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第18話「人の胸を打つ料理」


 アルラウネはこの百年でドラゴンすら屠る実力を身につけていたが、それはゴブリン三兄弟ですら例外ではなかった。

 彼ら、この百年間で随分と腕を磨いたらしい。

 さながら曲芸のような美しく、そして無駄のない連携に、目を奪われないものはいなかった。


 初めの方こそ。

「なんだなんだ、何が始まった?」

「ゴブリンが料理?」

「食えるのかそんな薄気味悪いもん……」

 等、口々に言い合っていた村人たちであったが、ことここに至っては――沈黙。

 彼らの手際の良さもさることながら、立ち上る香りが、音が、彼らの口をことごとく閉ざしてしまったのだ。


 誰もが唾を飲み、料理の完成を見守る。

 そして――


「完成だ!」


 長男ゴブリンが皿への盛り付けを終え、次男三男が俺とルドア爺さんの前に皿を並べる。


「こ、これは……」


 ルドア爺さんが言葉を失う。

 この反応を見て、長男ゴブリンはにやりと口元を歪め


「――これが俺たち渾身の一皿! 六目ヤギのシチュー、ゴブリン風だ!」


 その料理の登場に、囲む人々は「おおおっ!?」と驚嘆の声をあげる。

 俺もまた人知れず息を呑んだ。

 無理もない。

 まさかこんなド田舎の村で、これほどのものが出てくるなんて、誰が予想できたろう。


 吸い込まれるような茶褐色のスープには一点の濁りもなく。

 立ち上る香りは鼻腔から侵入し、閉じかけた胃袋を無理矢理に開かせた。

 その場にいる誰もが直感していた。

 こんなの、不味いわけがない、と。


「六目ヤギの肉をふんだんに使ったシチューでさぁ、本当はもっと時間をかけて煮込みたかったんですが」


「……俺は注文してないんだが、いいのか?」


「はっ、あっしらにあれだけでかい口を叩いたんです、食ってもらわんと困りますぜ」


「わ、ワシも、食っていいのか?」


「アンタが注文したんだろうがジジイ!」


「ヒイィッ!?」


「こら長男、年寄りを脅すな……ルドア爺さん、ご所望のシチューだ、遠慮しないで食べてくれ」


「な、ナルゴア……気持ちは嬉しいし、見た目もかつて妻の作ってくれたシチューにそっくりじゃ、しかし……」


 ルドア爺さんが言葉を濁す。


「……妻が最後にアレを作ってくれたのは、もう五十年近く昔の事じゃ、ナルゴアには分からんかもしれんが長い年月は多くを歪めてしまう、あのシチューにしたって、もはやワシの記憶の中にしか存在しないものかもしれん……」


「ルドア爺さん……」


 爺さんは、やはり憂いを帯びた表情で呟き、皿の中のシチューを見下ろした。

 これを受けて――いよいよ長男ゴブリンがキレた。


「おい……おいおいおい! 爺さんよぉ! 冷やかしなら勘弁してくれって言ったよなぁ!?」


「ヒッ! し、しかし……!」


「しかしもクソもあるかい! せっかくの料理が冷めちまうだろうが! 大体なぁ……!」


 長男ゴブリンが自らを指す。


「たかだか五十年がなんだってんだ! 俺たちの舌は百年前に食ったあの料理の味を今でも覚えてる! 本当に人の胸を打つ料理ってのは何百年経とうが残り続けるもんなんだよ!」


