29.迫る破滅。
台湾本島の高高度で複数の核爆弾が炸裂する直前、一発の核爆弾が――異世界へ、城塞都市アナクロニムズの上空1000歩間(約500メートル)の高度に召喚された。非殺傷の電磁パルスをばら撒くはずだった核爆弾は、城塞都市の市民を殲滅するために爆発した。
核分裂。爆発的に発生した熱量が放出される。人間の網膜を焼き尽くす白光の塊が城塞都市を包みこみ、衝撃波が地上構造物のほとんどを圧壊せしめた。超音速で吹き抜ける爆風。大気が失われる爆心地。爆心地へ逆戻りする爆風。
一連の破壊現象が終わり、漆黒の雲が2万歩間(約10000メートル)上空にまで立ち上った頃、城塞都市アナクロニムズは巨大な墓標と化していた。
「……」
無意識の内に発動する【絶対防御】により大災厄の一切から護られた海野陸は、暗黒の廃墟と化した城塞都市を呆然として歩いた。
空間という空間に舞い散る放射性の塵芥。城塞都市を構成する石材という石材の表面が、熱せられて溶解し、赤に輝く。死、死、死――この都市に拠っていた数万の生命が蒸発し、炭化し、圧壊して失われた。暫くの間方々から聞こえてきた人々の呻き声は、いつしか聞こえなくなっていた。
(何が、起きた――?)
心中呟きながら、実際はわかっていた。
海野は廃兵院を脱走し、正統王国軍の下から逃れた後、市外を見る機会があった。大小艦艇の残骸、横転した乗用車、大地に突き刺さった鉄塔。そして故郷の人々が積み重なる屍山血河。
それと同様の悲劇が、この城塞都市にも降りかかったのだ。
……敵方によって召喚された戦術核弾頭が、炸裂したに違いなかった。
(俺が悪いのか)
主体性を投げ出して、正統王女に依頼されて流されるままに戦った結果がこれだ。いたずらに戦争を拡大させ、異世界を巻き込んで破局を迎えようとしている。
あるいはより積極的に戦争に参画し、地球を巻き込む前に魔族を殲滅してしまえば良かったのか。廃兵院を脱出した直後に無意味であることを知りながらも、正統王女ら一党に復讐戦を挑むべきだったのか。
この異世界に振り出された典型的なただの日本人、海野陸には判断がつかない。
中国人民解放軍の核弾頭を搭載した弾道ミサイル「東風」の炸裂により、城塞都市都市部はほとんど壊滅した。
……だがこの世界の人類は、未だに全滅していない。
郊外にて復興活動に勤しんでいた一握りの城塞都市市民と、市域外にて活動中であった正統王国軍の大部分は無事であった。前者は後背で発生した大災禍に恐慌をきたし、後者は人類軍統合幕僚会議を喪失し混乱に陥ったが、すぐに統制を取り戻した。
各連隊本部以下の指揮系統が生残していた、というのもある。
だが一番の理由は、目と鼻の先の距離に魔族攻囲軍30万が迫っていたからであった。
巨象が蟻を、踏み潰した。
しかもただ一思いに潰したのではない、触角を捥ぎ取り脚を引き千切るように時間をかけて嬲り、反撃が出来ないようにして確実に潰した。
まず初撃で、ほとんど片がついた。
高高度で炸裂した人民解放軍の核弾頭は強烈な電磁パルスを撃ち落とし、台湾本島に存在する電子機器の大半を破壊した。本島南北に敷設された縦貫線をはじめとする鉄道幹線は麻痺、桃園国際空港、高雄国際空港では管制装置と旅客機の多数が機能を停止。
天空から突き刺さった電磁の槍は、対策が為されている中華民国国軍の正面装備に影響をもたらすことはあまりなかったが、各部隊は別の理由で機動不能となった。幹線道路から地方道に至るあらゆる陸路にて、電磁パルスにより故障した一部の乗用車が、惨たらしい事故を引き起こした。これにより輸送ヘリといった空中機動の機材をもたない陸上部隊は、速やかな戦域間移動が困難になった。
「縄張り争いしてる場合かっ、これはかねてから危惧されてきたEMP攻撃だ!」
戦車回収車を繰り出してでも事故車輌を退けようとする中華民国国軍と、あくまで自身の手で事故処理を行おうとする現地警察の間で衝突が起こる最中、第二撃が台湾本島を襲った。
