二十話・二十一話
(二十)
21時
「あ、和仁君、早かったね」
生徒会長の田沼興三郎に電話で言われたコンビニへ和仁が行くと、笑顔で迎える会長と和仁には見覚えのない女子がいた。
その女子は文武大付属の制服を着ているため同じ学校の女子だということが分かるが、背が小さくメガネを掛けた顔は童顔で、服装が服装ならば小学六年生と言っても疑いは起きないだろう風貌をしていた。
「あなた、私のことを小さいと思ったでしょ?」
和仁に向けて放たれた言葉は、幼い雰囲気からは想像できないような鋭い声、鋭い眼を伴っていた。
和仁はその怒りが込められた言葉に反応して、背中がむずむずと蠢いてしまう。
(もっと冷静にならないと・・・こんなことで反応してしまっていたら、いざという時に正確な判断なんかできないぞ・・・)
ふぅ、とゆっくり息を吐き和仁は身体を落ち着ける。
「なに深呼吸しているの?気持ちを見透かされて動揺しているのかしら?」
まさか和仁が棘のある声に反応して身体が動き出してしまいそうなのを、深呼吸で落ち着かせているとは思いもしないメガネ女子は、弁解をしない和仁が気に食わないようで追い打ちをかける。
和仁の身体はメガネ少女の挑発には反応しないようで、少し余裕の出来た和仁は感じたことを素直に伝えることにした。
「あの、あなたのことは確かに小さいなと思いました。気を悪くしたのなら誤ります。ごめんなさい。ただ、あなたの言葉に動揺したのは、心を見透かされたとかじゃなくて、あなたの言葉に怒りというか、憎悪というか、なんというかあなたの言葉が怖くて襲われるかと思いました。気の弱い人なら尻込みするでしょうけど、気の強い人なら言葉に反応してあなたが危ない目に遭うかも知れません。あなたの言葉は危ないと思いました」
和仁の話を聞いていた会長とメガネ女子は思いもよらないことを和仁が語ったため、きょとんとした顔で話を聞いていた。
一拍おいて、
「まとめると、私の言葉は聞く人が聞いたら怒り出すかもしれないから気を付けろってこと?」
と、腕を組みながらメガネ女子。
「そうです」
和仁が答える。
メガネ女子は右手の人差指で眉間を数回たたくと生徒会長に向き、
「本当にこの人が学警部部長なの?こんな普通じゃない人が部長で大丈夫なの?わたし、この人嫌い」
と、感情を露わにするメガネ女子に会長の興三郎は、
「おまえは本当に第一印象が最悪だな。この前、図書館の前で力を見せてもらって、腕は確かだったし、僕は和仁君の奥底に強い正義感を感じたから部長に任命したんだ。間山さんの息子さんだしね」
メガネ女子は驚きを隠さずに顔に出すと、
「義幸おじさまの息子なの⁈」
と、商店街を歩いている人が振り返るような大きな声で聞き返すが、声が思わず大きくなってしまったようで、慌てて口を押さえる。
和仁は自分の父が会長と関係があることに驚いて、それを聞こうとするがそれよりも早く、
「いざって時は大きな力になってくれるはずだよ。自己紹介くらいしとけ」
興三郎がメガネ女子に言うと、メガネ女子は口から手を離して、
「田沼三春」
と、口をとがらせて不満顔で自己紹介する。
「自分は、間山和仁です。よろしくです」
とりあえず父のことは置いておこうと、和仁は三春に自己紹介をして頭をぺこりと下げる。
「私はあなたのことを信頼してないから。いざって時は私が無事逃げられるようにがんばって捨て駒になってちょうだい」
田沼三春は、腕を組んでそっぽを向く。
三春の対応を見て、和仁は頬を掻きながら、う~ん、という顔をして、
(気の強い女の子だな・・・)
と思う。
そっぽを向いて和仁と顔を合わせない三春にため息をついた興三郎は、和仁に近付き、
「和仁君、あいつは僕の妹でね。少し気難しいが、もしもの時はあいつのこと、頼むよ」
和仁は少し驚いて、
「会長の妹さんなんですか?」
と、聞きなおす。
「あいつも今年、文武大付属に入ったから君と同じ一年だよ。あいつパソコンが好きだから、てっきりパソコン部に入って情報処理のほうを勉強するとばかり思っていたのだけど、生徒会に入ってきてね。血筋なのかもしれないね」
