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第六十九話 同行者の秘密

「仮面は……顔を隠すためのものですが、同じパーティで過ごす以上は失礼だと思いまして」

「ああ、なるほど。律儀だね、君は」

「シグレさんとは、『ペナルティ鬼ごっこ』の時のギルドハウス以来ですね。俺は相変わらず戦闘じゃあんまり役に立たないかもだけど、よろしく」

「シンリさん。こちらこそ若輩者ですが、よろしくお願いしますっ」


 改めて自己紹介を済ませ合うと、すぐに移動ということになった。

 シグレ曰く、「話すのは道中いくらでもできますから」とのこと。聞くだに少々恐ろしげだが、クラックタウンまではここから結構な距離を歩くらしく、一日は野宿が必要だとか。


「シリディーナの外を踏むのは、転移初日以来だな」


 門を出る。シリディーナの周囲を覆うのはなだらかな地形の平原だ。

 視界いっぱいに生い茂る若緑たちが吹き抜ける風に揺らされる様は、バベルの一から十階層の穏やかな景色にも酷似している。ひょっとするとここを模しているのか、それとも単に平原なんてゲームにありがちなロケーションだからたまたま似ているだけかもしれない。


「でも、なんで仮面なんて着けてるんです?」

「僕も気になるねぇ。せっかく可愛らしい顔してるのに、もったいない」

「へっ⁉ そ、そんな可憐でキュートで美人だなんて……っ」

「えっ……そこまでは言ってないけど僕」


 歩きつつも後ろで話す三人の方へ振り返り、アレンも会話に混じる。

 平和な町内とバベルを往復していると忘れがちだが、モンスターが湧くのはなにもバベルの中だけではない。町の外も魔物が闊歩する危険地帯だ。

 とはいえ、あのアレンが転移した森には凶悪な三つ目の恐竜が出たりもしたが、ここは見晴らしもいいしモンスターの絶対数もかなり少ない。かなり安全寄りな場所と言える。

 この草原を抜けるまで、無駄に緊張して神経をすり減らすこともない。適度に肩の力を抜いて、アレンはシグレに話しかけた。


「それも気になるし……なんかシグレ、俺と話すとき態度違うよな? その、避けてるっていうか……」

「そういえばそうだね。アレンちゃん、またなにかやっちゃったんじゃないの?」

「俺をそんな、いつも変な言動をしてる転移者プレイヤーみたいに言わないでくれ。あと、ちゃんを付けるな。ついでにそのニヤケ面もやめろ」

「注文多くない?」


 しかし実際、なにか知らないところで避けられる真似でもしてしまったんじゃないかと、少々不安なのは確かだった。思えば前々回のイベント、『恐竜襲撃』の後日騎士団のギルドハウスに行った時もシグレはアレンたちを見ると、焦りながら仮面を着けてそそくさと引っ込んでいった。

 ……それに。改めてその顔を見ると、やはりどこかで見かけたことがある、ような。やっぱりないような。


「あ、あのぅ……実はわたし、アレンさんのことは前から知っていて……いえ、こんなお人形さんみたいになってたのは知らなかったんですけど」

「前って、転移する前ってことか?」


 おずおずと、小さく彼女は頷いた。


「顔を隠している理由でもあるんですが……わたし、アレンさんと戦ったこともあるんです」

「戦いぃ⁉」

「ハハ、なんだアレンちゃん、いつの間にそんなキャットファイトを繰り広げてたんだい」

「いやっ、俺にそんな覚えは——」

「あっ、違いますっ、キメラの話じゃなくて! 大会、オバストの試合ですっ!」

「——あぁなんだ、キメラじゃなくてオバストね……って、オバスト⁉」

「? おばすと、ってなんですか?」


 驚きのあまり転びそうになるアレンと、対照的に疑問符を浮かべてぽかんとするシンリ。

 宿で話をした時に聞いた話では、シンリはADV——アドベンチャーゲームを主にプレイしていたタイプのゲーマーだったそうだ。画面にキャラの立ち絵やテキストが出てきて、ボタンを押して物語を進めていくようなやつ。

 FPS中毒のアレンからすれば銃も撃てず、キャラクターも自由に動かせないゲームなど退屈で仕方がないと思っているのであまり詳しくはないゲームジャンルだが、そんなシンリだからこそ『正解概算ルーティングトラスト』——二分の一を七割で正解する能力ユニークスキルになったのだろう。

 本人曰く、「目当てのルートに入る選択肢を見出す、研ぎ澄まされた慧眼がスキルに昇華されたんです」などと抜かしていたが、アレンは別にどうでもいいのでその時は生返事で返した。


