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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
9/66

十八話・十九話

 (十八)

 今日も間山和仁は、黒、春香、戸浦と路面電車の駅で別れると、いつもの“もの思い”にふけり始めた。

 安全のため四人で帰るようになって今日で五日目になるが、今日和仁は小説の下巻を読み終えた日だった。

 和仁自身、ビックリする速さでの読破であった。

 この五日間、和仁は小説の世界に浸りっぱなしだ。

 小説は時代劇もので舞台は江戸、主人公は地方の藩で剣術指南役の父を持つ女剣士で、女剣士の家には男子が生まれなかったため腕の立つ婿を探すように、と父に言われた女剣士は江戸にのぼりいろいろな武術家と出会っていく、という物語だ。

 読書に集中できるようになった為か、最近の和仁は図書館に入って本を開くと、閉館時間まで一度も周りを見回すことなく、閉館にも気付かないことがあるほど読書に集中してしまう。

 その集中は授業中や休み時間も続いていて、ふと気付けば小説の場面を思い起こしていた。

 下校の“もの思い”も、あの時主人公が何を思ってあの行動に起こしたのか?などと物語を整理しようとしてもそのまま物語を頭の中で再生してしまい、考えを巡らせるというよりも小説に身を任せてしまう事が多くなっていた。

 今日の和仁も、ハッピーエンドに終わったラストシーンを思い出していつの間にか顔がにんまりとほくほく顔になってしまっていたが、

 (いかん、いかん。なんで自分がこの小説に魅力を感じるかを考えなければ・・・)

 と、頭を振って思考をリセットする。

 (そもそも、なんであんなに面白かったのだろう?)

 和仁はひとつひとつ考えを進めようと、気持ちを切り替えて自問自答を始める。

 (何が面白かったのか?)

 和仁はこの自問に、“全部”と答えたくなる。

 (これでは何も分からない・・・)

 と、思いをあらためる。

 だが、話の内容が面白いのかと考えてみても、登場人物が魅力的なのかと考えても、出て来る答えはどれも面白かったというもので、思考が暗礁に乗り上げてしまう。

 和仁はこれでは話が進まないと一息深呼吸をし、面白い感じがどんな感じかを捉えてみようと考える方向を切り替えてみる。

 すると“ぴったり来て面白い”という感じがすることに和仁は気付く。

 (なんで“ぴったり来る”のか?)

 考える。

 和仁は何が“ぴったり来る”のか考える。

 “ぴったり来る”といことは、何かと何かが似ていたり同じだったりするという事だ。

 “ぴったり来る”ためには、この小説に“ぴったり来る”ものが必要だ。

 (小説にぴったり来ているもの・・・なんだろう?・・・小説を読んでいるのは自分だから自分にぴったり来るということなのだろうか。じゃあ自分のなにに、ぴったり来るのか?)

 和仁は自分の行動と主人公の女剣士の行動を照らし合わせてみる。

 和仁はある小説のシーンを思い出す。

 それは、人気のない町角を女剣士が歩いていると目の前の角から町娘が躍り出てきて、浪人三人に手籠にされそうになるのを女剣士がためらいなく浪人へ次々と当て身を入れ、町娘を助けるというシーンで、和仁は小説を思い起こしながら一週間ほど前に図書館の前で女子が襲われていた時のことを思い出す。

 その時は生徒会長に試されていたため、女子は本当に襲われていたわけではないが、その時の女子が会長と親交のある演劇部部長で、彼女の鬼気迫る迫真の演技にすっかり騙された和仁は反射的に廊下に勢いよく飛び出していた。

 だが、ヤンキーに囲まれる演劇部部長を目の前にして和仁は何もすることができず、向こうから絡んできたからこそ和仁は応戦しただけで、それでは女剣士のように自分から人を助けたとは言えないように和仁は思えた。

 (自分が実際にした行動と女剣士の行動はぴったり来ている訳じゃないから、自分の中の他の部分がぴったり来ているってことだな・・・)

 和仁は腕を組んで、もう一度小説を読んでいる時自分はどんな面白さを感じているのか考察をしてみる。

 (・・・そう言えば、小説を読んでいて主人公の行動とか見て“そうだ”って思うのと一緒に来るあの“爽快感”はいったい何なのだろう?・・・なにか自分が出来ないことをしてくれるような・・・)

 和仁は、そうか!と思う。

 和仁が小説を読んでいて、小説の内容と和仁の中の何がぴったり来るのか、それは和仁自身の“願望”だということに気付く。

 (自分が望んでいても実際には思い通りできないことを女剣士は小説の中でやってのけてしまうってことなんだ・・・爽快感は、いつの間にか心の中で溜まっていた“ああしていれば”“こうしていれば”っていうものが小説の中で解放されていて、だからとてもすっきりした気分になれるんだ)

 和仁は自分の中の願望が小説の中で叶えられている事が分かると、途端と恥ずかしさが湧いてくる。

 (自分は小説の世界で主人公が取る行動が“自分が現実で取りたくても取れない理想の行動”だってことも知らず、ただただストーリに身を任せるばかりで、これじゃあ夢を見ているのと一緒じゃないか)

 和仁は当初の目的を忘れ、小説の面白さに浮かれていたことが悔しくて奥歯を噛み締める。

 (物語はドラマチックで面白い。でもそれに身を任せるために自分は小説を読んでるわけじゃないんだ。自分は小説を読んでどんなことが正しいか、どんなことが悪いのかを掴み取らなきゃならないんだ。本を読みながら自分は自分を掴み取らなければならないんだ。それをしなきゃ“いつどんな時に武術を使うか?”なんていつまでも分かりっこない・・・掴み取らなきゃ何も変わらない・・・)