「血筋というのは?」
「うちは何らかの形で政治に関わってきた家系でね。そんな家系だから祖父の代までは帝王学というか政治家になるべく英才教育を受けさせられたみたいなんだ。でも祖父が“もう時代は変わった”と言って父には自由に勉強させたらしいのだけど、父は心の赴くままに人生を走っていたら政治家になっていたみたいでね。僕も気付けば生徒会長なんかをやっているよ」
「血筋ですか・・・」
「あるのかもしれないね。君は誰に武術を習ったんだい?」
「自分は、祖父からです」
「お父さんからじゃないんだね?」
「父は仕事でほとんど家に居ませんでした。たまに帰ってきても厳格な人であまり喋らないので、武術に関しては口頭でも教えを受けたことはありません」
「てっきり僕はお父さんに影響されて武術を始めたと思っていたよ。君のお父さんはとても優秀だっていうのが子供の自分でも分かったくらいだからね」
「さっき三春さんは自分の父を“おじさま”って呼んでいましたよね?会長も自分の父をご存じなのですか?」
「本当に家ではあまり喋らない人なんだね、君の父さんは。僕は君のお父さんに育てられたようなものなんだ。僕の父はさっきも言ったけど政治家をやっていて、安全の為に身辺警護を付けているのだけど、そのボディーガードが君のお父さんなんだ。父は事務処理を家ですることが多いから君のお父さんも家に詰めていてね。小さい頃は君のお父さんによく遊んでもらったんだ。あの時に、善いこと、悪いこと、を教わってなかったら僕はここには居ないかもしれないよ」
「父にそんな一面があるなんて思いもしませんでした」
和仁はそう言いながら、少し会長と三春がうらやましいなと思ってしまう。和仁はいままで武術に打ち込んで来たため父の義幸に興味が向かなかった。だが、興三郎の話を聞いて、
(父さんか・・・どんな人なのだろう・・・)
と、和仁は思った。
(二十一)
「はい・・・はい・・・了解」
田沼三春が片手で耳を押さえ襟元に何やら話しかけると、
「やつらが、公園に向かったみたい」
「そうか、じゃあ配置に付こう」
三春、間山和仁は会長の後に付いて移動を開始する。
移動しながら興三郎が和仁に、
「僕たちの計画が上手くいけば和仁君の出番はないと思う。でも、計画が上手くいかないことも考えて保険として和仁君を呼ばせてもらった。これから計画を伝えるから、頭に入れて何か異常が起きた時は先頭に立ってやつらを足止めしてもらいたいんだ。頼めるかい?」
「分かりました。自分にやれることはやらしていただきます」
「ありがとう。そしたら計画を伝え・・・あ、まだ、なんでこうなったか話してなかったね。まずは経緯から話して行こうか・・・」
と、興三郎はなぜ今日のビデオ撮影に至ったかを、公園に向かいながら和仁に伝え始めた。
いじめを受けているのは、一年一組の飯島恋という女子で、柔道部のマネージャー。ことの発端は、生徒会執行部で恋と幼なじみの近藤一が、柔道部のマネージャーになってから恋の様子がおかしくなったことを会長の興三郎に相談したことから始まる。
会長の興三郎は柔道部の中に不良グループが居ることを以前から聞いていて、その不良グループの噂はことごとく悪いものばかりであった。会長は、飯島恋とそのグループが直接関係していないとしても、不良グループがどんな連中なのかを前から探りたいという気持ちがあったため、近藤の話をきっかけに調査をすることを決める。
生徒会執行部員の近藤一、沖村平次の二人は、会長の依頼を受け情報収集を始めた。近藤は飯島恋とは幼なじみで家が近いため毎朝一緒に登校している。これを利用し、雑談の中から心情を探り、放課後は後を付け監視するのと、機会があれば恋の友達にそれとなく聞きこみ。沖村は柔道部に繋がりのある人間に近づき話を聞き、集められる情報をすべて集めようと聞き込みを始めた。
一週間もすると、近藤は恋の一日の行動を、沖村は柔道部の事情を掴むことができてきた。
