戦勝者のあれこれ (1)
キシリア王への抗戦と今回の暴動でガタガタになったミゲラの町を再興するため、マリアはガーランド商会の支援を受けながら、臨時町長として忙しなく働いていた。
デイビッド・リースを秘書に毎日山のように積み上げられていく書類と格闘しながら、町民たちの意見や不満を聞く――今日も、マリアのいる執務室には人の出入りが絶えない。
「姫様。彼はハビエルと言って、オレゴン人です。生まれ育った村で疫病が流行って、家族も故郷も失って……それでミゲラに移り住んできたんです。オレゴン人ではありますが心優しく、真面目な働き者で……」
純朴そうな好青年を隣に並べ、おどおどとした態度で髭を蓄えた恰幅の好い中年男性が話す。
男性の背後で、中年の女性と若い女性がハラハラとした様子で事の成り行きを見守っていた。
「私も彼を気に入ってまして、娘との結婚に賛成しておりました。彼もこのままミゲラで暮らしたいと……先日の暴動でも、オレゴン兵士の味方をすることなく、姫様の町長就任を歓迎しておりまして……」
「ミゲラはキシリア王の町となるわ。それに納得して、ミゲラの法と秩序を守って暮らすと言うのなら、オレゴン人というだけで彼を追い出したりしないわよ」
男の言いたいことをとうに察していたマリアは、口を挟んだ。
マリアの返答に一家はホッとし、若い女性はハビエルに嬉しそうに駆け寄った。ハビエルも安堵の笑顔で恋人を見つめている。
オレゴン人でも、このままミゲラに住まわせてほしい――その嘆願はこれが初めてではない。
キシリア人からも、こいつは良い奴だからミゲラで住まわせてくれ、と意見する者も少なくはなく。
ミゲラはキシリアとオレゴンの国境近くにある町だ。
歴史をさかのぼればオレゴンに支配されるのも一度や二度ではないし、王同士のやり取りでいつの間にやら別の王の町になっていたこともある。
五百年も前になれば、保護者はキシリア、オレゴンですらない。
ミゲラに住み着いたオレゴン人の半数は残ることを希望し、もう半数はオレゴンへ帰って行った――マリアの前の町長はオレゴン人だったので、彼が在任時に貯め込んだ財産はそっくりそのまま渡して国に帰している。共に国に帰る同胞の旅費にするよう、言いつけて。
この温情は、ただの優しさではない。
チャコ・ガルナダとの戦争を行っているキシリアに、オレゴンが再び攻め入らないよう、余計な恨みを買ってしまわないよう、寛大な待遇を計らうしかなかったという側面もある。
まだ、ロランド王の戦いは終わっていない。
「お姉様ー、メレディスからお手紙が届いたよー!」
町のお掃除……もとい、戦の後片付けをお手伝いに行っているオフェリアが、手紙を持ってマリアのいる執務室にやって来た。
戦で忙しいロランド王たちからの便りは期待していなかったのだが、一緒について行ったメレディスがきちんと報告代わりの手紙を送ってくれていた。
手紙を開けるマリアのそばで、オフェリアがそわそわうろうろしている。
「ユベルは怪我してない?みんな無事?」
ララの安否を気遣うアレクも、オフェリアと一緒にマリアのそばに立っていた。
「そうね……決着はまだだけれど、かなりロランド様やヒューバート殿下に優勢になったみたい。ガルナダに潜入したララがメフメト王を救出して……ユスフ王の簒奪を良く思っていなかったガルナダ兵の半数が寝返ったわ。それに、メフメト王と一緒にセリム皇子も捕えられていたらしくて……ララのお兄さんよ。無事だったチャコ帝国の第三皇子。彼が呼びかけたことで、くすぶっていたスルタンへの不満が一気に拡がって、チャコ帝国内の反乱分子と、外国へ逃げていた要人たちがセリム皇子のもとに戻って来たって」
