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人目を避けて裏庭にやって来たシンシアは先客に気づいて引き返そうとしたが、会話の内容が聞こえてきて顔をしかめた。
「すまないが、今度の休日は用事が入っているんだ。ニーナにできたばかりのカフェの話をしたらとても羨ましがっていてね、ディランも誘って行くことにしたんだ」
「……そうですか。約束してしまったならば仕方がありませんものね」
木々に囲まれて人目に付かないガゼボにはロイド・フェーブル公爵令息とクリスティーナ・フリージア侯爵令嬢がいた。金髪碧眼の優し気な顔をしたロイドは心からの笑みを浮かべているのに対し、金の髪にルビーのような赤い瞳をしたクリスティーナは強ばった笑みを浮かべている。
気づかれないようにそっと立ち去ろうとするとロイドが立ち上がる。
「君ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、ニーナと約束があるからこれで失礼するよ」
慌ててシンシアが身を隠すとロイドは足取り軽く去って行く。婚約者の控えめな抗議にも気付こうともしない脳みそ花畑な男に思わず「最低」と毒づくと、クリスティーナとばっちり目が合ってしまった。
「ご、ごきげんよう、フリージア様。申し訳ありません、話を聞いてしまいました。もちろんこのことはすぐに忘れますので、ご安心ください」
「ごきげんよう、ライノーツ様。大したことではないから。気になさらないで。……もし、良かったらお茶に付き合っていただけないかしら。私1人では持て余してしまって」
気まずいシンシアを宥めるように微笑んだクリスティーナはテーブルの上に並べたお洒落な焼き菓子たちをしめす。空のバスケットが置いてあるところを見るとロイドと一緒に食べるために用意していたのだろうか。
シンシアは心の中で浮気男をこきおろすと笑顔を浮かべて席に着いた。クリスティーナが淹れてくれた紅茶をありがたくいただくとその美味しさに思わず頬がゆるむ。
「おいしい。フリージア様は紅茶を淹れるのがお上手なのですね」
「ありがとう。母は家族で過ごす時にはゆっくり話をしたいからといつも自分で紅茶を淹れるの。兄と私も大切な人ができた時にと子どもの頃からずいぶんと母に鍛えられたわ」
「……素敵なご家族ですね」
「ええ、自慢の家族よ」
フリージア侯爵一家は仲が良いことで有名だ。まろやかな甘みには家族たちの愛情がこもっているように感じて少しだけ羨ましく思う。紅茶をゆっくりと味わうシンシアにクリスティーナは心を見通すような澄んだルビーの瞳を向けた。
「ライノーツ様とは一度話をしたかったの。あなたは婚約者のウォルス様と彼と噂になっているニーナ・ハウエル様のことをどう思っているのかしら?」
微かに緊張をはらんだ声にシンシアはついにこの時がきたかと身構えた。
アンジュの心配は当たった。憧れの貴公子であるディランまでもが身の程知らずな男爵令嬢にたぶさかされたと激怒した令嬢たちは、ニーナの持ち物を隠したり脅迫の手紙を送ったりと嫌がらせをしたあげく、集団で人気のない場所に呼びつけた。しかし、駆けつけたディランに卑劣な行いだと罵られた上に家に抗議すると脅され、泣きながら逃げ去ったそうだ。
その頼もしい姿に惹かれたのか。ニーナはディランを頼るようになり彼もまたまんざらではない様子で付き合っている。ニーナに飽きたのか令息たちは離れていき、ディランとロイドと怖いもの見たさの数人が残っているだけだ。
ロイドは本気で恋をしているのか、今まで以上にニーナに馴れ馴れしく振るまいディランを牽制している。一方、ディランはシンシアと出くわしても堂々とニーナと寄り添っているくせに、明らかに好意を見せている彼女の想いにはっきりと応えようとしない。
以前よりもややこしい関係になった3人は面白おかしく噂されており、シンシアもたびたび醜聞好きな令嬢たちにからまれてうんざりしている。元は仲が良かった婚約者に傷つけられるクリスティーナはシンシアには想像できないぐらい苦しいものだろう。
さっきの婚約者の理不尽な要求を呑んでいた優しいクリスティーナに同情しつつ、正直な気持ちを言った。