二人は生徒会室で会長の田沼に報告する。
この一週間、近藤が掴んだ恋の行動は、週の中で火曜日と金曜日の放課後以外は何も変わらず生活をしている姿だった。火曜日と金曜日以外の恋は、中学の頃とは違う影のある笑顔であるが、友達と笑い合う普通の女子高生だった。しかし火曜と金曜の放課後は明らかに様子がおかしかった。普段は相手の目を見ながらしゃべる恋なのだが、授業が終わり部活に向かう恋は目の焦点が合っていないような、まるで人形のような顔で部活の仕事をこなすと、いつもは立ち寄らない柔道部の第二部室に一時間ほど入ってから、魂の抜けた体を引きずるように帰宅するのだった。
そして、沖村が掴んだ情報を聞いて状況を整理した三人は、飯島恋の身を心配せずにはいられなくなる。
沖村が聞き込んだ情報によると、柔道部は今、二つの派閥に分かれているというものだった。一つは野原剛史を筆頭に真っ当に柔道に打ち込むグループ。そしてもう一つのグループが、実力が劣り練習を適当にこなしている五人組が居るということだった。その五人の評判は悪く、近隣高校の生徒といざこざを起こし全員補導されたこともあるとのことだった。噂はこれだけでなく、その五人に聞けば麻薬が手に入るだったり、金さえ貰えれば人に暴力を振るうことも躊躇しない連中だという話も聞こえてくる。そして、最近その五人は周りに“便利な女が出来た”と言っていて、どうもその女というのが飯島恋以外、考えられないのだった。恋の噂も聞こえてきていて、恋と同じクラスの男子が塾の帰り繁華街を歩いていると、制服姿の恋がサラリーマンの前でおもむろにパンツを脱ぎ、それをサラリーマンに渡すと、代わりに金を受け取っている姿をたまたま目にしていた。目の前で起きた異常なことに、その後クラスメイトはしばらく物陰から恋の様子を窺っていたらしいのだが、沖村が聞く限り背格好から柔道部の不良グループの一人と思われる男が、金を恋から受け取り繁華街に消えていったとのことだった。
「出来るだけ早く、飯島君を奴等から引き離す必要があるね・・・」
報告を聞き終わった、田沼は低い声で二人に言う。
「会長、そのことで一つ・・・。何となしに会話の中に、最近嫌なことはないか?見たいなことを恋に聞いたりするのですが、あいつ、頑なに私は元気だって強調するんです。それがちょっと異常なんです。恋の友達に聞いても愚痴も言わず、ただ充実してると周りには言っているようなんです。予想でしかないですが、奴等にひどく脅されているんじゃないかと思うんです。恋のやつ、思いやりの塊みたいな奴なんで・・・。やるなら徹底的にやった方がいいかも知れません」
と、近藤が真っ直ぐ会長を見つめながら進言する。一番近くで恋と向き合っている近藤は、この一週間で恋への心配に拍車が掛っていた。
「君の気持はわかるよ。ならばこそ証拠が必要だね・・・。話を聞いていると飯島恋という子は自分が痛めつけられるより、他人に何かが起きることの方が辛いみたいだ。すぐ保護したとしても、彼女の友達にもし危害が行ってしまったら彼女は大変なダメージを受けるだろう。なにか決定的な証拠を掴んで、不良グループを警察に突き出すとか、何か手を打たないといけないね。すぐにでも何とかしたいけど、もう少しこのまま調査を続けてくれるかい?」
「はい」
近藤と沖村は、苦々しい気持ちで会長へ同時に返事をして、この報告会議は終わった。
次の週の火曜日。
朝、近藤は飯島恋の機嫌が良いのに驚いていた。
中学の頃の恋が帰ってきたようで、近藤はとてもうれしかった。
その日の放課後、不良グループの様子を窺っていた沖村は不良グループが部活をさぼり帰るようだったので、後を付ける事にした。
不良グループは玄関に来ると、おもむろに恋の下駄箱に何かを入れ、下校していった。
沖村は、後を付けるのとげた箱を確認するのとどっちを優先すべきか迷ったが、一度尾行を諦め、恋の下駄箱の中を確かめることにした。
中を見るとノートの紙に書かれた手紙が入っていた。