何のことはない。結局、チャコ帝国もガルナダも、愚行の結果自滅しようとしているだけだ。
ララの心配していた通り、自ら戦力を削いでいたスルタンに勝ち目などあるはずがなく。
ガルナダのユスフ王も、メフメト王より王の資質にかけていたからこそ簒奪でしか王位を手に入れられなかったわけで。
ここまで戦力に差が出ては、ロランド王が敗北するほうが難しいぐらいだろう。
「みんな大丈夫そうなんだね。よかった。早くユベルたちに会えるといいな」
マリアから教えられた内容を知ってオフェリアは喜び、アレクも部屋の隅でホッとした様子を見せていた。
戦況は気になるが、マリアが案じたところで何かが変わるわけでもない――そう割り切って、マリアはミゲラの復興と再建に日々勤しんでいた。
オルディス領を立て直したときと同じく、今回もガーランド商会及びホールデン伯爵には世話になりっぱなしだ。
「マリア、少し私と話をする時間を取れるか」
「どうぞ。と言うか、遠慮なく執務室を訪ねてくださった結構ですのに。伯爵はミゲラにとって、重要な御方ですもの」
マリアは伯爵に長椅子をすすめ、自分も長椅子に座って、伯爵と対面で話そうとした……のだが、伯爵はマリアの隣に座り、自分の膝に座らせようと手を取ってくる。
そういうことが目的でしたの、とマリアは苦笑する。
「いや、町長代理に真面目な話があって来た。だがいざ君を目の前にすると、こうやって触れ合うのも久しぶりだったのを思い出してな」
「私、昨夜はきちんと寝室で休みましたよ」
町長の屋敷は、マリアたちの仮の住まいとなっていた。
オフェリアやナタリア、ベルダもマリアと一緒に屋敷に滞在し、男性はアレク、デイビッドだけでなく、伯爵とノアも止まり込んでいる。
しかし、マリアは町長代理として、伯爵はガーランド商会の代表として、ミゲラの住人から引っ張りだこで忙しく、寝室に戻って休むことすらできていない。
顔を合わせてはいたが、互いに仕事の話ばかりで、手短に用件を終わらせすぐ次の場所へ……といった状況で。
こんなありふれたやり取りをするのも、すごく久しぶりだ。
「一昨日は私も寝室で休んだぞ。見事なすれ違いだ」
伯爵は笑い、マリアも苦笑した。
「それで、私に何の御用でしょう?」
「もう本題か。そんなに私をここからさっさと立ち去らせたがるとは……まったくつれないな」
「お互い様です」
マリアを咎めるようなことを言いながらも、持って来た地図のようなものをテーブルに広げて伯爵も要件を簡潔に説明し始めた。
「退去したオレゴン人が所有していた土地を、いくつか売ってもらえないだろうか。ガーランド商会のキシリア支店を、ミゲラの町に作ろうかと」
「伯爵なら、売買と言わず無償で提供しますよ」
「身内贔屓はやめておいたほうがいい。私のことを思ってくれるのなら、正式な契約として代金を払わせてほしい。何かあった時、無料というのはかえって不利になりやすいからな」
何も身内贔屓で伯爵に無償で提供しようとしたわけではないのだが……。
やっぱり伯爵はマリアに甘いと思う。再建と復興に必要な資金と物資をガーランド商会から破格の待遇で貸し出してもらい、その他住民たちの要望に応えて商会は様々な配慮と融通を利かせてくれている。
そもそも、ミゲラを奪還するためにかかった経費を考えれば、町そのものが伯爵のものになってもおかしくはないのだが。
「特に問題はありません。買い取りの金額もこれで……良いのですか?相場より高いように感じますが」
にっこりと笑う伯爵に、マリアは大人しく契約を交わすことにした。ミゲラには、まだまだ金が必要だ。
伯爵があらかじめ持参した契約書にマリアが署名すると、満足した伯爵はマリアを膝から下ろそうとする。
