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28.振り下ろされる鉄槌。

 撤兵を決断した魔族各勢力には、それ相応の報復が為された。


 無慈悲かつ気まぐれな魔王が、亜光速にまで加速させた魔力同士が激突し、融合し、膨大な熱量を発生させた。

 その直下に存在する妖精族の花園は、一瞬にして煉獄と化した。光速で放射された熱線は、草花を灰燼に帰し、舞い踊る蝶達を蒸発させる。花蜜を啜り、古い時代から受け継がれてきた歌を歌う妖精達は、防御も間に合わないまま消失した。

 魔力融合直下に居た妖精達は、まだ幸運であったかもしれない。

 核融合めいた災禍の発生源から最も離れた場所に暮らしていた妖精は、その身を焼かれながらもまだ生き長らえていた。燃える髪、焼かれた皮膚。幸か不幸か、眼を潰されずに済んだ妖精は灰が舞う茜色の空と、ただれた皮膚を引き摺りながら歩く同胞の姿を目にして、困惑した。何が起きたか理解出来ず、困惑したまま死んでいった。


 魔王の私刑により崩壊したのは、妖精族の花園だけではない。

 翼人族が住まう高山帯の集落もまた、同様の災禍に見舞われて壊滅。水棲系の魔族に至っては、河川という河川に神経毒が撒き散らされ、逃げ場がないまま全滅した。

 未だ撤兵の途上にあり、方々の異変に気付いた人馬族の騎兵旅団は、魔王軍参謀本部へ引き返し始めたが、やはり遅かった。剽悍なる騎兵旅団は旧王城郊外にて、異世界から召喚されたクラスター爆弾によって壊滅的打撃を被り、更に特命を受けた魔王軍第1翼竜騎兵団と悪鬼王勢『悪鬼』の攻撃により、一騎残らず殲滅された。


「時期が悪すぎた」


 先日まで肩を並べていた戦友達の殺害、その指揮を執る悪鬼王は忌々しげに呟いた。

 魔王の性格を「知っていれば」、これは容易に想像出来る結果だった。彼は城塞都市攻防戦の敗北に、そしてまた再び【勇者召喚】が為されたことに――「自分がこの世界における絶対者ではなくなった可能性」に――苛立っている。

 好き勝手に遊べる箱庭に、初めて異物が紛れ込んだ。その矢先にこの離反騒ぎだ。魔王は突発的な激情を抑えきれず、また被害妄想を膨らませて「人外諸族が人類と連合し、俺に歯向かってくるのでは」とでも読み、苛烈な報復に出たのだろう。


「馬鹿な奴らだ。本当に、馬鹿な――」


 悪鬼王の読みでは、魔王はそろそろ「魔王ごっこ」と「SLGパート(これは魔王の言葉で、悪鬼王には意味がよく分からない)」に飽きる。魔王は一撃で城塞都市を粉砕し、大戦を魔族勝利に終わらせて、新しい「何か」を始めるに違いなかった。




◇◇◇




 召喚主の名前を、彼はとうの昔に忘れていた。

 ただ面白半分に召喚された屈辱だけは忘れない。

 創作の世界で馴染み深い異世界召喚。よし俺に任せとけ、と意気込んだのも束の間、ただ余興に異世界の話を聞かせろ、と傲慢な帝国高官に尋ねられた。冒険譚のはじまりでも、ラブコメディのはじまりでもない――それを理解したとき、彼は「キレた」。

 被召喚者が想像以上に魔力に対して適応したこと、そして「余興・遊戯」という召喚の性質に応えたことは、驕り昂った帝国人にとって誤算だった。彼は大帝国を破壊し、帝国臣民を亜人へと変貌せしめ、一握りの政府高官を自身の手駒とした。そして自分が理想とするファンタジー世界を創造し、時には勇者として名声を集め、時には理想の王者として内政を執り行った。

 そして現在は亜人を支配して魔族連合を取り纏める、先進的な魔王を演じている。


 だが、それも飽きた。


「……元の世界も色々面白いことになってるみたいだし、このゲームを終わらせてさっさと次にいくかあ?」


 魔族の頂点に君臨する王者に相応しくない暗い小部屋に、彼の独り言が虚しく響いた。

 近年、世界間眺望や世界間移動を実現化した魔王の次の構想は、「世界王としてこの世界の軍勢を取り纏め、元の世界を攻撃する」――壮大なウォーゲームであった。

 夢物語に思える。実際、この幻想世界は元居た現実世界(便宜上、以降こう呼ぶ)に比較すれば、文明の程度が遅れている。幻想世界で最も先進的な軍事組織となる魔王軍でさえ、20世紀初頭の列強各国軍程度の実力しかない。いま再建した魔王軍で現実世界を引っ掻き回したとしても、袋叩きにされるのがオチだ。

 ……だが将来的には、現実各国軍を魔王軍が質・量共に凌駕することは間違いなかった。

 この幻想世界と元居た現実世界(便宜上、以降そう呼ぶ)とでは、時間の流れに差がある。


「俺が召喚されたのが2010年。召喚から1000年以上こっちで過ごしてるってのに、まだ向こうは2010年代か2020年くらいだ」


 時間の不均等な流れが、有利に働く。

 魔王軍が100年進歩する間に、現実の各国軍は1年分も進歩しない。

 幻想世界が軍事技術を1000年進歩させる間に、現実世界の軍事技術は10年程度しか進歩しないのだ。


「しかも連中、いまは“内戦”で足を引っ張り合ってる。こっちはもう産業革命をクリアしてんだ。あとこっちの200年……向こうの2年で互角にはなるだろ」


 なかなか面白い大事業だ。

 だからこそ早急に現在の状況を終了させなければならない。


「インドの核弾頭を見逃したのが痛かったな。もう一回どっか撃ってくれえ。そうすればそれを捕まえて――」


 世界間移動が実現している以上、現実世界に帰ることは出来る。

 だが彼自身も、帰還の可能性を考えたがすぐにやめた。元の世界に戻っても数年間の空白を抱えて生きていかなければならない。親兄弟や友人もまだ元気にやっているだろう。好きだった漫画は遂に完結しただろうし、お気に入りのアニメは続編が放映されているかもしれない。

