吸血鬼を復活させたら、いろいろ考えなくてはならない事が出来た…
笑いを浮かべてコーヒーを飲む四郎を、俺と真鈴は茫然と見つめた。
「確かに吸血鬼はいろいろな動物に変身する事が出来ると言う話は聞いた事が有るけど…」
「われらに関する噂などはわれのいた農園でも色々と耳にした。
そういう噂はほとんどが根も葉もない迷信だが、中には正しい物も有るのだ。
恐らく変身する所を見てしまった人間がいたのだろうな。
また、変身するには何と言うかコツ?のようなものがあるのでな。
われはコウモリになるのに3か月。カラスに変身できるようになるまで1年ほど修行と言うか、訓練と言うか、1年くらいはかかった。
ポール様はもっとすごくて立派な灰色狼に変身する事も出来たぞ。
だが、変身すると弱点も生まれるのだ。」
「弱点?どんな弱点があるの?」
「うん、あまり言いたくないが例えばコウモリに変身した時は何と言うか体の耐久力がコウモリ並みになる。
われがコウモリになっている時に、雑誌のようなもので叩かれたとすると恐らく気絶してしまうか、最悪の場合体の損傷が酷くて回復するまで時間がかかる。
なにせ体の大きさが人間と段違いに小さくなるからな。
その間に息の根を止められてしまう可能性が高いのだ。
それに変身した時に来ている服まで変化しないから全裸になってしまうのだ。」
「ふ~ん…でも、来ている服はともかく、やっぱり四郎の体がカラスやコウモリの大きさに縮んでその形も…非科学的…やっぱり俺の頭じゃ理解できないよ。」
「そこだよ、彩斗。
さっき君達が科学的じゃないとか言うが、科学とはその時代の人間が理解した物の事を言うのだよ。
YouTubeでも見たし、外出している時も見たが飛行機やヘリコプターなどが空を飛んでいるのだが、あれなどわれらの時代の人間が見たら、たとえわれの時代の科学者と言える人間が見たとしても理解が追いつかずに非科学的だ!とか黒魔術だ!悪魔の仕業だ!とか言い出すのではないかな?」
「…確かにそうかもね…」
「ポール様も言っておったが、真の科学を追求する人間は理解の及ばないものを見た時に頭ごなしに否定するのではなくてそのからくりと言うか、まぁ、原理と言うのかな?を考えて調べることが真の科学的なアプローチでは無いだろうか?
そうやって人間は、まぁ、科学的に進歩してきたのではないか?
現時点で解明したことを科学と呼んでそれが完全だと思い込んで未知の物を否定すると、その先人類は進歩しないと思うがな。」
「…」
「…」
「それを考えるとポール様も真の科学者と言えたであろう。
自分やわれや他の悪鬼や死霊などがどのようにして存在しているのか、時間が空いた時に色々研究しておった。
ある満月の夜にポール様がわれと散歩していた時に、ポール様は月を見上げて、いつか人類があの月に人間を送り込む位に科学が発達すればわれらの体の秘密が解明されて、いわれのない偏見も無くなり、もしかしたらわれらの体も人間に戻す事が出来るかも知れんと言っていた。」
「…」
「…」
「YouTubeやネットで調べたが、とうの昔に人類は月に到達したらしいな。
だが、どうやらわれらの事などに関しての研究は全く進んでおらん。
月には行ったが地球の事は、海の中などの研究探索も全然進んでおらんし、いまだに大地からの資源を食いつぶし、資源の奪い合いで同族同士で殺しあっている。
こんな状態を何とかしない限り人類は溺れ死ぬのを承知していながら止まる事が出来ずに海に向かって進むレミングの大群と変わりないぞ。
われには人間の進み方が、進歩の歩みがいびつな方向に進んでいるとしか思えんな。」
「…」
「…」
「こう見ると質の悪い悪鬼は人間が生み出し育てて来たのかも知れんと思ってしまう。
われとポール様のような悪鬼は少数派だが、それも仕方ないのかも知れん。
それが証拠に今の世界は狡猾な悪鬼が生きやすい世界になっているでは無いか。
人間の本質は何か?この世界が答えだとすると…そう考えたくは無いがな。」
「…四郎の言う通りだね。
どうも四郎を復活させてから色々と凄い物を見てしまったし、そして、色々と考えてしまう事が増えたよ。
今まで考えもしなかった事がね。」
「私もね。
四郎と会ってからどうしてこんなにいろいろ経験するんだろう?と思っていたけど考えたら今までの私たちが知らなかった事を四郎が教えてくれるような気がするわ。
毎日新しい世界が開けるような感じよ。」
俺と真鈴が言うと四郎は顔を赤らめてかぶりを振った。
「いやいや、われの方こそポール様を失い、農園を失い、悲しみのどん底で棺に入ったのだ。
復活させてくれたこの世界で、われは新しい生きがいと君らのような友を得られて非常にうれしいのだ。」
そこまで言うと四郎はキッチンに入りコーヒー豆を挽き始めた。
「君らももう一杯コーヒーをどうだ?」
「有難く頂くよ。」
「サンキュー四郎。
今度は落ち着いてお酒でも飲みながら四郎の話を色々聞いてみたいわ。」
真鈴が言い、俺はその言葉に深く同意した。
「わたし、考えたのだけれど、彩斗と四郎と出会ったのはたまたまじゃなくて何かの必然と言うのかしら?
