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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
20/66

四十話・エピローグ

 (四十)

 「いいものを見せてもらった」

 腕を組んで観戦していた虎男こと五島は、そう言うと配下に目配せする。配下は括られている高梨と相川の紐を解いて開放する。

 「お、おい?終わり?」

 呆気なく廃工場から出て行こうとする虎男に、広田グループの一人がたまらず聞く。

 「ああ、目的を終える事が出来た。あとは好きにしたらいい」

 出口に向かいながら答えた五島が立ち止まり、

 「もっとも、女を犯そうにも間山君を倒さないと出来ないだろうがね」

 顔に微笑を浮かべて五島は言うと廃工場を出て行く。

 それに合わせて、物音が鳴り複数の人の動く気配がするが闇に紛れて姿は見えない。五島の配下の人間が隠れている事はなんとなく感じていた不良達だが、気配の数にゾッとする。

 「やりますか?」

 和仁が見えない者が動く気配の中、不良グループに聞く。

 「もういい、行ってくれ」

 やっと体が動くようになってきた広田が、体を起こしながら黙る仲間たちに代わって答える。

 「間山君、行こ」

 黒が促す。紐を解かれて、動ける黒は腰を抜かしている春香を支えながら和仁の近くまで来ていた。

 和仁は出口を潜るまで後ろを伺いながら出て行く。

 「意識がない人間に投げられるとは思わなかった。あいつ俺を捌き続けている時、無意識で戦っていたよ」

 取り巻きたちはギョッとして、顔を見合わせる。

 広田はもう一度体を倒し、

 「今日限りで解散だ。俺はまた柔道をやることにした。納得いかないなら俺が弱っている今のうちにリンチしておけ」

 今まで散々こき使われてきた挙句に広田の身勝手な発言に、怒りを覚えながらも喧嘩では勝てない事を知っている不良達は、周りの連中がどうするつもりかを伺いながら押し黙る。

