化け物を殺す方法【完結】
なにも考えられなかった。
「このまま、どうやって生きていけばいい。なんで俺に、ロゼを会わせたの」
楽になりたかった。
ノイズは自嘲気味に呟く。殺してくれるなんて約束は最初から期待してない。
だから化け物になりたかった。体が死なないのだから、心を殺すしかないだろう。
「化け物の俺に居場所まで与えてくれたのは感謝している。だけど、お前は俺を憐れんでいてくれたんじゃないのか。俺を救ってくれるんじゃないのか」
自分本位でしかない恨み言を、ノイズはブラッドに押し付ける。最初から要らなかった。いつか失うから。もっと欲しくなってしまうから。
だけど、ほっとしている自分もいる。
ロゼッタがノイズの育った場所を守っているのを見て、安心した。それが、彼女の贖罪だと理解出来たり愛しの人は、あの頃と変わらず美しいままだった。
「ああ、大丈夫だ。約束しただろう」
その彼女と同じく、ブラッドは優しい顔をしていた。
「なに……?」
「俺はお前を信じて彼女の元へ連れていった。それで確信した。だから、信じてくれ」
ノイズは、その真摯な眼差しに弱いなと思った。
真っ直ぐに自分を見ている。恐れず、対等な存在として。
「……お前を、今から殺す」
穏やかに告げられた台詞に、ノイズは目を丸くする。
けれど、冗談を言っているようにも聞こえない。まさか、ウィルスみたいに『殺し続ける』つもりだろうか。あれは、お互いの精神衛生上よろしくない。とくにウィルスの精神は端から見れば、今は『普通なった』ように見えるかも知れないが、あれは紛れもなく崩壊している。ブラッドもそれを理解している筈だ。それとも、その覚悟があるとでも言うのだろうか。
「ついて来てくれ」
そう言ってブラッドが連れてきたのは、防衛隊管轄の研究所の近く。
ノイズはブラッドの神経を疑った。まさか、彼も既に壊れてしまっているのではないか。こんな化け物に真面目に付き合って、まともでいられる訳が無かったのだ。
思い至って、背筋が凍るようだった。
今ならまだ、間に合うだろうか。
アンディの母親のように、まだ人であるうちに。
「ここだ」
行き着いた場所は、研究所少し離れた、こじんまりとした建物だった。酷く殺風景で、その割に警備が頑丈だった。南京錠の門に、二重に施錠された扉。
「……なに、ここ」
部屋の奥にあったのは、更に重くて冷たい、鉄の扉だった。刺すような冷気がそこに漂っていて、ノイズは眉を潜める。
「…………さむい」
「…寒いのは、苦手だったか?」
「ああ、……まぁ、苦手かな」
熱や、炎にさえ打ち勝つ体は、寒さを余計に感じてしまう。頭が冴えすぎて痛む程だ。
ガコン、と壮大な音がして扉が開くと、冷えた重たい空気が流れ出てきた。反射的に後退る。寒さで体が震えてきた。
いや、これは寒さじゃない。
本能的な、恐怖だ。
「……」
嫌な感じに、ノイズは息を飲む。
「……ほんとうに?」
氷点下。ここだけ、明らかに世界が違う気がする。ここは、恐らく冷凍室だ。ブラッドはまさか、この不老不死の体を、凍死させようというのか。
「凍らせれば、細胞自体の働きは止まる。生物である以上、そうすれば死んだのと一緒だ」
ブラッドがノイズをチラリと見やると、体が熱を求めて震え、血色も悪くなっている。条件反射なのか、腰は引けているのに、それを無視してその場に留まっているのは、紛れもなくノイズの意思だ。
「おまえは、本当にお人よしだな」
今にも死にそうな顔をしながら、ノイズは笑った。
「本気で、化け物の殺し方を探してたのかよ」
「ああ、だがこれには少し問題があって」
「……なに?」
「もし氷が解けたら、お前はまた動き出すのかもしれない」
「……」
それでは、意味がない。
「だが安心してくれ。俺はまだ諦めてない。他の方法を探しながら、責任を以てお前の死を守ろう」
その時、ノイズは初めて、意識が遠のいていく感覚に陥った。
ノイズは、自分が不老不死と気づく前から不眠を患っている。この体をバラバラに引きちぎられても痛みで気を失うことは出来なかった。だからこそ、思考を崩壊させ、自分が自分でなくなることしか、楽になれる方法はないと思っていた。
「……なあ、これ、維持すんの大変なんじゃないの」
「伊達にふかふかの椅子に座っていた訳じゃない。それに、お前の給料からも天引きしてあるから心配するな」
「まじかよ、……詐欺じゃん」
なんて茶化しながら、死を守るなんて、とんでもないことを言うブラッドに、ノイズが言う言葉はこれ以外考えられない。
「ありがとう」
心が穏やかになっていく気がした。
側にいてくれる化け物だけが、仲間だと、味方だと思っていた。だけど、それは違ったのだ。
「ここでゆっくり休めよ、ノイズ」
「認めるよ。お前は本当に、最高の…親友だったんだな」
こんなに自分の事を想ってくれる人間を、なぜ味方ではないと思っていたのだろうか。
「なぁブラッド。俺の、最後のわがまま聞いてくれないか」
本能で分かる。ノイズの意識を止めるのに、氷点下は有効だ。だからこそ、欲が出る。
これで最後なんて。
寂しすぎる。
「お前や、防衛隊の奴等が、ロゼが、生きてるこの世界で、俺は、」
もし今眠って、次目覚めることがあれば、それはきっと、時代を幾つか超える。他でもない、ブラッドが守ってくれるのだ。これを疑う余地は、もうない。
「俺は、この世界で、もう少し
生きていたい」
穏やかな気持ちでそう告げる。
ブラッドがノイズの肩を叩く。寒さで震える手。だけど、それでも、先程ロゼが触れてきた手よりも温かい。
「歓迎するよ。防衛隊員、ノイズ・ルーチェス」




