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第四十九話 しゃっくり鈍器

「まさか、異世界でハンバーグステーキが食べられるなんて……」


 町に出たところで、まずバベルで狩りを続けていたアレンたちは食を求めていた。宿の食べた気にならない薄味の朝食しか腹に入れず、ずっとバベルに籠っていたのだから当然だろう。

 リオネラたちは既に昼食まで済ませてバベルに来ていたので付き合わせるのは悪い気がしたが、了承してもらえた。ついでに、リオネラたちがよく行くおすすめの店があるので連れて行ってもらったのだ。


 そして、シリディーナの町を南に向かって歩くことしばらく。<泰平騎士団>のギルドハウスと道二つ挟んだ奥地に、これまたとんでもなく景観をぶち壊す建物があった。

 大きな駐車場——無論自動車など存在しないため本当に意味のないスペースと化している——を有した平屋建ての広い建物。壁はおそらくブリックタイルだが、レンガを模しているため町の風景とも違和感はない。一見すると通りに馴染む一軒。

 だが、あまりに致命的な部分が一つあった。

 屋根に掛けられた巨大な看板。そこには、電力もないだろうにネオンサインで『しゃっくり鈍器』とバカ大きく描かれてしまっている。景観保護の精神に唾するばかりに。

 架空の、しかし微妙に現実世界のソレに名を似せた、パチモン臭に溢れる謎のファミリーレストランがそこにはあった。


——そして、中に入り、テーブル席に着いて今に至る。

 パーティで列に別れ向かい同士に座る形だ。ソファは合皮で、天井の照明も完全に現代と同様の電球を使っている。窓ガラスの向こうさえ見なければ、現実世界に帰ってきてしまったかのようだ。

 昼時をいくらか過ぎてはいるが、客は少なくない。見れば面識はないが、少し見覚えのある者もいる。<ギルド>の人間だ。ボス部屋攻略の時に見かけたグループがいくつかいる。


「ね、アレン……これ、なに?」

「それはアイスクリーム。だけどマシロ、そういうデザート類は後にしてまずはご飯を選ぼうな……にしてもアイスまで食えるのか。半端ねえな……リーザとユウは知ってたのか?」

「ううん、知らなかった……あんまりここに知り合いいないし、私」

「僕は知ってたけど、来たのは二度目だね。町出てたこと多いのと、色々回ってみたかったからさ」


 ユウは知っていたらしい。何故か両開きの扉を模したバカでかいメニュー表に目を落とす。並ぶ品々はアレンにとっても馴染みある、しかし世界観にそぐわない洋食なんかの数々。

 メインはハンバーグステーキだが、もう少しサイドも頼んでしまおうか。……いや、やめておこう。現実に似た店内であってもここはキメラで、今の胃袋サイズは幼女相応だ。入りきらない気がする。アレンは顔を上げた。


「付き合わせちゃって悪いな。それにしてもこんな店があったなんて……バベルのあそこを思い出すよ」

「構わないさ。バベルの二十一から三十階層だな、あそこも電化製品がちょくちょく見られるが、バベルの外にもこんなところがあるなんて知った時は僕も驚いたよ」

「せっかくだし、ご飯後だけど私もちょっとだけなにか頼んじゃおっかな~。ケーキとか」

「また太るわよ、ポラリス」

「エライちゃんひどいっ! またって何⁉ 私はキメラに来てからずっと変わってないよ! たぶん!」


 やいのやいのと賑やかで、新鮮さにアレンは知らず口元を緩めた。陽気なのはいいことだ。

 注文が決まったところで卓上の呼び出しボタンを押すと、想像通りやってきた店員は虚ろな目をした人物だった。

 NPCだ。制服のネームプレートは白紙で、声に感情の抑揚はない。

 店員は全員NPCで、店そのものもどこかのゲームから接いで継ぎ合わせたのだろう。おそらく現代が舞台のどこかから。


「わぁ……」


 テーブルに置かれた湯気を立てるランチプレートに、マシロは短く息を漏らした。眼前には日の丸の旗が刺さったお子様ランチ。リーザはサラダにサイコロステーキのオーソドックスなオーダー、ユウはなぜか一人ピザと味噌汁にコーラを頼んでいた。人と違うことをしなければ死ぬ病なのかもしれない。


