第17話「出張!ゴブリン亭」
――短命な人の身に比べると、魔族の寿命は遥かに長い。
しかし、それでも百年という月日はなにかを変えるには十分すぎる時間だ。
そんなわけで、実に百年ぶりに再会したゴブリン三兄弟は随分と様変わりしていた。
おそらくその日の業務を終え、長男ゴブリンが弟たちに賄いを振舞っていたところだったのだろう。
小柄な長男、痩せぎすの次男、巨漢の三男。
ここまでは変わらない。
変わったのは彼らの装いだ。
以前の彼らはどろどろに汚れたエプロン一丁で、いかにも職人という感じだったが、今は違う。
純白のコックコートにコック帽。
ご丁寧にスカーフまで巻いて、すっかり一流シェフじゃないか。
「な、ナルゴアさん!?」
長男ゴブリンが声をあげてこちらへ向き直り、続いて次男三男も驚愕の声をあげた。
「見ない内にこんなにちっこくなってしまって……! アルラウネの姐御から話を聞いた時は半信半疑でしたが、まさか本当に生きていたとは!」
「随分と待たせたな、しかし帰ってきたぞ」
「百年も待たせるなんて、まったく人が悪い! あっしらは……あっしらは……!」
「おいおい、なにも泣くことはないだろ」
「これが泣かずにいられますかい!」
三兄弟がぐずぐずと鼻をすすりながら、コックコートの袖で涙をぬぐう。
相も変わらず涙もろい連中だな……
そんなことを考えていると、背後からおもむろにガタァン!と音がした。
見ると、ルドア爺さんが椅子から転げ落ちていた。
爺さんは、普段閉じているのか開いているのかもよく分からない眼を、これでもかとかっぴらいている。
「さ、三体のモンスターを同時召喚じゃと……? そんな真似リコッタですらできなかったぞ……!? お、おぬし身体は大丈夫なのか!?」
ルドア爺さんが弾かれたように俺の方へ飛びついてきて、体中をぺたぺたとまさぐってくる。
「どこか、どこか悪くはないか!? 眩暈は!? 動悸は!? 全身に激痛が走ったりとか……!?」
「……特には、ないな」
しいて言うなら、アルラウネを召喚した時には一切感じなかった疲労感が、少しだけあるような気がしないでもないが。
まあ、あえて言うほどのものではない。
「と、特に……ない……?」
ルドア爺さんがへなへなと崩れ落ちた。
「ノーリスクでの召喚なぞ……そんな芸当が人間に可能なのか……?」
……そこまでのことなのか?
俺は首を傾げた。
なにぶん元モンスターの俺は、人間の職業とやらにさほど詳しくはない。
とりわけ召喚術師というのはマイナーな職業である。
使い勝手の悪さや、本来敵であるモンスターを召喚、使役するという性質も相まって、一部の冒険者たちからは敬遠されているという話で。
なので、恥ずかしながら俺は召喚術師というものに対して、あまり詳しくはない。
魔方陣を描き、触媒を用意して、召喚したモンスターと契約し、使役する。
俺の知識といえばせいぜいこの程度のものだ。
だからルドア爺さんの驚きぶりにあまりピンときていないのは、仕方のないことなのだ。
「……ナルゴアさん、あの今にも死にそうな人間の爺さんはいったい?」
「ぶも、と、と、トドメを刺せばいいんですかい?」
三男が巨大な肉切り包丁を構えて、なにやら物騒なことを言っている。
「違う、殺すな、その包丁はそんなことのために毎日手入れしてるわけじゃないだろう?」
「と、言いますと……まさか」
「そのまさかだな、あの爺さんは客だ」
三兄弟が互いに顔を見合わせた。
「……作れってことですかい? あっしらが、人間に、料理を?」
「そうなる、急に呼び出して悪いが、できるか?」
「……いや! そりゃあさすがのナルゴアさんの頼みでもできやせん!」
長男ゴブリンが、かぶりを振る。
「あのナルゴアさんがどうして人間になっちまったのか、そして人間の側についているのかはあっしらには分かりやせん……ですが人間のために料理を作るなんて死んでも御免ですぜ!」
「何故だ?」
「何故? 決まってるでしょう! あっしらナルゴアさんが勇者パーティと刺し違えたあの日から一日として人間を恨まなかった日はありやせん! そんな人間のために料理なんて……!」
ふむ、ゴブリン三兄弟の態度は頑なだ。
しかしこちらもそう簡単に退くわけにはいかない。
俺の中の泣き虫のナルゴアが言うのだ。
――ルドア爺さんを元気にさせてやってくれ、と。
だから、俺は言う。
「自信がないのか?」
「……はい?」
長男ゴブリンの尖り耳がぴくんと震える。
「ゴブリンの料理で、人間の肥えた舌を満足させる自信がないのか?」
「へ、へへ……そんな見え透いた挑発には引っ掛かりませんよ旦那……」
「というか客を選ぶなんて料理人の風上にも置けないぞ、そのやけに長い帽子は飾りか?」
「――上等だぁ! 作ってやらぁ!」
速攻で引っかかってくれた。
顔を真っ赤にした長男ゴブリンが、肩を怒らせてルドア爺さんに詰め寄る。
「おい! そこの爺さん!」
「な、ななななんじゃあっ!?」
「なにって、注文を言うんだよ! 今からここがゴブリン亭だ! 冷やかしは承知しねえぞ!」
「ちゅ、注文って……そんないきなり言われても……」
すっかり怯え切ってしまったルドア爺さんは、しどろもどろになって……やがて、はっと何かに気が付いたように言った。
「……昔、妻が作ってくれた、シチューが食べたい……」
――それは、注文というにはあまりに曖昧なオーダーだ。
以前のゴブリンなら「そんなもん分かるか失せろ!」とルドア爺さんを足蹴にしていたことだろうが……
長男ゴブリンはふんと鼻を鳴らして、コック帽をかぶり直した。
「――おい! 聞いたか弟たちよ! すぐに準備を始めろ!」
「ぶも、が、が、合点」
「ナルゴアさんの頼みとあっちゃあ仕方ないもんな!」
三兄弟はたいして言葉も交わさず、各々に散開して、料理の準備を開始した。
この百年で、随分とコンビネーションに磨きをかけたらしい。
そしてこの騒ぎを聞きつけて、村の大人たちが「何事か?」とこちらへ集まってくる。
「なんだ、なんの騒ぎ……うわっ!? ゴブリンじゃねえか!?」
「だ、誰か戦えるヤツは……!」
「……いや待て! ありゃあナルゴアの召喚獣だ!」
「ナルゴアのヤツ、また何か召喚したのか!? 召喚術師ってそんなにポンポンとモンスター呼び出せるもんじゃねえだろ!?」
「ちょ、ちょっと待て……あのゴブリンたち……料理を作ってるぞ!?」
さて、再び村は大変な騒ぎである。
皆が皆、ゴブリン三兄弟の惚れ惚れするような手際の良さに注目していた。
これを受けて長男ゴブリンがにいいと不敵に笑う。
「――はっ! これぐらいで驚いてるんじゃねえぞ! なんせ今から俺たち三兄弟が最高の一皿を披露するんだからな!」





