだ。いくらなんでも危険が過ぎる。

 ここらで今日は休息をとるというのは、皆賛成だった。


「じゃ、そんなわけでテントぽいぽいぽいっと」

「わぁ便利、こういう時はゲーム世界サマサマだよなぁ。移動手段はないけど」


 休むと決めれば、ユウは早々にインベントリからぼとぼととなにかを取り出し始めた。

 テントのパーツだった。流石に完成品を丸々入れるのはサイズ的に叶わないが、三パーツくらいに軽く分けてある。組み立ては容易で、簡素だが一晩過ごすには十分だ。

 インベントリは言ってみれば四次元ポケット、野宿と言えどこれがある以上はそれなりに快適に過ごせる。保存食なんかもいくらでも運べるから、食事にも困らない。味は期待できないが。


「ウワサだと、上位互換のアイテムでコテージも存在するらしいんだけどねぇ」

「……小屋が出てくるのか? 与太話だろ」


 モンスター避けの火も例の魔法紙量産のおかげで簡単だ。この辺りに木などないが、事前にユウが採取しておいた枯れ枝をインベントリから出して組み上げ、そこに炎の魔法紙を放つ。火力が強すぎて思いのほか大炎上してしまったが、もうこの際なんでもよかった。

 シグレの話では、明日の昼にはクラックタウンに着く。本番はそこからだ。

 一日を終える前に、アレンは何気なく頭に湧いた話題を彼女に投げかける。


「そういえば。お目当てのスゲー強いって銃のこと、シグレは知らないんだっけ」

「はい。わたしがあの町にいたのは転移直後……今から五ヵ月くらい前のことなんですけど、その時はそんな話は聞いたことなかったです。力になれなくてすいません」

「いやいや、案内だけで十分助かるよ」


 転移してからしばらくクラックタウンで過ごしていたシグレは、ジークに直接<泰平騎士団>にスカウトされたそうだ。その辺りの詳しい事情はアレンにはわからないが、レイブンの言っていたボーナスウェポンを凌ぐ銃というのは知らないらしい。

 本当にただのウワサで、そんなもの実在しないという可能性もある。その時はその時だ。徒労ぽくなるのは否めないが、普通の拳銃でも買って帰ればいい。


「五ヵ月前と言えば、騒乱期の直後だね。わりかし初期勢ってわけだ。そういえば聞いてなかったけど、シンリ君はいつ頃キメラに来たんだい?」

「ん——ああ、俺は大体四カ月前です。いやぁびっくりしましたね、突然町中にいたもんだから」

「ふうん……僕は三カ月と少し前だから、ほぼ同時期かな。ひょっとしたらこれまでも町ですれ違ってたかもね?」

「あはは、そうですね」


 あまり長話をしてもいいことはない。会話を程よいところで切り上げ、皆テントにへ入ると、アレンもそうした。瞼を閉じれば疲労は案の定重くのしかかり、睡魔に意識を奪われるのに羊を数えるまでもなかった。



 翌日。

 テントの中で目を覚ましたアレンは、しかし半覚醒といった様子で、まどろみの泥濘に半ば浸かりながらぼんやりと状況を把握した。

 低い布の天井。同じく布の狭い壁。入口の僅かな隙間から差す陽の光は、新しい朝の訪れを告げている。

 昨夜のことを思い出す。……横たわる身体を動かすと、筋肉痛らしき痛みが細い脚に走った。


「今日も元気に歩きますか、っと」


 筋肉痛程度で弱音を吐いていては始まらない。歩き詰めも昨日で終わり、今日は町に着く見込みだ。

 気合いを入れながらテントを出ると、みんなはもう起きてテントを片付け始めていた。


「あ、起きた。おはよ」

「ああ……相変わらずユウは朝つえーな。みんなも」

「おはようです」

「おはようございますっ」


 挨拶を交わし、アレンもテントを分解してユウに仕舞ってもらい、適当にインベントリに持ってきた朝食を摂る。日持ちするパンなんかだ。この世界に来てからかつてない頻度でパンを口にしているアレンだった。それでも平気で食事を抜いてはゲームに没頭していたあの頃よりは、よほどに健康的なのだろう。

