第10話 重機甲兵ギガステリウム
「おぉ……」
その瞬間。バルカは感嘆の声を漏らした。
いまだ未完成のロボットではあるが、感動に値するものであることは間違いなかった。
「凄い、人の形をしている……ですけど、木材が多いですね?」
だが、それぞれのパーツはよく見ると、鉄素材ではなく、木材だというのがわかる。
それに、やはり植物の蔦が気になる所だった。
「そりゃそうです。そもそも、最初は三日で仕上げろある程度形にしろと言われてましたからね。不可能なので一週間とごねて、骨組みを作り上げようとなれば、多少なりとも軍艦を再利用します」
エイルは鼻を鳴らし、少しだけ不機嫌だ。
しかし、次に口を開いた瞬間には饒舌だった。
「ですが、さすがは軍部。金とコネがある。これは、ただの木材ではありません。王国の南東に魔女の森という場所をご存知ですかな?」
「魔女の森? 確か、二百年ほど前に王国が統治した、魔女集団の土地だったか?」
答えたのはラムダスだった。
これはバルカも知っている話だ。というよりは王国の歴史を学ぶ上では必ず通る道なのである。
「左様です。確か何代か前の王妃様がそちらの出身でしたな。まぁ、今はこれは関係のない事ですが。今現在、この王国の魔法使いたちが使う杖や術具の大半はその魔女の森から採れる、バーバヤーガ樹によって構成されています。その理由はおわかりですか?」
「魔女の森は古くから、土壌に魔石の粒子が含まれていると聞いた。長い年月をかけて、かの土地は肥沃な魔法的な大地と変貌したと聞く。植物の多くが、ねじ曲がり、枯れ果てたように見えるのにその生命力は通常の樹木の数倍、そして何より、魔力との相性がよい」
ラムダスの答えにエイルは満足気に頷いた。
「その通り。この木造骨格は、ただの仮組みではありません。いうなれば魔法防御に適した構造ともいえます。この木は魔力を通す事が可能で、その強度、魔法防御に優れた性能を発揮します。まぁ、簡単に申せば、これそのものが大きな魔法器具、つまりは杖と思ってください」
「つまり、ギガステリウムは、魔法が使えるということですか?」
思わずバルカが質問を投げかけると、エイルは待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「理論上ではという前提が付きますし、事細かな魔法は使えませんが、全体をバリアで覆うことなどは可能でしょう。ノートを拝見させていただきましたが、魔石の原石を動力とする場合、このバーバヤーガ樹は欠かせません。なにせ、お隣の第一工場で建造中の空軍新造戦艦もこの木材を使っていますからね」
「なるほど……それで、あの蔦は?」
バルカはずっと気になっていたことを質問した。
パーツを固定する蔦はただそこにあるだけではないように見えたのだ。
「同じ理由です。バーバヤーガ樹の蔦は魔力供給の手助けをします。具体的に説明するなら、魔力循環を適切に行うための管ですな」
その説明にバルカはピンときた。構成する素材は異なるが、これはつまりエネルギーパイプであり、回路なのだ。
魔法は聖なる力という見方が強いが、その実は純粋なエネルギーである。水力であれ、火力であれ、電力であれ、エネルギーの循環利用には高度な技術が必要とされる。ましてやそれが機械を動かすとなればさらに複雑になる。
この世界では、偶然なのか、それとも必然なのか、これらの機械に似たシステムが構築されていたのだ。
「つまり、このギガステリウムは全身が自身を稼働させるための装置である。ですけど、装置はそれ単体では動かない。制御するべきエネルギーを調整するものも必要となる……ましてや、僕の考えたロボットは肢体をある程度稼働させることも視野に入れているから、それぞれを動かす為、乗員となる人間はそれをコントロールするために必要ということになりますね」
考え方は簡単である。
ギガステリウムを構成するハードウェアは機体そのもの。そこに使われる素材である。ならばそれらを細かくコントロールするソフトウェアの役割は人間がこなすのだ。
「バーバヤーガ樹も蔦も、そして炉心の原動力となる魔石も、それ単体ではただエネルギーを放出させるだけのものですからね……調整するのは手練れの魔法使いたちでなければいけない」
「左様です。魔石は莫大な魔力エネルギーを放出しますが、それだけです。樹木装甲も蔦もエネルギーを循環させるだけ。常に全身に発露させるのは効率が悪い。ですので、必要な時、必要な分は人間が調整し、この管を通し、全体の稼働に転用させます。これがなければまともに動きません。そこまで、おわかりになっていましたか!」
「あぁいえ、家庭教師が優秀なんです」
バルカは言葉を濁した。全くもって詳しいわけじゃないが、なんとなく概要はわかるというものだ。
前世では慣れ親しんだ機械技術の片鱗を感じたので、その部分はすんなりと受け入れる事が出来たともいえる。