 思考がひと段落して、和仁は周りを見回してハッとする。

 どうも腕組みをしてする考え事をすると周りが見えなくなってしまうようで、家に帰るために曲がらなければならない角を和仁はまた通り過ぎてしまっていた。

 和仁は頭を掻くと、通り過ぎてしまった角に戻るため来た道を引き返し、家路についた。



 (十九)

 しばらく歩いて、和仁は住んでいるアパートの部屋の前に着くと、ドアの鍵を開け玄関で靴を脱ぎ、部屋に入りながら学制服のボタンを外して脱ぐ。ハンガーに制服を掛けながら勉強机へ行くと、朝飲み残していた水を飲み干して和仁は一息ついた。

 和仁はラジオをつけてしばらくぼーっとすると、コップに水を注ぎ足すタンクを片手に台所へ行き、タンクに朝やかんで沸かしておいた水を移し替え、やかんに水を注いでコンロの火にかける。和仁はシャツとスラックスを脱ぎ部屋着になると、日課のスクワットを始めた。

 和仁のやるスクワットは普通のスクワットと違い、腰を完全に落とさないハーフスクワットで、やり方にはいくつか注意点がある。まず、膝をつま先から出さず何かに腰掛けるようにお尻を突き出すように腰を落とす。腰を落とした時の膝の角度は九十度より少し浅い程度。そして、上半身は腰を下ろしたときは背中を丸め前腕を胸の前で内側に捻りながら合わせ、立ち上がるのに合わせて手を空に突き出す。

 これを毎日、五百回やる。

 縮むときに息を吸い、伸びるときに息を吐く。

 体全部で呼吸を繰り返していくと、体の深いところに火が灯ったようになり、しっとりと体が汗ばんでくる。

 和仁はメガネを外してラスト二十回。

 最後の一回を終えて伸びの姿勢のまま息を吐き切るとゆっくり腕を下ろす。

 一息吐くと、ピーっと和仁の耳に火にかけてあるやかんの水が湧いたのを伝える音が入ってきた。

 火を止めた和仁は水の入ったタンクを机に持って行き椅子に座ると、コップに水を注いでゆっくり水を飲み干す。

 和仁は椅子から立ち上がり、肩をぐるぐる、グニャグニャ、と回すと、机の横に立てかけてある木刀を手に取り、今度は木刀で素振りを始める。

 左右の袈裟切りを繰り返しながら、

 (力に角がないよう、滞らないよう、丸くまるく、とめどなく流れる清流のように・・・)とイメージしながら木刀を振る。

 黙々と、一定のリズムで木刀を振る。

 しばらく続けると、ラジオの音が遠くで鳴っているような感じなり、木刀が手になじみ体の一部のような感覚になってくる。

 (とどまらないように・・・丸く・・・まるく・・・)

 すると、体の中に木刀をコントロールする中心が感じられるようになってくる。

 その中心は体の中にいくつもあって、数珠のように連なって互いが互いに影響し合い、地面からの力を次々に変換、増幅しながら、木刀を振るための力に変えられていく。

 (・・・・・・・・・)

 このあたりになると、和仁には力が中心と中心を結んで流れていく感覚が全てになり、自分が何をしてるのか、どこにいるのかも分からなくなる。

 あるものは“流れ”だけになってしまう。

 ブー、ブー、ブー。

 無心で木刀を振っていた和仁の耳に携帯電話のバイブ音が入ってくる。

 はっ、と自分の部屋にいることを思い出した和仁は、時計を見る。

 時計の針はもうすぐ九時になろうかというところを指しており、木刀を振りだしてからいつの間にか二時間近く経っていた。

 和仁は体を流れる汗を拭きながら、携帯が入れっぱなしになっている学生鞄から携帯電話を取り出し、誰からの電話か確認する。

 電話は知らない番号から掛かってきていて、切れる様子がない。

 「もしもし、間山です」

 和仁は間違い電話か確認するため出てみる。

「和仁君の携帯で間違えないようだね。生徒会長の田沼です。早速だけど、学警部部長の力が必要になってね。これから佐々木公園に来てくれないかい?」

 「あの、自分の力が必要というのはどういうことでしょうか?」

 「詳しいことは会ってから話すけど、ある生徒がいじめを受けているようで、そのいじめ現場をビデオで撮って証拠を押さえたいんだ。それで今夜、そのいじめグループが佐々木公園で何かするっていう情報が入ってね。ビデオを撮ろうと思うのだけど、そのいじめグループというのが人に暴力を振るうことをなんとも思ってない連中らしくてね。もしもの時のために和仁君がいてくれれば大きな戦力になるなと思うんだ。どうかな?来てくれないかい?」

 和仁はここまで聞いて自分の武術が生徒会長に必要とされていることが分かる。

 すると勝手に背中がむずむずと疼きだす。

 (なんだ、これ?・・・体が試したがってるいのか・・・?)

 頭では困惑する和仁だが体は正直だった。

 稽古で練習してきた技の数々が背中の中で暴れ回り、気を抜けば動きだしてしまいそうな体を和仁は止めるので精一杯だ。

 大きく深呼吸して、

 「会長、こんな自分でよければ力になります」

 と伝える。

 和仁は体から湧いてくる衝動に任せてみることにした。

 「じゃあ、今から青空商店街の佐々木公園に一番近いコンビニの前で落ち合おう。できるだけ急ぎでたのむよ」

 「わかりました」

 電話が切れ、静かにラジオが流れる部屋に戻った和仁は、

 「応ォォォォォオ!」

 と、低く腹から体を震わせながら気合いを発する。

 体の中で高まっていた圧力が下がり、和仁は少し冷静さを取り戻す。

 (隣の人、びっくりしたかな・・・?)

 などと思いながら、動きやすいカーゴパンツに黒のロングTシャツを着て家を出た。

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