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#0022_母上ゴリラ疑惑

 空を切り裂く光の筋。

 響き渡る轟音。

 巻き上がる土煙。

 煮沸した地面と岩。


「…………怖っ!!」


 転生から9年目。

 丁度俺が9歳の誕生日を迎えたその翌週の事だった。


 本日も朝から爺やに剣の稽古でボッコボコにされ、息を切らしながら庭に大の字で寝そべっていた時。


「バレンタイン。今日は大切なお話があります。稽古の後、着替えたら王座まで来なさい」


 突然現れた母上は、ただ事務的にそれだけ伝えると足早に城へと戻っていく。

 あまりに唐突で一方的な物言いに、上体を起こしキョトンとした顔でその背中を見送る。


「ふむ。確かにそろそろ良い時期ですな。今日をその日と決められたのですな」


「え?爺やは何か訳知り?あんな怖い母上始めてみたのだけれど……」


「なに。怒っておられる訳ではございませぬよ。少々張り詰めておるのでしょう……さぁ休憩はもう良いでしょう。あと10本」


 どうやらこの御爺さんは何も説明してくれないようだ。

 そんなことより特訓だ!と言わんばかりに、チャキリと訓練用の剣を構えなおす。

 俺もフラフラになった身体を、剣を杖代わりにして立ち上がり、なんとか構えを取る。

 これ……終わった後で母上と謁見する余裕が果たして残っているのだろうか。


 その後10本分。つまり10回俺は爺やの技で宙を舞わされた。





**********************************





 時間的には午前8時ごろ。

 訓練後の汚れを入浴で落とし、朝食も取らずに着替えを済ませて謁見の間に行くと、そこには父上と母上の二人が揃っていた。


 何か俺やらかしたんだろうか……と思ってしまうほどに張り詰めた空気の中、俺は母上に連れられて城の裏手にある修練場へとやってきていた。

 父上も事情は理解しているけど妙にオロオロした様子で、何故か俺の後に付いて来る感じである。

 うちの城の男共は、総じて女の尻に敷かれる文化が根付いているのか。

 元男としてちょっと情け無く感じちゃうぞ父上よ。


「よく見ておきなさいバレンタイン。これが魔王です」


 普段とは異なる、キリリとした表情でそう言った母上は、右腕に身に着けていたガントレットの様な物に左手で触れる。

 するとそこから強烈な、そう、強烈なライトを磨き上げた黄金に当てた様な光を放ったかと思うと、次の瞬間には母上の右手に1本の大きな弓が握られていた。


 母上が手にしていたのは、文字通りの「黄金の弓」


 正直弓としては無駄ともいえる凝った装飾に、うっすらと見える1本の弦。

 母上の身の丈とほぼ同じ大きさのその弓は、もしも見た目どおりの黄金で出来ているならば相当な重量となるだろう。

 だが彼女は微塵も重さを感じさせない動作で、弦を引き、矢を穿つ構えをとりはじめる。

 矢もなしに何をと思いながらその光景を眺めていると、弦が1ミリ、また1ミリと引かれていくのに合わせて、そこに矢を形作る何かが集まってきているのが見えた。


「魔王弓ミラージュ」


 ポツリと聞こえたその言葉と共に凄まじい風圧で俺は20メートル近く後ろへと転がっていく事になる。


 響き渡る轟音。

 巻き上がる土煙。


 というわけで、話は冒頭の「怖っ!!」に戻ってくる。


「は……母上、それは何なのですか?その非常識な威力の弓は!?」


「……どうしよう加減間違えた……トゥアレグに怒られちゃう……」


 俺の驚きと疑問は、どうやら加減を間違えて修練場の一部を消し飛ばした困惑に敗北したようだ。

 コチラの声は届いていないらしく、先ほどまでの険しかった表情はどこへやら。涙目になりながら修練場跡地を見つめていた。


「マルセーユ!バレンタインが困惑しておるぞ、まずは説明をしてあげなさい」


「え、えぇそうだったわね!ごめんなさいバレンタイン、大丈夫?」


「はい……えっと母上。その暴力の権化みたいな弓はなんなのですか?」


 俺はずずい!っといつもの調子で近づいてくる母上から思わず距離をとって父上の後ろに隠れた。

 だってまだ左手にはあのやべぇ弓がしっかりと握られたままなのである。

 色々聞きたいことはあるのだけれど、まずはその物騒な戦術平兵器を片付けろといいたい。

 だが母上はその弓を俺に突き出して、嬉々として語り始めた。


「これは「魔王弓ミラージュ」といってね、魔王に代々継承されている神器よ。といってもこの神器は、継承した人が最も求めた形に変化していくものだから、私の前の魔王は黄金の拳、その更に前は槍だったかしら。私は弓を得意としていたから、継承した時にこの形と機能になったの」


 妙に楽しそうに、あの暴力装置の詳細を語る母上は、そのまま弓を地面に置いて俺に手招きする。


「試しに持ってみなさい。いずれは貴女が手にする物なのだから」


「は、はい……」


 あぁ。これが爺やのいっていた「いずれ」なのだな。ってぇのは理解したのだけれど、それにしたって凄まじい。

 神器ってもっと爺やの左手みたいな、装備型の大人しい物だと勝手に思い込んでいた。

 そしてこの明らかに子供が持てるサイズでも質量でも無さそうな黄金の弓である。

 一応言われたからには持ち上げてみるけど、子供の手でこんな物が果たして…………まぁ持ち上がるわけねぇよな。


「どれ……」


 その様子を見て、父上も一緒に持ち上げようとしてみるが地面から1センチも持ち上がらずに下ろしてしまう。

 俺をからかう為に演技をしているのではなく、明らかに全力で持ち上げようとしていて持ち上がらなかったのだ。

 その証拠に、父上の両腕からは筋力フルパワーの証の血管がビッシリと、汗と共に浮き上がっている。


「……………………」


 俺は父上の二の腕をみて、母上のか細い左腕をみて、再度父上の二の腕を見て、もう一度母上のか細い左腕を見た。


「母上……怪物……?」


「ちが!違うのよ!?ここここれはね、継承者にしか持ち上げられない様になっているの!私のほうがパパより力持ちとかそういうのじゃないのよ!?」


 えー。本当にー?

 依然疑いの目を向け、再度父上の後ろに隠れるようにして母上から距離をとった俺に、彼女の必死の弁明が続く。

 10分近くそんな事を繰り返しながら、神器や魔王の継承に関するあらましを聞いていた俺は、母上の後ろからやってくる一人の男の姿に息を呑んだ。


「ほっほっほっ……陛下。随分と楽しそうではございませんか?」


「ぴゃ!?トゥア……レグ……」


 その顔に浮かぶのはいつもの優しい笑顔。

 だが、朝日を背に受けながらやってくるその姿からは明らかなご立腹感が溢れている。

 俺しらねー。爺やめっちゃ怒ってるやん。


 ガチの怪物執事に母が連行され、ひとまずこの日の朝はお開きとなった。

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