マリアが伯爵に抱きつき、離れまいと抵抗した。
「つれないのはヴィクトール様のほうです。用件が終わったらさっさと出て行こうとするのですから」
拗ねてみせるマリアに、今度は伯爵が苦笑する番だった。
「可愛らしいことを言ってくれるのは嬉しいが……君の場合、そういう態度を取ってくれる時はたいてい浮気虫がうずいている時だからな。複雑だ」
そう言いながらも、伯爵はマリアの髪を優しく撫で、額に口付ける。マリアも甘えるように伯爵の胸にしなだれかかった。
「浮気はしてませんよ。相手がいないことは伯爵もご存知でしょう」
浮気相手になりえそうな男はマリアのそばにいない。物理的に距離があってはいくらマリアでも不可能だ。
「ただ、メレディスから手紙をもらったので少し人恋しくなったところはあります」
むぎゅ、と頬を引っ張られる。マリアはクスクスと笑った。
「ヴィクトール様はメレディスの名前に特によく反応しますね。おかげで気を引きやすくて有難いです」
「浮気心を誤魔化すのが上達したな。それが本心かどうか確かめてやろう」
そう言って伯爵が長椅子に押し倒してくるものだから、マリアも一応抗議はしておいた。
まだ昼間で、人が来るかもしれないのに――と言ったら、外出中のプレートを扉にかけてある、と伯爵から暴露された。
もしかしたら、まんまと罠にかかったのはマリアのほうだったのかもしれない。
キシリア・エンジェリク連合軍の勝利をマリアに知らせたのは、メレディスからの手紙ではなくロランド王とヒューバート王子本人であった。
まさか、王たちが直接町に凱旋してくるとは思わなかった。
「ユベル!」
前触れもなく町へやって来た王たちにマリアは唖然とし、オフェリアは一目散にヒューバート王子に飛びつく。
「無事、勝利を収めてきた。マリア、そなたも余を歓迎してくれて構わぬのだが」
「それはアルフォンソ様の役目ですから……そのように腕を広げられましても……分かりました。あくまで勝利を讃えるためですからね」
マリアも友情を込めてロランド王を抱きしめたのだが、どさくさにまぎれてキスまでしてこようとするので、シルビオがジロリと睨んでいた。
「戦が終わった途端、王の悪い癖が出たな」
「……アルフォンソ様に言いつけますよ」
マリアもジトッと睨んで言ったが、許せ、と王は陽気に笑う。
戦に勝利して、浮かれた気分になるのは分からなくもない。今回だけは王妃に黙っておいてあげよう。
「メレディス、あなたも無事でよかったわ。非戦闘員のあなたが一番心配だったのよ」
「心配かけてごめん。でも僕はほとんど後方にいたから」
メレディスを抱きしめて無事を喜べば、シルビオがまた睨んできた――今度はマリアを。
「俺にはないのか」
して欲しかったの?と尋ねるのはやめて、シルビオも抱きしめておいた。下手に気分を害すると、この場で服を引き裂かれかねない。
「ブレイクリー提督はいらっしゃらないのね」
王国騎士団や近衛騎士隊の姿はあるが、海軍はほとんどいない。一番大きくて一番存在感のあるブレイクリー提督は、見落としようがなかった。
「生まれ育った村のあったところにそのまま向かうって。今回こそ母親の墓参りに行ってくる、と言ってたよ」
メレディスが説明した。
無事に帰って来た人たちを見回しながら、マリアはララが浮かない顔をしているのを見つけた。
アレクがララを出迎え、ララも笑顔で応じているが、その表情は普段の明るいものとは違い、どこか陰りがあって。
だが、なぜなのかは聞かなかった。聞く必要もない。
祖国と戦い、実の親に刃を向けたのだ。ララの心境は複雑だろう。勝って、それで良かったとは、チャコ帝国の皇子であるララには言えないはずだ。