「オバスト……オーバーストライク。俺が活動ってたゲームタイトルだよ。だけどそれで俺と戦った、それも試合をしたってことは——」

「……はい。わたしも一応、プロでした。<リローダー>の」


 僅かに目を逸らすシグレがそう断言するのを聞いて、二度目の衝撃が全身を駆ける。

 <リローダー>——アレンたち<デタミネーション>からすればライバルチームとも言えた、結成から歴史は浅いが幾度となく苦戦を強いられてきた強豪チームだった。

 案外、身近にいたのだ。同じオバストのプロゲーマーが。騎士団の副団長として。


「あ……そういえば、<リローダー>に一人、女の人がいたような。もしかしてあれがシグレだったのか」

「ええっ、そんな重要なこと忘れてたなんてらしくないね、アレンちゃんにしては。界隈の男女比的に、女性のプロゲーマーってだけで記憶に残りそうなもんだけど」

「そう言われると返す言葉もないけどさ。俺、あんまり対戦相手の顔見ないようにしてるんだよなぁ」


 勝つのが申し訳ないから。

 同じ道を歩む者として、競技の場に立つ努力と苦労は痛いほどに理解できる。その思いを挫き、敗北の二文字を叩きつけることに罪悪感を覚えそうになってしまうから。

 だからアレンは、オフライン大会では相手の方を見ないようにしていたのだった。オフライン自体は、色々と遅延なんかも減るから大歓迎なのだが。


「FPSゲームのプロなのはわかりましたけど……それがどうして、顔を隠すことにつながるんです? むしろ自慢し放題じゃないですか」

「だねぇ。僕なんて人と話すたびに僕のチャンネル見たことあるか訊きまくってるよ」

「それはどうかと思うけども」


 シグレは言いづらそうに、ぎゅっと手を固くして視線を下げる。

 どうしても言いたくないのなら構わない——そう口にしようとしたアレンだったが、それより先に、その煩悶するような表情にふと違和感が過った。


(<リローダー>として……大会に出てた、だって?)


 おかしい。何故か直感的にそう思った。

 眼前の少女に疑問を抱く。その理由はすぐにはわからなかったが、絡まったコードを紐解いていくようにして徐々に思考として具体化されていく。


「……シグレ、お前は……いくつだ? 今」

「っ」


——信じられない。

 そう思いつつも、アレンは問いを投げかけた。

 そんなはずがないと感情が否定する。しかし理性は、目の前の齟齬をもはや見逃してはくれなかった。

 齟齬。そう、明確な食い違いが存在するのだ。


 眼前の少女シグレは、幼すぎる。

 いや、もちろんアレンやマシロのように、幼女と言うべき容姿ではない。が、それでも若く、小さい。リーザより三つくらいは下に見える。

 見た目からの推定だと、十三か十四歳といったところか。

 ……だが、それだとおかしいのだ。なぜなら——『オバスト』の公式大会に出場できるのは、満十七歳であることが前提条件なのだから。


 年齢制限。それこそ、どんなに卓越したプレイヤーであっても、時間の針が過ぎていかなければ越えることのできない絶対の障壁。

 若いプレイヤーの参入により低年齢化の傾向にあるFPSの競技シーンでは、ボーダーとなる年齢の引き下げや全年齢対象のものも増えてきている。だがしかし、『オバスト』は銃撃戦ということもあり、キャラクターが撃たれれば血のエフェクトが飛び散る。

 その辺りの描写の関係だろう。対象年齢は十七歳以上と定められており、公式大会の年齢制限もそのレーティングに従ったものを適用しているのだ。


「じゅう……ご、です」

「やっぱり、年齢詐称か。個人でやったんじゃないないだろ、大方チームぐるみだな」

「年齢詐称だって? ……そうか、僕のとこはDCGだから九歳から出場可能だけど、FPSは銃を使うからそうはいかないのか」


 シグレは十五歳——元々背の低い方なのか想像よりはまだ少し高かったが、それでも大会の基準は満たしていない。年齢を偽って、あるいはチームに偽らせられて、大会に参加していたのだ。

 それでもオフライン大会に参加していたのだから大したものだが、その時は化粧や身長を高く見せる細工でもしていたのかもしれない。

 ただ、紛れもなく姿は晒した。それがこの世界で仮面とフードに隠れ、顔を見せないようにしている要因だということは容易に察せられた。年齢詐称の真実を露呈させないようにしているのだ。

 それが自身のためか、チームのためかはともかく。


「ごめんなさいっ、自分でもよくないってわかってたんですけど……」

「……いや。悪いな、俺も秘密を暴くような真似をした」

「怒らないん、ですか?」

「思うところはある。けどここは現実じゃない。……それに、俺に裁く権利も無い」


 プロゲーマーの年齢詐称と言うのは、前例がないわけでもない。

 海外で同クランの人間による訴状の中で明るみに出たそれは、当時そのゲームタイトルの枠を超えてeスポーツ界隈全体を揺るがした。言うまでもなく大事であり、規則がある以上はどんな理由があれ破ることは許されない。

 だが、それはキメラの中で追求されるべき罪ではない。アレンはそう思う。

 少なくとも<リローダー>の運営側も同じ場にいなければ意味がないはずだ。


(なにより……人殺しに比べれば可愛いもんだろ)


 覇を競い合ったチームがそんなタブーに手を染めていたことは、少なからず思うところがある。だけど、このゲーム世界を出るまでは考えすぎないようにするべきだ。


「初っ端から雰囲気悪くしてすまん。ひとまずこのことは、誰にも言わないと約束する」

「そだねぇ、下手に<泰平騎士団>に傷をつけるような真似はしたくないし。普通に僕らにデメリットしかない」

「お、俺も。今聞いたことは秘密にします」

「みなさん……ありがとうございます。現実世界に帰ったら、償うべき罪を償います」


 それがいい。

 アレンとは違って、その罪はまだ誰の前途も奪わない、償いきれる大きさのものだ。


「ああ。そのためにも、早いとこ進もう」

「まあこの行程はアレンちゃんの武器調達のためであって、別に現実世界の回帰には直結しないんだけどね」

「……そこを突かれると弱い」


 くすり、誰からともなく小さく笑う。

 ともあれこの小旅行は始まったばかり。シグレの秘密に驚きこそしたが、深刻な雰囲気にはならずほっとしつつ、アレンは改めて前を向いて歩みを再開した。

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