「本当に人の胸を打つ料理……」


「分かったらさっさと食いやがれ!」


「わ、分かったから包丁を向けないでくれ!」


 半ば脅迫じみていたが、結局はルドア爺さんが折れた。

 爺さんはスプーンでシチューをひとすくい。

 野次馬連中が固唾を呑んで見守る中、彼はおそるおそるそれを口に運んで――。


「――」


 言葉を失った。

 ルドア爺さんは無言のままに固まってしまったのだ。


「じ、爺さん……?」


「大丈夫かこれ!? 言葉も失うくらい不味かったのか!?」


「まさかゴブリンども毒を……!」


 誰かが不穏な発言を漏らし、これを聞いたゴブリンたちが露骨に不機嫌そうな顔になる。

 しかし、彼らはすぐに怒りを収めた。

 何故ならば


「間違いない……これは五十年前に妻の作ってくれたシチューじゃ……」


 ルドア爺さんが、そのしわくちゃの頬に涙を伝わせていたからである。


 ――直後、ルドア爺さんは弾かれたようにシチューへとかぶりついた。

 小さなスプーンを忙しなく動かし、まるで子どものようにがっついている。


「間違いない! ああ、間違いない!」


 ルドア爺さんは器を持ち上げて、直接シチューを飲み干した。


 あっという間に、完食。

 野次馬たちは驚きのあまりに言葉を失うだけ。

 そしてルドア爺さんはとめどなく溢れる涙をぬぐいながら、言った。


「五十年ぶりじゃ……リコッタと逢った、リコッタがそこにおった……」


 観衆がどよめき、ゴブリン三兄弟がお互いにハイタッチを交わす。


「な、何故じゃ……? ワシは料理のことなどてんで分からん、当然妻の作ったシチューのレシピも知らない……なのに、何故ここまで同じものが……」


「簡単なことだ、アンタの嫁さんがアンタを想う気持ちにかけたのさ」


「ワシを想う気持ち……?」


「そうともさ、使った材料は主に六目ヤギの肉に曲がり人参、どちらもこの村の名産で滋養強壮の効果がある、それと爺さんアンタ昔から胃腸が弱かっただろ?」


「な、何故それを!」


「口の臭いを嗅ぎゃあ分かる、だから胃腸の調子を整えるサフリの葉を加えた。これもこの村の周辺でとれる」


「ぶ、ぶも、あ、あ、あと爺さん、貧血持ちだ」


「そ、そんなことまで!?」


「顔見りゃ分かるんだよそんぐらい、だからソースに六目ヤギの肝を裏ごしして加えた」


「六目ヤギの肝だと!?」


「あんな犬も食わないゴミが!?」


 野次馬連中がざわめく。

 長男ゴブリンはふんと鼻を鳴らした。


「やっぱ人間は駄目だな、飼い犬ですら舌がイカレてやがる、しっかり下処理をすりゃああんなに美味いもんはねえ、リコッタとかいうヤツは多少見どころがありそうだが」


「だから誰にも妻が作ったシチューの味の深みが再現できなかったのか……! し、しかしやはり分からぬ! 何故おぬしらにはこの味を再現できたんだ!?」


「まだ分からねえか耄碌ジジイ、そりゃアンタの嫁さんがアンタのためだけに作った料理だったからに決まってるだろ」


「ワシの……ためだけに……?」


 ルドア爺さんが、その言葉を噛み締めるように反芻する。


「そうだ、このへんで採れる素材だけでアンタの身体を気遣ったシチューを作るとなりゃあ、必然そのかたちになる。さすがに細かい分量は違うだろうが……」


「――ウオオオオオ!!!!」


 おもむろにルドア爺さんが雄たけびをあげた。

 いつも温厚で物静かなルドア爺さんの奇行に、村の大人たちがびくりと肩を震わせる。


「ワシは……ワシは一体何をやっておるんじゃ! 年寄りぶってこんなところで……ぬあああっ!」


「どうした爺さん!?」


 ルドア爺さんが自らの上衣を引きちぎって半裸になった。

 かつて鍛え上げた肉体が白日の下に晒される。

 もはや死を待つだけの老人の姿はなかった。

 そこにいるのは、かつて鍛え上げた己が肉体で数多のモンスターを屠った武道家のルドアである


「――こんな貧弱な身体のまま向こうにいったら、愛しのリコッタに愛想を尽かされてしまうわ! 今から鍛え直しじゃ!」


「る、ルドア爺さん!?」


「ワシは生涯現役じゃあ!!」


「じ、爺さんもう歳なんだから無理すん……うわっ!? なんだあの上腕二頭筋!」


「広背筋が鬼の顔に見える!?」


「肩にちっちゃいオリハルコン乗せてんのかい!?」


 爺さんがひとつポーズをとる度に、会場が沸き上がる。

 期せずしてルドア爺さんのボディビルコンテストが始まってしまった。


 その傍ら、俺は自分の分のシチューをスプーンでひとすくい、これを口に運ぶ。


「どうだいナルゴアさんよ、俺たち自慢の一品は?」


 長男ゴブリンが尋ねかけてくる。

 俺は微笑んで、これに応えた。


「――文句なしの三つ星だ、腕を上げたな」


「へっ、あたぼうよ! なんせあっしらには手が六つもあるんですからね!」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一連の騒動を眺めていたナルゴアの両親はお互いに顔を見合わせた。


「……やっぱり予言は本当だったのね」


「ああ、間違いない」


 ナルゴアの父が、深く頷く。

 そして神妙な顔で言った。


「ガテル村に生まれるとされた勇者の生まれ変わり――間違いない、ナルゴアこそが勇者の生まれ変わりだ」



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