 だが会社に居場所はあるだろうか? 同期はみな別の仕事をしているだろうし、そもそも数年に渡って行方不明ということで解雇されているかもしれない。

 それを考えると、元の一般人に戻る気には更々なれなかった。思考も好き勝手な魔王のそれに染まってしまっている。

 今更、窮屈な世界には戻れない……。




 魔王の視線が見つめているとも知らずに、中台関係はいよいよ緊張していた。


 観光客が多く訪れる金門島(中華人民共和国本土に最も近い中華民国の島)からは、観光客どころか非戦闘員の多くが退去。

 台湾本島においても各国大使館が運動し、外国人の多くが避難を開始していた。中台開戦となれば、人民解放軍の弾道弾が雨霰と降り注ぎ、激しい空爆が本島を襲うと考えられていたからである。無論、人民解放軍は無差別爆撃のような愚行を積極的に犯したりはしないだろうが、誤爆はつきものである。


 世界各国の紛争で国際連合が麻痺し、朝鮮人民軍が韓国軍を叩くことで自由主義勢力が朝鮮半島に拘束される――その間隙を衝いて、中台問題を一気に解決する。周辺各国政府高官の誰もがそう読んだし、中華民国と関係の深い日米両国のメディアもそう読んだ。


「つまり彼我戦えば、我々は絶対負ける、と?」

「ええ。我が空軍機は絶望的に旧式かつ少数であり、航空優勢――制空権は完全に人民解放軍空軍に捥ぎ取られるでしょう。海運・空路は勿論、弾道弾と航空攻撃により台鉄の幹線鉄道や主要高速道路は粉砕され、台湾本島は南北に分断され――」


 中華民国の事実上の首都、台北市を脱して某所に移った台湾政府閣僚は、国軍の高級参謀から彼我の戦力差について説明を受けていた。

 彼ら国防部の人間による説明は明解だった。人口2300万程度の島国は、人口十数億を抱える大国に捻り潰される。中華民国国軍の陸海空軍司令部は既に金門島といった離島の防衛を半ば諦めており、それどころか台湾本島における攻防戦さえ想定していた。

 一方の閣僚の中には、情勢を楽観的に見る者もいる。


「質問がある。私もいまではこんな中年男だが、昔は軍事教練やら兵役義務やらに駆り出された――陸軍兵力は正規で20万、予備役を含めれば100万に達する。本島は勿論、澎湖諸島(本島西側に存在する島々)も守りきれるのではないかね」

「そうだ。幾ら大陸の正規兵が100万、200万存在していたとしても、彼らが一挙に強襲揚陸を仕掛けてくるわけではない。フェリー等の民間船を徴用すれば、大兵力をも投入出来ようが、中華民国海空軍の鼻先で荷揚げなど出来るものか」


 勿論、閣僚達の指摘には一理ある。

 だがしかし掻き集めた陸上兵力も、殺到する弾道・巡航ミサイルの弾雨と人民解放軍空軍の空爆の最中で有効に運用出来得るか。航空優勢が相手に握られている情勢で、揚陸や補給を妨害出来るか――?


「……」


 国防部の人間は心中、溜息をついた。

 中華民国国軍は数量はおろか質的にも人民解放軍に劣っているが、それもこれも中華人民共和国の政治的圧力と米国の及び腰、他国の遠慮のせいだ。

 主力戦闘機の米国製F-16の性能向上型を更新しても政治的掣肘が加わり、最新の主力戦車を購入しようと試みても相手にされない(結果、M60戦車の車体に、旧式のM48戦車の砲塔を搭載するニコイチ戦車が設計された)。

 潜水艦も隻数があれば、人民解放軍の渡洋妨害に役立つだろうが、現実に中華民国国軍の指揮下にあるのはたったの4隻。しかも内2隻は、1940年代半ばに製造された米国製潜水艦だ。残りの2隻は80年代後半に就役したオランダ製の「海龍級」だが、本来は更に数隻追加購入する予定だったのを、中華人民共和国の圧力により断念している。


(戦う前に、負けている――)


 押し寄せる敗戦の予感を、咄嗟に押し殺す。


「それ以前に米国は我々を見棄てるかな。東アジアにおける威信に傷がつく」

「南ベトナムを忘れたか? ――だが実際、米第7艦隊の一部が台湾海峡入りしつつある。彼らが静観を決め込むとは思えないな」


 話題はいつの間にか米国が介入するか否か、に戻っていた。

 実際このあたり、台湾政府も確信が持てずにいる。だが多くの閣僚の心中にはどこか、「米国の介入によって危機は回避されるはず」「自由経済の輪に加わりつつある大陸が強硬な武力行使を選択するはずがない」という甘えがあった。


 ……彼らの頭上、遥か遥か上空で核爆弾が炸裂し、強烈な電磁パルスを打ち下ろすまでは。




次話は11月18日(水)までに投稿します。

残り4、5話で最終話とする予定ですので、年内には完結すると思います。

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