なにか、大きな意思が動いて引き寄せられたのかも知れないね…これって科学的じゃないね。」
そう言って真鈴がえへへと笑った。
俺も笑顔を返しながら頷いた。
そう考えたら何気なく買った宝くじだって何か非常に大きな意思が働いていたのかも知れない。
吸血鬼を復活させようと四郎が入った棺を購入した事も、生贄に真鈴を選んだ事も、何か大きな意思に導かれているのかも。
そう考えたら俺達がやろうとしている危険な事も誤った方向に進まなければ、俺達が正しい考えを持って行動していれば、大きな意思が守って導いてくれるかも、知れない。
無茶苦茶に非科学的だけど、その方が腑に落ちる、納得できる。
その時の俺達は、その『大きな意思』が何かなんて考えもつかなかった。
結局、明日四郎はカラスに変身してあの家族を持つ男の身辺を観察する事に決まった。
寝室に面したベランダの窓を開けて外に出ると言う事だ。
俺達は四郎が入れてくれたコーヒーを飲み終えて、それぞれの寝室に戻った。
深夜にカフェインを取ったので眠れるか心配だったがぐっすりと眠る事が出来た。
翌朝に遠くから地鳴りのような音が微かに響いて来て目が覚めた。
枕もとの時計を見ると午前6時45分だ。
俺は体を起こして寝室を出た。
音はこの部屋のどこかから聞こえてくるようだ。
音の方向に歩いて行くと、真鈴が寝ているゲストルームにたどり着いた。
ゲストルームのドアの横の壁に掛けてあるデューラーの複製画が入った額縁がカタカタと震えている。
俺が額縁を見ていると地鳴りが収まり額縁も震えが収まった。
その途端にドアが勢いよく開き、俺の顔面に激突した。
俺は顔を押さえてうずくまった。
タオルと洗顔用具を抱えた真鈴がドア先にうずくまっている俺をまたいだ。
「彩斗、そんなところに寝てちゃ邪魔!」
捨て台詞を残してバスルームに走って行く真鈴と入れ違いに四郎がやって来てうずくまる俺を立たせた。
「彩斗、鼻血が凄い出てるぞ。」
そう言って四郎が俺の鼻の下に口をつけて吸った。
「寝起きの血か。
彩斗の血はあまり旨くないな。
心配するな体液を交換していないからお前は人間のままだ。」
唖然とする俺を残して四郎は鼻歌を口ずさんでキッチンに行った。
何て朝だ。
俺は四郎の後を追ってキッチンに入った。
四郎はお湯を沸かし、コーヒー豆を挽いていた。
ティッシュを引き抜いて鼻血を拭いている俺を見て四郎が朗らかに言った。
「彩斗、鼻の穴にその紙を突っ込まない方が良いぞ。
かえって出血が止まらないからな。」
「うん。」
「椅子に座って俯いて小鼻を指で挟め。
骨じゃなくて小鼻の柔らかいところをな。
何か冷やすものがあるか?」
「冷蔵庫に氷はあるけど…。」
四郎は冷凍庫から氷を出してそれを手拭いで包むと俺のおでこに当てた。
「こうして冷やすと早く収まると思うぞ。」
「四郎、ありがとう。」
「お安い御用だ…それにしても真鈴が時間通り起きたようだな。
あの地鳴りみたいな音が原因か?」
「四郎も聞こえてた?