「へへ、アレンもお子様ランチにしなくてよかったのか?」

「……俺は今年十八だ。さっきも言ったろ、サトシ」

「冗談だよ、はは。とてもそうは見えないけどな、まだコーヒーも飲めなさそうだぜ」

「失礼な。コーヒーくらいちゃんと飲めるっ」

「ちゃんと……?」


 不可解にも両隣から突き刺さる二者の視線に首を傾げながら、アレンは改めてサトシの方を見た。

 昼食は摂ったはずだがまだ食べるつもりらしい。鉄板プレートがじゅうじゅうと微かに音を立て、熱気をはらんだ湯気を上げる。その向こうの男は、赤マントと隠し切れない筋肉質さからなんだかボクサーめいてもいた。

 ボクサー——そういえば、バベルにいたときも武器を手にしていなかった。素手。

 今日だけではない。あの浮遊島の階層で出会ったときも、薄手の黒いグローブを嵌めているのみでなにも手にしていなかった。アレンの記憶が確かならば。


「……サトシは、素手で戦うのか?」

「あ? すげー、よくわかったなアレン。おれは世にも珍しい<ストライクファイター>のクラスでよ。グローブがボーナスウェポンだ」

「そんなクラスがあるのか。へえ」

「おれも、おれ以外見たことがねえ。別に現実世界でなにかやってたってわけじゃないんだけどな……まあ、また機会があれば見せてやるぜ。おれの高速戦闘をな」

「高速戦闘……なんかすごそうだな。楽しみにしてるよ」


 ボクサーみたいに素早い足捌きでもするのだろうか。それなりに興味は引かれる。


「でもまさか、ほんとにアレンちゃんが男の人だったなんて。ポラリスちゃんはびっくりですっ」

「あたしもよ。まさかあの時のアレ、冗談じゃなかったなんて……」

「初めて会ったときにちゃんと説明できなく悪いな。ネタだと思われちゃったから言いづらくて」


 真っ白い生クリームが眩しい、いちごのケーキを嚥下するとポラリスは大げさな身振りで驚きを表現する。その隣、エライも同意しながら、ちゃっかり頼んだりんごのタルトをフォークで口に運んだ。

 先ほど、軽率に話の種にする話題ではなかったかもしれないが、アレンがキメラに転移する前は男性だったことを話した。誤解は根深くなる前に解いておきたいものだ。


「僕としては、プロゲーマーという点にも驚かされたが。あまりゲームには疎いものでオバストというのはよくわからないが、プロともなれば容易になれるものでもないだろう。素直に尊敬するよ」

「そんな、大した話じゃないさ。これしか取り柄がないってだけだよ」


 注文していたのはホットウーロン茶だっただろうか。陶器のカップをテーブル口から離し、リオネラが称賛を向ける。

 アレンとて楽な道だと思ったことなど一度もないが、面と向かって褒められるのは少々気恥ずかしい。軽い言葉で受け流すと、リオネラは「ふむ……」と柔らかな目でアレンを見た。


「謙遜しなくともいいだろうに。まだ幼いのに立派なことだと思うよ」

「…………だから、その幼いのが誤解だって話をしたばかりなんだが」

「……あ。そうだった、すまない。こうして向かい合っているとつい……ビジュアルに引っ張られてしまって」

「はぁ……まあ、いいけど。わかってくれよな」

「アハハ、確かに男だーって言われてもこんなロリロリしい見た目じゃねぇ。これで十八の男は無理でしょ」

「茶化すな、ユウ。無理もなにも事実そうなんだからしょうがないだろうが」


 腹が立ったので、アレンは横に身を乗り出してピザを一切れ強奪した。チーズたっぷりのマルゲリータだ。

 しかしユウは特に気にするでもなく、味噌汁とコーラを交互に飲んでいる。どう考えても合わないし胃の中は滅茶苦茶だ。


「マシロも不思議が多いけれど、アレンも未だにどうしてそんなことになったか謎よね。私は最初見た時、数少ない外国の子かハーフ仲間だと思ったんだけど」

「ああ、それでいきなり話しかけてきたんだったな。ま、それも間違いじゃ……ってのは前話したか」


 小さな口を開け、パクりと鹵獲品ピザを頬張る。柔らなチーズの芳醇さにトマトソースの旨味が合わさり味蕾みらいを震わせる。ピザの味とは至福の味だ。

 口内を複雑な、かつ濃厚なうま味が蹂躙して回る。

 ファミレスのピザもこれで案外馬鹿にならない。それにキメラに来てほぼ口にする機会のないジャンクフード、アレンの自覚ない飢えを刺激するには十分だった。

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