しかし、これほどまでに大きなものを動かすソフトと考えると、搭乗する魔法使いはかなり多くなるだろう。
「話をまとめると、これは陸上戦艦という名目になるな」
ラムダスのまとめ方は間違いではない。
こと、大型の船を万全に動かすには大勢の乗員が必要となる。このギガステリウムもまた同じ事だ。ある意味、使われているシステムを考えると、通常の戦艦よりも負担は大きいかもしれない。
「いやぁ、楽しい。バーバヤーガ樹なんておいそれと使わせてもらえない高級素材! 通常の空中戦艦ですら、飛行炉心にしか使わないというのに、全体に使うという贅沢感! あぁ、湯水のように消費する快感は忘れることはないでしょうね! 何を作っても許される!」
エイルは興奮で奇声を上げていた。二分ほど、いかに好き勝手研究できるかを語った後、エイルはすっと元の表情に戻る。ひとしきり叫んで満足したようだった。
「失礼、普段作れないようなものを作るのは楽しいものですから。今の所、これがなんの役に立つのかはわかりませんが、この研究そのものは無駄には終わらないでしょう」
「わかりますよ、その気持ち」
バルカは、エイルという男に対して好意的な感触を持ち始めていた。
骨の髄まで研究畑な男らしい。無理なもの、不合理なものはそうであると理解したうえで、それでも研究発展のためならば実行する事の出来る者は貴重である。
失敗を恐れるのではなく、この男は失敗すらも糧とするだろう。
「それで、一通りの完成はいつ頃に?」
これまでの説明を受けて、バルカはこの世界でロボットの開発は不可能ではないという確信を得ていた。
そうなれば、もう待ちきれないとなるのは当然である。
「せっかちでございますね」
そのような言葉ではあったが、エイルもにこやかで、むしろ待ち望んでいた質問といった具合である。
「組み立てだけならば一か月以内には。鋼鉄装甲板を取り付けるとなるとさらに時間がかかります。動かすのはわかりません。足回りは今なお設計途中ですので。この際、大きな車輪でもつけてやろうとと思っているところです」
やはり、足回りは困難を極めるらしい。
「それでいいんじゃないですか、この、人間でいう踵の部分とか、くるぶしの部分とか」
これはもとより想定していたことである。
技術革新とは突然変異的に生まれ出るものではない。何事も段階を踏まえて、出現するものである。
バリスタや投石器を経て、大砲になるように。投げ石や弓矢から鉄砲に派生するように。
今は『歩行』が出来ず、車輪などによる駆動しかできなくても、それはやっと始まったばかりの一歩に過ぎないのだ。
そして人間とはできそう、と思ったらやってしまう、やってみないと気が済まない性質を持つ。
そうでなければ、今日までの技術発展はない。
「そりゃそうですが、強度も考えなければいけません。できないことはないでしょうが、消耗は激しいでしょうな。陸上戦力とは大体その問題が付きまとうものですが」
「車輪は補助輪として考えればいいのでは? 僕のノートにも魔石の浮力を利用すると書いたはずですけど」
「メインと補助の二つが必要ですよ、どっちにしろ。それに、砲台も載せるのでしょう? バランスを考えるのが大変なのです。ま、やってみますよ。一か月以内に前に進むぐらいは可能にして見せますとも」
エイルの言葉には自信があった。
「それでは、私はこれで。見学はご自由にどうぞ。作業の邪魔にはならないようにお願いします。何かあると、責任は全て私に降りかかるので。何分、ここで一番階級が高いのが、私なんですよ、面倒なことに」
ぶつくさと文句は言いつつも、一応の礼をしながら、エイルは去っていく。
途中、鼻歌が聞こえてきたのは幻聴ではない。
今頃、彼の脳裏には脚部をどうするかという計算が行われていることだろう。
バルカとラムダスはそれを見送り、再び、ギガステリウムを見上げた。
「成功するといいな、バルカ」
「しますよ。してくれないと、困ります」
ここから先、いかなるものが出来上がるのかはバルカも想像はできない。
想像を超えた、現実が行われようとしているからだ。
異世界に地にて、巨大な人型ロボットを作る。本当に夢のようだ。
「まぁー! なによ、このでくの坊は!」
そんなバルカの夢見心地な空気を引き裂くような、甲高い、悲鳴のような声が工場に響いた。
あまりにもよくとおる声のせいで、その場にいた面々は声の主の方へと視線を向けていた。
(なんだぁ、急に!)
心地よい気分を台無しにするような存在に、若干のいら立ちを覚えたバルカは真っ先に、勢いよく振り向いた。
すると、そこには濃い紫の巻き毛を大きく揺らしながら、大股でこちらに歩み寄ってくる少女の姿があった。
目つきの鋭く、鼻筋の整った顔立ちは、勝気な印象を与え、それに似合った大声を張り上げていた。
「真新しいものが作られていると聞いたのに、この不格好は一体どういうことかしら!」
突然の訪問者に対して、人ができる反応は、唖然とするぐらいしかなかった。




