第88話 お願い!お金ちょうだい。
ファウナが、アウリティアとユキトのあらぬ関係を疑っている頃、ユキトは王都の総教会事務所でザンブルク司教から相談を受けていた。いや、相談なのか懇願なのかは分からない。
ザンブルク司教は、ストレィの王都での上役にあたる御仁であり、以前にサブシアへと立ち寄ったこともある。眉毛が太く、なかなかゴツい顔をしたおっさんである。
そもそもユキトとセバスチャンが王城へ向かった目的は、司教と話すためではない。最強のエルフと名高いアウリティアの王都への来訪の目的と今後の交流について、アスファール王へと報告するためであったのだ。
王様に事情を説明するにあたり、口では「七極のアウリティアが同郷だったと言って、果たして王様は信じてくれるかな」と言っていたユキトだが、特に心配はしていなかった。
王城には、嘘を見破る加護を持った女性がいるのだ。もし、王がユキトの発言を疑ったとしても、その女性がユキトの発言内容を判定してくれるだろう。
尤も、ユキトから報告を受けたアスファール王は、呆れたような目をしただけで、ユキトの報告を受け入れた。「コイツになら何があっても仕方ない」という諦観にも似た感覚が王に芽生えつつあったが、ユキトがそれを知る由もない。
「イーラに続いてアウリティア? 更に領主を含めてS級クラスが複数人……サブシア領の戦力って王都より上なんじゃないのか?」
ユキトが部屋を辞した後、アスファール王はそんなことを呟いたという。
ユキトがザンブルク司教につかまったのは、このように王との面会を済ませて、王城から出てすぐだった。
「ストレィがお世話になっております。シジョウ卿に折り入ってお願いしたいことがあるので、総教会の事務所までお越し頂けませんか?」
司教は丁寧な口調だったが、ストレィを連れて行っておいて、まさか断ったりしないよなと言わんばかりの凄みがあった。
ユキトとしても、ストレィの名を出されると断りにくい。ストレィ本人の意思とは言え、彼女は教会の司祭でもあるのに、サブシアで技術担当みたいな仕事に従事しているのだ。
そんなわけで、ユキトは司教の願いを聞き入れ、セバスチャンを先に宿へと帰し、司教と共に総教会の事務所へと赴いたのである。
王国総教会の事務所は、王城のすぐ近くにあった。事務所とは言っても重厚かつ荘厳な雰囲気で、たいへんに金がかかってそうな石造りの建物だ。石の表面も磨かれており、滑らかな手触りである。色は白に近い。
ユキトが通された部屋の中は、そこまで豪華ではなかったが、椅子や机は質素ながらも、しっかりした木材が使われていて、決して安物ではなさそうである。これは、ザンブルク司教の趣味だろうか。
その部屋のソファに座ったユキトに対して、ザンブルク司教は、すぐに本題を切り出した。
「シジョウ卿に教会への寄付を願いたい」
前回会った時の迂遠な言い回しとは打って変わって、司教は単刀直入に用件を述べた。恐らくはこちらのザンブルク司教が素なのだろう。
「いや、いきなり寄付と言われましても」
ユキトとしては、あまり教会などの宗教組織と仲良くする気はない。
宗教組織に抵抗がある日本人は多いと思われるが、ユキトもその例に漏れず、距離を置いておきたい派だ。宗教の全てが悪いとは思っていないものの、やはり良いイメージがない。
とはいえ、中世的な世界観の下では、教会の権力が相当に強いことは想像に難くない。領主の立場としては、率先して敵対するという選択肢はない。
そうすると必然的に取られる選択肢はのらりくらりと教会の要請を回避することになる。
「私は成り上がり貴族なので、よく分からないのですが、やはり領地を持つ貴族はそれなりに寄付をするのが普通なのですか?」
ユキトはひとまず下手に出て、司教の出方を伺うことにする。
尤も、よく分からないと言ったユキトだが、実際に貴族が教会とどのように付き合っているのかについては、ラング公爵やセバスチャンなどから話を聞いていた。
彼ら曰く、教会への寄付を全くしない貴族は少数であるが存在しているらしい。寄付をする場合でも、額に基準などなく、各個人の信仰心やら功名心によって上下するのだそうだ。
