第三話
「ガチャッ」
三度目の入室である。まだ、完全にこの塾に慣れたわけではないが、ドアを開ける力は軽く感じた。あと、また、あの子に会えるかもしれないと期待すると、足取りが軽くなるからな。彼女の名前は陽菜だ。覚えてるからな。ちょっとストーカーみたいかな。まあいいや。
前回の授業前、塾長の阪口に席番号がどこなのかを聞いた際、彼は入り口付近にある表示されているパソコンに目を向けていた。武はそれを見逃さなかった。帰りに確認したが、そこには誰がどの席番号で講師が誰なのかが、時刻別で表示されていた。もちろん、武はそれを見る。
(八時~の授業は……陽菜だ!よっしゃ!)
と、思いつつ、表情には一切出さない。
前回は授業が終わる数十分前に来て、自習するには少なく、席に着くには早すぎる微妙な時間に来てしまったので、今回はあえて早く来て自習することにした。そう思って、席に着こうと移動する、とそこには、先客がいた。陽菜だ。陽菜も自習をしていた。一生懸命取り組むその顔には眼差しは真剣なものの、口元が苦いものを食べたときのそれになっていた。わからない問題でもあるのだろうか。
声をかけようか、と少し迷う。拒絶されたり、無視されたら、それはそれで傷つく。けど、もう授業を二回やった仲だ。名前くらいは覚えてるだろう。
「っよ」
「やっほー」
特にテンションが高いわけでもない挨拶を交わし、互いに自分の事に再び意識を向ける。
にしても美少女だな~、と思う。普段は一席空けての隣だから、すぐ近くと言うわけではないが、実際近くで見てみても美少女だった。
「わからない問題でもあるのか?」
「うん。ここの数学の問題が……」
「あ~~。ここは、このページの公式をそのまま代入すれば答えが出るよ」
前回の授業で知ったことだが陽菜は中学の三年生で、受験を控えている。成績はあまり良くはないらしく、だからこそ、こうして空き時間に勉強を頑張っているのだろう。
そんなことを思い出しながら武も、勉強道具を出し、自習の準備をする。
それっきり、たまにわからない問題を聞くことはあっても、特に話をして盛り上がったり、授業の時みたいに愚痴をこぼしたりもせず、自習に集中する。
時間はあっという間に過ぎる。
気づいたら、授業の時間になっていた。
今日も講師は角先生である。っと、思ったら違う先生だった。授業が陽菜と一緒かどうか気になりすぎて、パソコンを見るときに講師を確認していなかった。
「こ、こんにちは~」
初めてこの教室に入ったときの塾長の阪口の発声に似ている。でも、この声はそれよりももっと控えめだ。相手は自分を映す鏡とは言うが、その逆で、武はその講師の映し鏡のように控えめな声で挨拶する。
(か、れ、は…………こちら側の人間だ。)
要するに陰キャである。
大学の世界にもやはり存在するんだな。少し安心した。
だからと言って角先生が陽キャかといったらそういうことではない。角先生もどちらかと言えばこちら側だ。でも、ポイントが高いことに角は女子と喋れる。細かく言えば、女子との会話において、女子がツッコんでほしいと思うところでツッコみ、話していて気まずくなく、そりゃモテる男だ。いや完璧かよ。キャラがもう、完成されている。勉強教えれて、女子と喋れるとか、もう、最強じゃん。
っと、角の話は置いといて。
「西園寺と言います」
めっちゃ渋さマシマシの苗字きたーー。
西園寺なんてイメージするの、ハードボイルドの40、50代のちょっと脂がのった、なんかの社長の皺が良い雰囲気出してる渋いおじさんの名前だろ。
けど、その西園寺先生はその名に似合わぬ、は失礼だけど、渋さと無縁な女々しい細々とした体つきだ。ついでに陽キャの雰囲気を頑張って出すために染めてそうな、金色の髪も特徴的だ。
そんな西園寺との授業が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日は何で角先生じゃないの?」
気になったので尋ねてみる。
西園寺先生にそう尋ねてみると、「それは……」とまで言って、陽菜の方に視線を送った。
それに促されるように武も陽菜の方を向くと陽菜は
「ずる休み!」
と言った。
まさか、あの勤勉な先生が?と思ったら
「次回先生に聞いてみよ!」
と陽菜は元気よく言ったのだった。