たぶん真鈴の目覚まし時計だと思う。
時間をセットしておくとでかい音で鳴るんだよ。」
「ほう、便利な物だな。」
俺の鼻血が収まった頃に真鈴が朝シャンと化粧を終えてダイニングにやって来た。
「今日は余裕で間に合いそうね。
彩斗、顔大丈夫だった?ごめんね~。」
あっさりと俺に謝った真鈴は四郎が焼いたトーストなどの朝食を食べ、午後遅くには帰ってくると言い残して出て行った。
「さて、われもちょっと奴を偵察してくるかな?」
四郎はそう言って俺を連れて寝室に向かった。
「彩斗、ベランダに通じる窓はカギを掛けないでくれよ。
素っ裸でベランダに閉じ込められてはかなわんからな、昼頃に食事に戻る。」
そう言うと四郎はカラスに変身してベランダの手すりに乗り、俺に向かってカァッと鳴いて飛び立った。
俺は四郎の服を拾ってたたむとベッドの上に置き、窓は閉めたがカギは掛けなかった。
その後俺はあの死霊屋敷の販売を持ちかけた知り合いの不動産業者と連絡を取り、屋敷の敷地の図面金額などの資料をファクシミリで送ってもらった。
電話で話したところでは屋敷の敷地は3万4千坪あり、また、屋敷の状態が比較的良いのでかなりの山奥にも拘らず総額で5千万円と言う事だった。
また、隣接した山林も持ち主の親族が手放したいと言う事でその敷地がおよそ2万坪。
それを加えると6千5百万円だと言う。
値引きの件は交渉次第で可能だと言う事だが、やはり半額などには絶対にならない。よくて1割引き位だとの事だった。
俺はため息をついて電話を切った。
5千万円、隣接の山林を買い取れば6千5百万円。
そのまま買えば不動産取得税や登録料などの経費込みだと6千万円か7千万円は掛かるだろう。
頭金を入れて今俺が持っているマンションと収益物件、幸いこれらは全て宝くじのおかげでローンを使わずに現金で購入できたが、この物件たちを担保にして銀行か国でローンを組むしかない。
俺はまたまたため息をついた。
その時、携帯が鳴った。
時田だった。
「ああ、時田さん、戸籍とかの準備は進んでいます?」
「戸籍のドナー候補は何人か見つかったよ。
それで、あの金貨の事だけど…吉岡君、あの金貨の事誰かに言った?」
「え…とくには誰にも言ってないですけど…現金化するのは難しいんですか?」
俺はこわごわと時田に尋ねた。
「いや、まったく逆だね。
君が思うよりずっと高額で現金に出来るし税金の手続きも全く問題なく行けそうなんだけど…他にも金貨とか銀貨持っている?」
「え、ええ…少しはありますよ。」
「そうか!
あのね、電話で詳しく言えないんだよね。
今日、午後にうちの事務所に来れる?
あと、戸籍作る人も一度会っておきたいんだけど、良いかな?」
「ええ、それは構いませんよ…何か不味い事が…」
「いやいやその逆だよ。
それは私が保証するよ。
じゃあ今日の午後に待ってるからね。」
「は、はい。」
電話を切った俺はため息をついた。
良い事が起こるのかそれとも…
思いにふけっているといつの間にか午前11時になっていた。
ここで椅子に座っていて悩んでいても始まらない。
俺は昼に帰ってくる四郎と俺の食事の準備を始めた。
たまには思い切り和食が良いと思い、ご飯を炊いて、茄子の味噌汁を作り、冷蔵庫にあった鮭を焼いて、漬物を取り出した。
カァと声が聞こえてきて四郎の窓が開いて音がした。
やがて四郎がダイニングにやって来た。
「帰ったぞ彩斗。
何やら懐かしい匂いがするぞ。」
四郎は鼻をクンクンさせてテーブルに並んだ和食メニューの朝食を見ると喜びの声を上げた。
「おお!日本食か!懐かしい家庭の味だな!早速頂くぞ!」
俺と四郎は昼食を食べながら、まず、四郎の偵察の結果を聞いた。
あの男の家庭は、あさ2人の娘は学校に行き、妻は10時頃に仕事に出かけた。
男はベランダ越しの部屋にこもりパソコンの前からずっと動かなかったそうだ。
たまにパソコンに向かって話していたと四郎が言っていたので恐らくリモートワークをしているのかも知れない。
俺はあの死霊屋敷を手に入れるのに結構な金額が必要だと言う事と今所有する物件を担保にローンを組まなくてはならない事を現代の経済システムをよく理解していない四郎に苦労して説明した。
四郎は、何のことは無い金貨を全て処分して俺たち3人が充分生活できる収益物件も購入してしまえと軽い口調で言った。
「四郎、そんなに簡単にできる事じゃないんだよ。