巡航ミサイルや弾道弾をもっぱら取り扱う人民解放軍第二砲兵が、一方的に中華民国国軍を乱打する。マッハ10ないし20という超々音速で振り下ろされる鋼鉄の拳。精密な誘導機能をもつ最新型の弾道弾は軍事施設を徹底的に破壊し、粗雑な旧式の弾道弾は目標上から逸脱して市街地に着弾。市民を恐怖のどん底に叩き落した。
人民解放軍の「冒険」は、まだ終わらない。
米第7艦隊の一部が展開しつつある台湾海峡上空。
ついに人民解放軍空軍機と海軍機の大群が、雲霞の如くその姿を現した。レーダードームを背負った空警2000の空中管制に支援された旧ソ連系の殲撃11、米・イスラエル系の殲撃10といった新鋭機の大群は、地上要員の懸命な努力によって舞い上がった中華民国空軍機を無慈悲に叩き落し、攻撃機の群れは金門島を、澎湖諸島を、台湾本島を粉砕した。
台湾政府や周辺諸国の想定を裏切り、中国人民解放軍は大規模な渡洋作戦を発動することはなかった。ただただ空から台湾本島の都市部を空爆し続け、「降伏するまで攻撃を止めない」と無言の脅迫をするだけで良かった。
台湾政府は決して弱腰ではなかったが、粘れば粘るほど死者が増加するのは明らかであり――そして降伏を表明しなければ、中国人民解放軍第二砲兵の戦術核がより低高度で炸裂することになるかもしれなかった。
米第7艦隊所属の巡洋艦シャイロー、駆逐艦ベンフォールドはただ台湾海峡に遊弋しているだけだった。台湾海峡の米軍は人民解放軍との決闘に臨み、戦闘を速やかに収束させるだけの力を持たず、このタイミングでの介入を躊躇した。
◇◇◇
人類軍統合幕僚会議が設置されていた地下施設は、その大部分が崩落していた。
訪れた海野を迎えたのは、瓦礫に押し潰されて圧死した物言わぬ幕僚達。残った地下空間も放射性の塵が盛大に舞う死の空間と化しており、仮に崩壊した瓦礫から逃れたとしても、重度の急性放射能障害に陥って絶命するであろうことは間違いなかった。
「海野様」
偶然か、必然か。
海野陸は、そこに辿り着いた。天井が崩壊し、空間のほとんどを瓦礫によって埋め尽くされた議場。奇跡的に残った空間に、ひとりの屍骸が座し、ひとりの従者が直立していた。
「……」
死の灰でくすんだ銀髪がすべて抜け落ち、大量の鼻血と血便を垂れ流したまま無様に絶命している人類の覇王と、それでもなお彼女の腹心を演じている情報幕僚に、海野は掛ける言葉が見つからなかった。
懸命に生きすぎて周囲を破滅に追いやった王女を悼むべきか、それとも物言わぬ彼女に憎悪をぶつけるべきか。
海野が口を開くことを逡巡していると、塵と瓦礫の最中でも平然としている従者が喋り始めた。
「正統王国が廃滅したとはいえ、まだ全人類が滅亡したわけではありません。彼らを頼みます」
「勝手ですね」
「我々は最後の最後まで、身勝手な人間として死にます。人魔間の絶滅戦争さえも権力掌握の機会として利用し、無関係の異世界を巻き込んで足掻く。そして最期になってもなお、傲然として人類防衛を遂行するよう命令します」
海野陸は、戸惑った。情報幕僚は謝罪の言葉を口にするどころか、未だに海野陸がこの世界の人類のために戦うと信じて疑わず、見苦しく懇願することなく、命令した。
「本当に勝手だ。俺は、自由にさせてもらいます」
「ええ。自由にしてください。どうせ貴方は手の届く範囲にいる生き残りの人々を見棄てることなど出来ないでしょうから」
断言すると同時に、彼女は崩れ落ちた。
……正統ユーティリティ王国の人間は、最後まで身勝手であった。
◇◇◇
「膨大に過ぎる世界人口を削減する上で核戦争は有効であり、また人口増に伴う地球資源の枯渇といった問題に端を発する核戦争は近未来、必ず勃発する。我が国は事前に核戦争を計画的に準備することで、来るべき日に備えなくてはならない。総力を以て核戦力を拡充し、自国よりも他国民を多く殺害し、地球人口を半数まで消滅させなければならない。特に米国は強敵であり、必ず滅ぼすべきだ」
――中華人民共和国人民解放軍、某少将“核戦争をめぐる発言”要旨。
次話投稿日は未定ですが、11月中には投稿します。




