11話
あかりは暗い顔で医務室のベッドの横に座っていた。
ベッドにはイブランクが眠っている。
城に戻りしばらく経つがイブランクはまだ意識が戻らない。
城の医師の見立てでは命に別状はないが、体に麻痺などの後遺症が残る場合があるという。
城に着くと、エミリーは聖女として他の負傷者の治療にあたっていた。
それなのに自分は救世主として何も役に立たないどころか、イブランクさんをこんな目に合わせてしまった。
頬を涙がつたった。
「本当に…ごめんなさい…」
ガタッ
エミリーが医務室に入ってきて、あかりは慌てて涙をぬぐった。
「あかり、平気?」
エミリーが近づく。
あかりは「大丈夫」と言おうと口を開くが言葉が出てこない。代わりに涙が出てくる。
「イブランクさんっ…まだ目を覚まさなくて…」
あかりがやっとの思いで口にすると、エミリーは優しく背中をさすってくれた。
「きっと大丈夫」
「…エミリー。私、救世主なんて無理だよ。みんなに迷惑かけるだけだし。元の世界に戻りたい」
ずっと思っていたことを口にする。
「そんなことないよ、あかりなら…」
「無理だよ。私、エミリーみたいに強くなれない!もし自分のせいで誰かが死んでしまったら、目の前で死んでしまったら…そんなの耐えられない!」
つい強い口調で言ってしまった。
「…っ私だって、強くなんかない。目の前で助けられなかった人も何人もいた。私だって全然平気なんかじゃなかった!」
エミリーは今にも泣きそうな顔で言うと部屋から出ていってしまった。
「エミリー…」
あかりは手で顔を覆って下を向いた。
エミリーは自分を心配して気遣ってくれたのに、ひどく無神経なことを言ってしまったかもしれない…
エミリーは人気がない場所まで来ると、涙を拭った。
あかりに強く言い過ぎてしまった。あんなに不安そうに助けを求めていたのに…
「エミリーさま?」
そこへオーウェンが通りかかった。
エミリーはさっと顔を隠す。
「どうかされましたか?体調が悪いのでは?」
「大丈夫…」
そう言って立ち去ろうとするエミリーの腕を掴みオーウェンは引き止める。
「エミリー様、あまりひとりで抱えこまないでください。話をするだけでも楽になることもあります。私では話し相手になりませんか?」
オーウェンは懇願するような表情で言う。
オーウェンに気圧されて、エミリーはオーウェンと庭に面したベンチに座っていた。
「あかりに強く言い過ぎてしまって…」
エミリーは先ほどのあかりとの会話をぽつぽつとオーウェンに話した。
目の前で人が死ぬのは耐えられないとあかりに言われたこと。
エミリーはこの3年で何度も人が亡くなるのを目にした。自分だって心が壊れそうだった。苦しそうに助けを呼ぶ人の声…忘れることはできない。
「あかりが救世主として召喚された時、ああこれでやっと魔王を倒して元の世界に帰れるかもって期待した。でもあかりに会って魔力さえ持ってなかったと知って、正直がっかりした自分もいた。あかりに早く強くなってもらわなきゃって思いが知らず知らずの内に態度に出ててあかりを苦しめたかも…」
エミリーの話を黙って聞いていたオーウェンが口を開く。
「エミリー様はこの3年とても頑張ってこられました。救世主がなかなか召喚されず城の者が動揺している時でもあなたは魔法が少しでも上達するように日々鍛練を続けてこられました。戦いの中、助けられなかった命をずっと悔やんでいること、弱いところを見せまいといつも人知れず涙を流されてたこと…私はエミリー様はとても強く、お優しい方だと思います」
「そんなこと…」
「…そしてあかり様もお優しい方です。きっと今のエミリー様のように、言ってしまったことを悔やんでいるのではないかと思いますよ」
「…そうだね、ありがとうオーウェン。あかりに謝らなきゃ」
赤い目のままエミリーはニコッとオーウェンに微笑んだ。
オーウェンの耳が少し赤くなり、エミリーを見つめる目に熱がこもる。
立ち上がって行こうとするエミリーを引き止めた。
「エミリー様、私はあなたのことを心から尊敬しています。それと同時にあなたのことを女性として―」
「あっ忘れてた!ペテロから頼まれてたんだった!ごめんなさい、もう行くね!」
エミリーは最後までオーウェンの話を聞かず、パタパタと急ぎ足でその場を去ってしまった。
離れていくエミリーの後ろ姿をオーウェンはずっと見つめていた。