大金の収入が有ったり、物件を一度に買い漁ったりすると後ろ暗い事が無くても税務署はやってくるからね…」
「税務署は悪鬼並みに恐ろしいな。」
「あ…金貨と言えば、時田さんて昨日言っていた四郎の戸籍の手続きを頼んでいる探偵から連絡があってね、一度四郎と会ってみたいと言う事と…金貨を他に持っていないかと訊かれたんだよね。」
「ほう、まぁ、われの身分を作ってくれると言うのなら向こうもどこの馬の骨か知りたいだろうからな、会うのは構わんが…彩斗は金貨の事を他の誰かに言ったのか?」
「いやいや、金貨の事は俺と真鈴と四郎しか知らないはずさ。
時田さんは悪い事じゃなくて良い事になると言ってたけどね。」
四郎が椅子の背もたれに体を預けてしばらく天井を見た後、俺を見つめて言った。
「よかろう、彩斗と共にわれも行こう。
金貨も一袋位持ってゆこう。
上手く行けばあの屋敷の事も今後のわれ達の収入の事も解決するかも知れんぞ。」
「うん…でも、もしもやくざとか変な奴らが絡んでいたら…まぁ、時田さんに限ってそういう事は無いだろうけどね…」
「もしも、危ない奴らが待ち構えていたらわれが血の雨を降らせてやるさ。」
四郎が凄味がある笑みを浮かべた。
「ちょちょちょ!四郎、喧嘩しに行くんじゃないよ!」
「判っているさ。
武装は最小限にしておこう。
それでは出かけるか?」
四郎と俺はスーツに着替え、金貨の袋を一つ持ち(まだ棺には5袋残っている)そして四郎はスーツの上着と腰の後ろに小振りなダガーナイフを忍ばせて時田の事務所に向かった。
車に乗り込むと四郎が皮でできた薄い棍棒のような物を俺に手渡した。
「彩斗、用心にこれを持っていろ。
棍棒の要領で相手を叩くか、握りしめて相手を殴れば素手で殴るより2~3倍の威力はあるぞ。
革製の袋の中に砂が詰めているだけだから普通の人間はその危険さに気が付かないだろう。
これを持っていて捕まる事は無いはずだ。」
俺は四郎に渡された革製の棍棒をしばらく手に取って眺めてからパンツのポケットに入れた。
時田の事務所に到着し、俺の半歩後ろを四郎が付いてきた。
事務所のドアを開けるとおばちゃんの事務員が二ッコリと出迎えてくれた。
「あら、吉岡さんいらっしゃい、まぁ、お連れの方ハンサムね。
さぁ、どうぞ。」
俺達が奥の部屋のドアを開けると時田と立派なスーツを着た背が高い白人男性と中肉中背の日本人がいた。
彼らは一斉に立ち上がり笑顔で俺達を出迎えた。
「初めまして、時田さんの紹介にあずかりました。
私、カナダでジョスホールと言う会社の社員のベクターと言います。」
「同じく日本支社の坂本と言います。」
流暢な日本語であいさつしたベクターと名乗る白人と日本人の男は俺と四郎に名刺を差し出した。
俺は不動産会社の名刺を出し交換した。
四郎も名刺の知識はあるようだが、自分の名刺は無いので彼らの名刺を受け取り笑顔でお辞儀をした。
我々は席に着き、おばちゃん事務員がお茶を出してくれた。
おばちゃん事務員が引っ込むとベクターが少し身を乗り出した。
「今回、時田さんがお持ちになったダカット金貨を拝見しました。
あの金貨は特別な印が付いた、我々には貴重な物なのです。
我々はカナダでジョスホールと言う総合商社を営んでおりまして、時田さんに絶対に秘密厳守と言う事であなた達を紹介して頂きました。」
「吉岡君、あ、横の方が…」
「四郎、と言います。」
四郎の代わりに俺が答え、四郎が笑顔で時田にお辞儀をした。
「ああ、四郎さんね、初めまして。
依頼者の秘密は厳守と言う事で私も迷ったんだけど、まぁ、訳ありそうな吉岡君には良い話だと思って紹介する事にしたんだよ。」
時田がすまなそうな雰囲気で言ったが、俺達に良い事だと確信しているらしい。
ベクターの横の坂本が、数枚の書類を手に俺達に話し始めた。
「私は日本支社で鑑定責任者をしています。
吉岡さんがお持ちしたニュルンベルク6ダカット金貨に我々は買取金額で1980万円、買取手数料税金などの諸手続きはわが社で行います。
吉岡さんの手元には税金を支払い済みで1200万円、時田さんへの依頼代金を差し引いて750万円、と言う事で宜しいでしょうか?」
願っても無い事だと俺は即断で了承しようと思ったが、横の四郎の顔色を窺った。
四郎は穏やかな笑みを浮かべている。
そして俺の顔を見て小さく頷いた。
俺は快く了承する事にした。
「ええ、まったく問題無いです。」
「それは良かった!