 昨夜点けた火はとうに消えていて、冷静に考えてみればあれだけ強く燃えていれば一夜も持つはずがなかった。寝静まるころには灰だったに違いない。モンスターに夜襲されなかったのは運が良かっただけなのかも、とアレンは一人苦笑した。


 とにもかくにも、歩かぬことには目的地にたどり着くことも永遠にないので、準備もそこそこで早々に四者は歩みを再開した。元々荷物など、どうせインベントリにぶち込むだけの実質手ぶらだ。

 疲労は残るが、足取りは重くない。理由は心情的な差だ。

 どれほど歩いてもその日中にはたどり着けないと決まっていた昨日と違い、今日は町まで到着できる。そう思えば足も軽くなるというものだ。


 そして早い出発の甲斐あってか、一行は昼前にそこへ着くことができた。

 乾いた風の吹きすさぶ荒野に佇む、無頼の町。広さで言えばシリディーナよりもずっと小さく、静かだが立ち並んでは奥に続く建物は多くが木造だ。

 話に聞いた通り、いかにも西部劇といった風情のところのようだった。が、町を知るシグレと、ユウはなんだか不思議そうな表情を浮かべていた。


「えっと……こんな看板、わたしがいたときは無かったんですけど」


 今日は昨日よりは風も強くなく、砂塵もさほど酷くないので仮面を腰に留めたシグレの視線の先にあるのは、町の入口にアーチ状にして建てられた木の看板だった。

 クラックタウン(CRACKTOWN)。デカデカと書かれた妙に存在感を放つそいつは、シグレがいたときは無かったものだと言う。

 だとすれば、後から転移者プレイヤーがわざわざ作って取り付けたことになる。確かにわかりやすくはあるがどうせこんな荒野の町なんて間違えようがないし、変なことをする者もいるものだとアレンは青い目を細める。


「それに、妙に静かだ。僕が前々回のイベント直後に手前まで来た時は、もっと賑やか……っていうか町ぐるみで戦争でもしてるのかってくらい銃声と怒声が止まなかったくらいだけど。まあだから回れ右してシリディーナに向かったわけだし」

「そ、そんなにですか……? わたしがいたときはまだ穏やかで……だけど、確かにここまで静かなのはヘンです」

「言われてみれば、もうすぐお昼なのに人ひとり見えませんね。声もしないし」


——確かに、なにか妙だ。

 さながらゴーストタウンのような不気味なまでの閑静さに、町を知るシグレも困惑を隠しきれていない。

 気にしすぎかもしれないが、この静けさは普通じゃない。人がいないからではなく、むしろ人同士が生むピリピリとした緊張のようなものを感じる。一触即発の、警戒を帯びて張り詰めた糸を。


「だが……奇妙ではあるが、入ってみないことには始まらない」

「あっ、待ってくださいよっ。ひょ、ひょっとして……この間のゲーム内イベントでみんな死んじゃったとか……⁉」

「滅多なこと言うなよシンリ。少なくとも、そこの店はやってるみたいだぞ」


 アレンが指差す先、そう離れていないそこに小屋が一つ。小さな屋根からは看板が下げられ、一切の文字はなくただリボルバー銃の絵だけが描かれている。

 銃砲店、というやつだろうか。町の入口近くにあるなんてちょっと変な気もしたが、中からは人の気配がする。薄いドアの向こうから、微かに何か擦れるような音が聞こえるのだ。

 このままずっと町の前で立ち尽くしているわけにもいかない。ここに来た主目的はアレンの武器調達だ。責任を持って、アレンは率先するようにその店の戸をゆっくりと開いた。


 外見通り店内は狭く、窓もないので明かりあれども薄暗い。

 カウンターの向こう、壁にはこれ見よがしにリボルバーの拳銃が数丁飾られ、その手前では禿頭とくとうの男性が立ちながら白いハンカチで手の中の何かを磨いていた。

 拳銃のようだった。

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