第一話
「ガチャッ」
初めて開いたそのドアは、日本でなんてことのない、外開きのドアだ。けれども、疲れた日本人にとって、外だろうが、中だろうが、もたれて押すドアよりも楽な物はないだろう。
「こんにちは~」
その社会人独特の控えめな口調の挨拶に対し母親は電話越しのような少し高めのトーンで挨拶を軽く済ませる。
人に会ったら、開口一番に挨拶をするというのは中学生までの常識だと思っていた。高校に入ってからは先生に見向きもされなくなったからな。だけど、世の中はそんなに狭くないらしい。
「本日はよろしくお願いします~」
迎えてくれた人のうわべだけのそんな挨拶に微笑むも、返事もせず、会釈だけする。
ここは家からの最寄り駅近くにある小さな塾だ。普通、都会ならば駅の近くに、たくさんのコミュニティが立ち並ぶ。
もちろんこの町も例外ではなく、この塾よりも立派な塾は近くにたくさんある。ただ、弟が通っているという理由だけで、ここに体験に来ると言うのは自然な判断である。
「こちらへどうぞ」
と、先ほど挨拶したこの塾の長らしい人が、着席を促す。
「改めまして、私、この塾の塾長をしております、阪口と申します。本日はお越しいただきありがとうございます」
彼から、自分に名刺が渡される。もちろんこの方面のマナーはまだ知らないので少し戸惑いながらも、両手で受け取れたのは上出来だと思う。
「ええと、お名前は……」
「あ、田村、武、です」
「武君ですね、わかりました。では早速説明の方をさせていただきます」
僕は田村武。高校二年生。まあ、わかると思うけど、塾に通うのは成績が悪いから。言い訳に聞こえると思うから、何で成績が悪くなったのかは言わない。
塾は高校受験の時に集団塾に通ってたけど、そのときは推薦を貰ってたから、一般受験と比べると楽だったし、集団塾だから、生徒の成績管理は細かく行われていなかった。けど、ここは個人塾で、どれくらい面倒見てくれるかはまだ未知数だけど一応、次の大学受験は国公立大学を目指している。
「以上が、うちの塾が行っていることです。説明は以上なので、もしよろしければ雰囲気を見て行かれますか?」
母親とアイコンタクトした後、頷く。席を立ち、接客された場所を離れ、主に授業が行われている席の方へ向かう。
ここは個人塾だから、一人の先生に対して二人もしくは一人の生徒が授業を受けるスタンスになっている。講師を務める先生は大学生がほとんどで、バイトであり、社会人は塾長である阪口のみである。でも、講師達の入学している大学の中にはこの町で、有名どころであり、偏差値60超えの大学に通う者もいるとのことだ。国公立大学を目指すには申し分ないだろう。けど、その分、授業料が高く、親によると月一万円弱するとのこと。そのことで、弟が通ってるとき、休みすぎて、弟がいないときにリビングで嘆いてたのを思い出す。
塾の雰囲気は悪くはなく、完璧とも言えない。スタイルとしては三席あるうちの真ん中に講師、そして両サイドに生徒。このワンセットが、いくつもあり、その間には仕切りが立てられている。騒ごうと思えば騒げてしまうし、集中しているところは、講師がそれを温かく見守っている。壁際には棚があり、参考書、過去問題集、あとこの塾の属するグループが出版する問題集があり、中学校一年生から高校三年生までのものがあった。
先ほどの説明で、体験授業を受けることに合意したので、阪口が授業中の講師に予定を説明している。
「八時から九時半のコマで体験の田村武くんが入りました」
「了解です」
そう答えたのは、
「じゃあ、武君、次の木曜の体験の担当をする角先生ね」
と言う人らしい。
「うっ」
いや、なぜこんな反応をするかは、その両サイドの生徒を見ればわかる。その席にいたのは女子生徒なんだが、顔を見ればわかるが、すごくこの角先生に懐いてるのがわかる。しかも奥にいる子、角先生からして右にいる子はむっちゃかわいい。目がぱっちりしていて、少し焦げ茶の髪の毛を後ろで一つに纏めていて、すらっとした首が印象的だ。いや~夢があるな、と少し思ってしまったのが悔しい。ま、まあ雰囲気は悪くなさそうだな。
こうして僕の初の○○塾の面談を終えたのだった。
珍しく夜遅くに外を歩く気がする。普段ならもう布団に入ってる時間だろうか。そんなことを思いながら、母親と今日の面談のことについて話す。
「それで、武ちゃん、今日の面談はどうだったの?」
「まあ、雰囲気は悪くなかった。あとは、体験授業に行ってみないことにはわからないね」
「そうね~。確か、次の木曜だったかしら。予定、忘れないようにね」
「は~い」
このときの僕はまだ、気がつかなかった。神様がどんな良質ないたずらをしたのかを。
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