(司教は、皆たっぷりと寄付してくださっているとか言うんだろうな)
ユキトは司教の次の言葉を予想しながら、サブシアの財政状況を考える。資金は圧倒的に潤沢だが、教会に知らせる必要はないだろう。
「寄付の額ですか。人によるところが大きいですな。信仰心から寄付をしてくださる方。名声のため、評判のためにする方。一切、なさらない方もおりますぞ」
ユキトの予想に反して、ザンブルク司教はラング公爵から聞いていた実状と同様の説明を行なった。
(へぇ、正直なひとだな)
ユキトはザンブルク司教の評価を少し改めた。確かに彼のゴツい顔は、嘘が得意そうな顔ではない。
「いや、ここは皆様にはしっかりと寄付をして頂いていると答えるべきでしたかな。どうも腹芸は苦手で……この口調も少し疲れるくらいです」
「なら、他の貴族がいない場では、俺への口調はいつも通りでいいですよ。貴族ってのには俺もあまり慣れていないので」
ユキトはザンブルク司教の素を引き出すべく、そんな提案をしてみる。ユキトも遠回しの表現が理解できないわけではないが、やはりコミュニケーションとしては無駄が大きいと思っている。
「ふむ、そうか。それは助かる。どうも教会流の迂遠な言い回しは顔が攣りそうになるのだ」
ユキトの提案をあっさりと受け入れて、ザンブルク司教はその口調を崩した。気のせいか、その表情からも無理がなくなっている。ゴツいことには変わりないが。
「それで、寄付の話でしたっけ? なんでまた俺に?」
「あぁ、ここしばらく王都に孤児達が増加していてな。その支援に資金がいるのだ」
(お? 案外まともな使い道だな)
ユキトはザンブルク司教の評価をさらに上方修正する。
「いや、総教会が資金難というわけではない。ただ、予算を握っているハフストン司教が、孤児救済に予算を割こうとせんのだ」
よくある話だが、教会内にも派閥があるようだ。どうやら、ハフストン司教とやらはザンブルク司教とは異なる派閥のトップなのだろう。
「孤児救済は教会の仕事なんですか?」
「無論だ。神の救いの手は万人に差し伸べられるべきだ。だが、ハフストンのやつは、信仰があるならばともかく、信仰を持たぬ孤児は救済の対象外と言いおる!」
どうやら王都には、神を信じない孤児が相当にいるらしい。彼ら彼女らにすれば、何らかの事情で両親を失い、その日の暮らしに困る状態で、神様を信じなさいと言われても、無理な相談なのだろう。
「つまり、信仰に関わらず孤児を救済するための費用を俺に出せと? ストレィがサブシアに常駐する対価ですか?」
「ストレィの件は、彼女が自分の意思でサブシアに行っているのだから仕方ない。単にサブシアの発展をこの目で見たからこそ、シジョウ卿には余裕があると見込んでの頼みだ」
司教はそう言うと、ユキトに向かって頭を下げた。正直な態度には好感が持てる。
「孤児の救済か……」
王都に入って、ユキトもちらほらと浮浪児のような姿を目にしていた。日本ではホームレスの姿は見かけることはあっても、浮浪児を目にする機会は少ない。そういうこともあって、孤児を何とかしてやりたいというザンブルク司教の願いは、ユキトとしても大いに共感できるものだ。
「孤児達が神様を信じるようになったら、教会も支援しやすくなるんですかね?」
ユキトは司教に尋ねる。何かを企んでいる顔だ。
「うむ。ハフストンのヤツも信仰を持っている子供を救うことには同意している。だが、教会の者が施しをした程度では、孤児が神を信じることには到底つながらんぞ?」
「まぁ、孤児は現実主義者なんでしょう。でも、支援が貰えるならって信仰を偽る孤児はいないんですか?」
「信仰を判定する魔道具があるからな」
(そんなものがあるのか……それ使われたら俺も信仰がないってバレるな)
信仰判定機があると聞き、内心で驚きながらも、ユキトは脳内で1つの作戦を立てつつあった。
「この国の暦では、もうすぐ年末でしたよね。悪くない時期だ」
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