 しばらくして、瀕死の体で倒れていた広田がすっと立ち上がり、

 「面白くねえ連中だ。今までこんな奴らとつるんでいたと思うと溜息しか出ねえ」

 と言うと、違う出口に向かう。

 そのまま立ち尽くす者もいれば、追いかける者もいた。

 廃工場から出た和仁、黒、春香だが、少し歩いた所で春香の精神が落ち着き普通に歩けるようになるが、今起きたことを整理するためか皆無言だった。

 と、和仁が震えだしたかと思うとその場に片膝を突いて座り込んでしまう。

 「間山君、大丈夫?」

 すぐに気が付いた黒が近付き、背中に右手を添えるが和仁の体はひどく震えている。

 「あの時、自分は負けました」

 和仁は自分の両腕で体を抱え、震えを止めながら絞り出すように語りだす。

 「頭から落とされた時から記憶がありません。自分は何回あの広田さんでしたっけ?を投げましたか?」

 黒が少し考えて、

 「大体、十回くらいかな・・・」

 「そうですか・・・最後の二、三回しか覚えていません。意識のない自分を動くようにしてくれたのは師と道場の先輩方のお陰です。自分は・・・強くなりたいです」

 震えは止まったが足に力が入らない和仁は、黒に支えてもらいながら立ち上がると、

 「ああ、強くなりたいです」

 と、支えてもらう情けなさから、もう一度口に出す。

 体は戦いで弱っている和仁だが、目標がはっきりして強い目になったのを見て、黒と春香は安心する。

 「私は本が読みたいな」

 「私は、字を書きたいなぁ~」

 和仁は、自分をさらけ出しても寄り添ってくれる友達を、守りたいと思った。

 「五島先輩、こういうやり方はやめていただきたい」

 時を同じくしてそう遠くない道で、帰路に付いていた五島の前に、生徒会長の田沼興三郎が現れ言う。

 「私の上がどんな人間か知っているだろう?」

 五島の所属している組織と長の事を思った田沼は寒気がする。

 「もし、間山君が敗れていたらどうしていたんですか?」

 「どうもしないさ。あの女友達が犯されて終わりだろう」

 「あなたと言う人は!」

 「戦いとは、何かを守りたいと願わなければ成り立たない。安心しろ、間山君は不合格だ」

 「え?」

 「制御できない力は必要ないのだよ、我々は。時が来ればいずれ共に戦うことになるかも知れないがな」

 田沼の予想と反して不合格の評価に唖然とする田沼の横を、虎男は通り過ぎて行く。

 「あれだけの腕だ、上手く使え。俺を使った時のようにな」

 止まって、五島はそれだけ言うと闇に消える。

 田沼は歯を食い縛り、五島の消えた闇を見つめ続けた。



 エピローグ

 「オオオ!」

 稽古場を震わせるような重く低い気声が和仁を襲う。

 足の力が抜けてしまうような感覚が和仁を襲うが、

 「ウォアア‼」

 と、腹から声を震わせることで、身体に気血を流し込む。

 対峙している師の間山堪治の小さい身体が分厚い岩のように感じる。

 岩が膨らむ。

 瞬間、岩が縮みそれに合わせて岩が伸び和仁の額にぶつかってくる。

 縮むのに合わせて和仁の体は移動を始め、背中へ回り込むべく半円の軌道を描きながら滑って行く。

 伸びてくる岩は軌道を変えて、和仁の額に伸びてくる。

 和仁は体を動かすのに合わせて右腕も差し出し始めていて、岩と腕が触れると、それを手繰り寄せるようにして身体の移動に力を上乗せする。

 和仁は右手の加速により、師の岩のような右手刀の追撃を振り切り、師の右背面への入り身を成功させる。

 入り身を取ると同時に左手で師の襟首を取り、右手刀で師の右肩を取ると仰向けに引き落とす“襟落とし”を仕掛ける。

 しかし、師の左肩が和仁の胸前に寄せられたと思った瞬間、和仁の体は堪治の身体を飛び越え二メートルほど吹き飛ばされ受け身を取る。

 竜神流の“首振り”を背中から受ける形だった。

 「ここまでじゃな」

 和仁に右手を開き突き出した堪治が言う。

 和仁は正座すると頭を下げ、

 「守りたい人が出来ました。ここで修行させてください!」

 と、願いを絞り出した。

 「おお、好きなおなごが出来たか?」

 師の声が近いので思わず顔を上げると、少年のような笑顔を浮かべた師がしゃがみ込んで和仁の顔を覗き込んでいた。

 好きなおなご、と言われた意味が後から頭に入ってきて、なぜか高梨黒の事が思い浮かび、

 「いや、友達が出来たのです。女子限定ではありません!」

 と、取り乱しながら堪治の問いに答える。

 「はは!そうか、目的が出来たか!そうか、ははは!」

 正座のままの和仁に、堪治は笑いながら岩の張り手を和仁の背中に落とす。体の芯に響く張り手は和仁を咳き込ませる。

 「師、しょ、ちょ!ゴホ!ちょ、じいちゃん!痛いって‼」

 「おっと、悪い悪い。ははは」

 堪治は立ち上がると神棚の方を向き腰に手を当てる。

 「嬉しくてな。許せ。“襟落とし”だがな、お前が今の気概で半年・・・いや、三カ月か、稽古していたら儂はお前に落とされていたやもな・・・稽古とはそういうものじゃ。何か目的ができると人は嫌なことが苦にならなくなる。それどころか密度が何倍何十倍にもなっちまう」

 「来なさい」と堪治は言うと、稽古場に掛っている名札の前に並んで立たせ、「これから言う兄弟子を覚えてなさい」と言い、十人に満たない兄弟子を読み上げた。

 「今読んだ者たちはこちら側の人間じゃ。この者たちと組むときは思う存分やりなさい。応えてくれる」

 そう言うと、堪治は炊事場に行き戻ってくると、コップと一升瓶を持っていた。

 「師匠、自分未成年ですが」

 「こういう時は、赤飯か酒を飲むものなんじゃよ」

 コップを和仁に持たせ酒を酌むと、和仁に酒瓶を渡し酌ませる。

 何も言わずおもむろに祖父が酒を飲むので、和仁も慌てて口を付ける。

 一口含んで飲み込むと、のどから胃から火が付いたように熱くなる。

 「お前はあのままでは稽古場に引きこもりそうじゃった。それじゃあ稽古場として本末転倒じゃ。わしもお前を早くから柔術をやらせたばかりにこうなってしまったかと後悔した。だからお前を突き放した。もし引きこもるために戻って来とったら、今度はどこか体を壊して破門するつもりじゃった。この稽古場を利用しなさい。稽古場は準備する場所じゃ。準備してそれを使いなさい」

 和仁はコップを置き、酒で少しふらつく体を正すと、深く真っ直ぐ師に礼をした。

最後まで読んでくださった方、心よりお礼を申し上げます。


書いてから長らく眠っていた作品ですが、自分が読んで面白いと思える作品を誰かに読んでほしいという欲求は思い他強いものの様で、この場を借りて出させていただいて、とても清々しい思いです。


少しでも楽しんでいただけた方がいらっしゃいましたら幸いです。

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