第89話 メリクリ!耳の長いサンタさん!
翌日、ユキトはザンブルク司教の願いを叶えるため、アウリティアと2人で「ある加護」のテストを行っていた。
テスト会場は宿のユキトの部屋だ。ユキトの治領であるサブシアの財務状況は非常に好調であるため、この宿も王都でも最高ランクである。部屋の中の調度品も気品のあるものが揃えられている。
ユキトはテーブルの椅子に、アウリティアは少し離れたソファに座っていた。
「やっぱりコン助の600歳はダテじゃないな。爺さんという条件に間違いなく合致するさ」
「エルフでの600歳だかんな? 魔法で若さも維持してるし、老人ってわけじゃないぞ?」
コン助ことアウリティアは600歳を超えているが、老人扱いされたことに遺憾の意を示した。
実際、彼は600年の間を普通に生活していたわけではない。例えば、最近では1年のうちに累計1ヶ月程度しか活動せず、残りは魔法の眠りにつくことで、まだまだ若さを維持しているのであった。かなりのダメ生活とも言える。もちろん老化遅延の魔法もしっかり使っている。
「俺の能力のシステムって、どんな基準で判定してるのか不明だからな。まぁ、600歳って事実があればいけると思う」
「まぁ、ユキトの能力の判定については、ユキト本人が詳しいだろうから任せるさ。……それにしても教会の依頼を受けるとは、ユキトらしくない気がするな」
アウリティアは、ユキトが教会の依頼を引き受けたことに意外そうな表情だ。ラノベの常識に違わず、この国でも教会と言えば権力を巡っての権謀術数が渦巻く社会として知られている。
「俺個人としては、宗教団体は好きじゃないぞ。そうは言っても、領主の立場としては敵対したいわけでもないし、恩を売れる時には売っておきたいだけさ」
ユキトはそんな偽悪的な回答をしたが、ザンブルク司教の孤児を助けたいという純粋な想いに心動かされたというのが、実際のところだ。
というのも、ユキトには、自身に付与した超能力者の加護によるテレパシー能力がある。このテレパシーは、相手の詳細な思考を読み取る程の力はないが、嘘の有無や熱意くらいは伝わってくる。
ユキトとしては、教会の派閥争いに利用されるのは避けたかったので、ザンブルク司教が嘘をついていないことを確認する必要があったのだが、そのついでにザンブルク司教の熱意も感じ取ってしまったのだった。
(あのおっさん、ゴツい顔してる割に、意外と人格者なんだな)
内心で、随分と失礼なことを考えるユキトであった。
「まぁ、ユキトが良いなら、俺は協力するさ。孤児を助けるっていう目的は元日本人の俺としても反対する気はないし」
アウリティアもまた、異世界の価値観に合わせつつも、根っこのところは日本人的な考えを残している。この世界のエルフの権利意識がやたらと進んでいるのは、実はアウリティアの影響である。人権というかエルフ権の確立に、アウリティアは随分と苦心したようだ。
「じゃあ、早速アウリティアに例の加護を付与してみる。年末に子供達に奇跡を起こす老人の加護をな」
「老人、老人言うなよ」
アウリティアが抗議するとともに、ユキトは軽く目を閉じて、管理者より与えられた能力を行使した。脳裏には、日本でも非常に多くの人々に知られている非実在性キャラの「サンタクロース」を強くイメージする。某コーラ会社の戦略に起因する赤白のイメージカラーを纏った姿を強く思い浮かべる。
「あ、何か加護がついたな」
加護の付与はあっけなく成功したようで、アウリティアは自身に付与された加護に気づいた。自身の身体を魔法で走査していく。
「お、ビンゴだ。聖老の加護だってよ。ある特定の日の夜に子供に贈り物を配る能力を得るって……あ、この能力、時間も止められるぞ」
アウリティアは極魔道士というだけあって、早速自身の加護を解析し、その能力を明らかにしていく。
「時間を止める……?」
意外な言葉が飛び出してユキトは驚いた。まさか、サンタクロースから生成された加護が時間停止能力まで有しているとは思わなかった。いや、そうでもしないと全ての子供達に一晩でプレゼントは配ることができないだろう。
「時間停止っても、戦闘に使えるわけじゃないけどな。色々と制限が多い。だが、プレゼント配るには充分だ」
アウリティアによる加護の分析結果によれば、どうやらユキトの狙いは達成できそうだった。一安心するユキト。
「夜が楽しみだな」
だが、そこで……
バァン!
部屋のドアがノックもなしに開かれた。どうやら鍵を掛け忘れていたようである。
「ユキト! アウリティアさんと部屋で何やっとるん!」
何故か焦って部屋に乱入にしてきたのはファウナだった。ユキトとアウリティアを疑わしそうな目で代わる代わる睨みつけている。
「いや、加護の確認をしてたんだが……」
「でも、夜が楽しみって言いよったろうもん!」
ファウナが何を疑っているのかは見当もつかないが、良いトナカイ役が出来たと考えるユキトだった。
*********
一方、ザンブルク司教の一派は孤児達に炊き出しをしながら、ある噂を流していた。この炊き出しの費用はザンブルク司教の私費だ。
「さぁ、スープの配布ですよ」
「並んで並んで!」
「さぁ、どうぞ。降臨祭の夜には、神の使いが諸君らに慈悲を与えてくれるでしょう」
もちろん、この話はユキトが捏造した預言もどきである。ザンブルク司教は、捏造には反対していたが、ユキトが「捏造ではない。俺は管理者に会ったこともある。神の使いと大差はない」と屁理屈を並べた上で、責任も自身が負うと説明したことでゴーサインが出たものだ。
尤も、責任も負うと述べたユキトに対して、司教はブラック企業の管理職に聞かせたいような頼もしいセリフを吐いてくれた。
「教会の都合で貴族に責任を負わせられるか。ワシが許可したのだから、ワシの責任で進める」
そんなザンブルク司教の意向を受けて、教会の関係者は孤児達に噂を広めている。
「ギッド、聞いた? 明後日の夜に神様の使いが何かくれるんだって!」
「バカ! そんなことあるわけないだろ! 教会のやつらが俺たちを懐柔しようとしてんだよ」
「かいじゅう? なにそれ?」
噂話は孤児達に広がっているようだが、信じている者はほとんどいない様子だ。彼ら彼女らはその日の食料に事欠く生活を送っている。そこに神の奇跡と言われても、信じられないのも無理はない。
「こんなこと広めて、本当に大丈夫でしょうか」
「ザンブルク司教の仰ることですから、嘘ではないでしょうけど」
教会の助祭や職員も半信半疑である。これで何も起こらなければ、ザンブルク司教の求心力は低下し、ハフストン司教の派閥がさらに力をつけることになるだろう。
この降臨祭とは、年末に実施される教会がらみのイベントである。と言っても、クリスマスほど飾り立てたりはせず、創造の女神様に祈りを捧げるという地味なものだ。
ユキトはその宗教的な日に目をつけて、サンタクロースの加護を利用して孤児にプレゼントを配り、神の奇跡を信じさせようというのだ。
現実主義者よろしく神様をあまり信じていない彼ら彼女らも、一晩のうちに誰にも気づかれることなく全員にプレゼントが配られていたら、神の奇跡を信じざるを得ないはずという思惑だ。
これが、後世に「王都の聖夜」として知られることになる伝説の裏側であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
年末年始も過ぎたので、しばらくは通常ペースで更新していけたらと思っています。
暇「あれれ〜? おかしいな〜。このエピソードってクリスマスの前後に更新すべき内容じゃないの?」
ユキト「おい、ちょっと黙ってろ」