明日中に吉岡様の口座にお振込みいたします。
譲渡の納税も済ませている旨の書類も送らせていただきます。
…ところで他にまだ金貨などをお持ちと伺いましたが…」
四郎が手元に置いた金貨の袋を躊躇無くテーブルに置いた。
「これも鑑定して値段を決めてもらうとしようか。」
四郎の思い切りの良さに俺はびっくりして四郎を見たが、四郎は俺を横目で見てほほ笑んだままだった。
袋の口を縛った革紐を解いて中身を少し出しただけで時田と坂本は嬌声を上げた。
「ここここれは凄い!」
時田が目を見開き、坂本はポケットから手袋を出して嵌め、ルーペを手に金貨にかがみこんだ。
「早速鑑定を…正式な鑑定は後日出しますが大体の概算を今日出しますけれど、お時間を少し頂いて宜しいですか?」
「ああ、どうぞ頼むとしよう。」
四郎が鷹揚に頷いた。
ベクターはそのやり取りを笑顔を浮かべて見ていた。
「不躾ですが多額の金額が動くので税務署などの動向を心配なさるかと思いますが、我々にはそこそこのコネクションがあるのでご心配なさらずに。」
ベクターが笑顔で俺達に言った。
俺は心配事が一気に消え去って力が抜けた体をソファの背もたれに預け、子供のようにはしゃぐ時田と息を荒くして鑑定する坂本を眺めていた。
俺の視界の隅でベクターが四郎に顔を近づけて何事か…おそらく英語で囁いていた。
四郎は暫くベクターの顔を見つめていたが、やがてベクターが差し出した手を握り、握手を交わした。
鑑定の間、俺は四郎の手続きの事を時田に尋ねた。
「良いドナーが見つかって手続きは順調だよ。
数日中に完了します。
あ、マイナンバーカードとかの申し込みはそちらでやってね。」
俺はほっとしてますます体の力が抜けた。
1時間近くかかって坂本はメモを色々と書き込み、また金貨をルーペで覗いては電卓を叩いてと大忙しだった。
四郎はその間無言で微笑んでいた。
やがて概算が出た。
坂本が最低限の金額でこれ以上は絶対金額が上がる事はあっても下がらないと太鼓判を押した買取金額が出た。
俺は坂本が差し出した紙を見た。
買取をして諸経費譲渡税などの税金を差し引いて…1億7千万円…
俺の頭から物件を担保だとかローンだとか、家賃収入を上げるために他の収益物件を購入する金額の心配だとか、税務署の心配だとか一切吹き飛んだ。
変な贅沢をしなければ十分やって行ける。
そう、その時の俺は四郎と真鈴の二人と悪鬼退治をする為の生活を保障できれば良いなっとだけ考えていた。
身の丈を過ぎる贅沢をする気は失せていた。
坂本は金貨の数を数えて預かり証を発行して俺に渡し、後ほど正式な鑑定書を郵送するので納得したら同封する売買契約書にサインをして送り返してほしいと頼んだ。
送り返して3営業日以内に代金を、もちろん諸経費譲渡税などを差し引いた金額を振り込むと言う事だ。
俺と四郎は丁寧にあいさつを交わして時田の事務所を後にした。
あまりの事に俺は少し放心状態になったが、四郎が言った言葉で我に返り、そして少し緊張した。
「あのベクターと言う男。
悪鬼だぞ。
かなり歳が古りた悪鬼だな。」
「え?…ええええ?
四郎、それって!」
「安心しろ彩斗、どうやらポール様やわれと同じ、少数派の悪鬼だろう。
質が悪い悪鬼とは別物だ。」
「…」
「ベクターはわれにこう言ったのだ。」
「なんて…なんて言ったの?」
「君達の『質の悪い悪鬼に対する開戦準備』を支援する、とな。」
そこまで言って四郎が苦笑いを浮かべた。
「偶然とは言え既にこの時代の1体の悪鬼を倒している。
われらはとっくに開戦しているのだが…まぁあちらの様子を窺いながらお言葉に甘えるとしようか。」
今日は2022年5月13日。
そして金曜日だ。
「13日の金曜日か…」
俺は無意識に呟いた。
第2部終了




