「決めたことがあります。」最終話
「話って何?」
落ち着かない様子で開口一番に言う。
また3週間ぶりの日曜日、てっ君とカフェで向かい合っていた。最初は、用事があると煮え切らない様子だったのを、話があるからと、時間を作ってもらった。
「決めたことがあります。貴方とは結婚しません。」
なるべく静かな口調で言うと、私はピンクサファイアの入った、あの時の紙袋をてっ君の目の前に置いた。
婚約指輪ではないので返さなくても良いのだろうけど、返すことにした。
これが私の答えだった。嫌いではなかった。彼は優しい。だからキスもしてみた。ベッドにも入った。でも何かが違う気がしたから。
もともと、エリの紹介で付き合い出した時も、「このまま結婚までこぎ着けたら、玉の輿じゃん。」という気持ちでスタートした。でもこのまま付き合い続けることはできない。結婚しても、ただの同居人としてしか暮らしていけないだろう。経済的には困らない生活が約束されているに近いけど、それは私には無理。
「どうして?妹のこと?そのことは、気をつけるようにする。約束するから!」
「それだけじゃない。てっ君は優しいところもあるし、一緒に暮らしていけるとは思う。でも…。」
ドキドキ、キラキラした気持ちになれなくても、ほんわかと過ごせていた。でも舞ちゃんのことになると、目くじらを立てるようでは無理。それに、話し合うよりも逃げることを優先する行動にも、限界を感じた.
「考え直してくれないか?」
てっ君の言葉に私は首を振った。
「距離を置いている間に気づいたの。一緒に暮らすのは無理。」
「済まなかった。」
「きっと繰り返すわ。都合が悪くなると逃げることを。現に、距離を置いて、今日だってしぶしぶだったじゃないの。」
「もう、しないから。気を付けるから。」
「“ご縁”なんでしょ?」
このまま例えば舞ちゃんのことを引き合いに出して、てっ君のせいにして別れることもできるけど、それはずるい。だから、言わなきゃ。
「舞ちゃんのこともある。こうして距離を置かれて傷ついたのも本当。でもね、一番の理由は、何かがあったときに向き合わずに逃げることに限界を感じたことなの。」
「そんな…。」
てっ君が悲しみとも怒りともつかない表情をする。
もうダメだよ。自分から距離を置いていたのに、こうなってからあたふたするなんて、自分勝手すぎる。
「今までありがとう。楽しかった。結婚の約束をしようって言ってくれたことは嬉しかった。」
そう言って立ち上がると、てっ君は私の手をつかんで引き留めた。そして手に紙袋を持たせる。
「これは持っていてくれ。返さなくていいから。」
「でも…。」
「これだけは、どうか…。」
確かに、こんなものに返されても行き場がないでしょうね。だから私は無言で紙袋を受け取った。
「じゃあ、これでもうサヨナラね。」
最後に言うと、カフェを出た。きっとうなだれているだろうけど、振り返ることはしなかった。繰り返したくなかったから。
小さな紙袋を助手席に置いてハンドルを握ると、空がとても清々しく広がっているのが見えた。
良い天気だな。また独り者になっちゃったのはさみしいけど、スッキリした。
楽しいことも嫌なことも両方あったな。ヴァージンともサヨナラしたんだった。まあ、後悔していないけどね。
ほんわかとした、てっく君の胸は好きだった。でもあのまま結婚に進まなくて良かった、はず。良かったんだよね?
一人で思いを巡らせていると、ちょっとだけ涙がにじんできた。
「また、良いことあるよね。」
手の甲でぐいっと拭ってから、つぶやいてハンドルを切る。
ピンクサファイアは、いつかまた着ける気になれる日までクローゼットに眠らせておくことにしよう。
さようなら。てっ君。




