第16話「召喚術」
その夜、ガテル村はたいへんな騒ぎとなった。
――あのナルゴアが高位の召喚獣を使役して、あっという間にドラゴンを倒してしまった!
噂は瞬く間に広がり、宴だ祭だ祝勝会だと、気付けば大人たちは皆が酒を片手に馬鹿騒ぎをしている。
小さな村なだけあって、これぐらいしか楽しみがないのだ。
もちろん、ここでの俺はナルゴア少年なので酒は飲まない。
隅っこの方でちみちみと干し肉をかじっている。
……うん、決して美味しいとは言えない、いつも通りの味だ。
ちなみに俺を主役とした会は、とっくのとうに終わっている。
最初こそ村中の大人たちからの質問攻めを受け、目も回るような忙しさだったが。
今や祝勝会とは名ばかりで、ただの飲み会。
主役であるはずの俺が、馬鹿騒ぎをする大人たちを遠巻きに眺めているのが、なによりの証拠である。
……だが、好都合だ。
俺は干し肉をみちりと噛み千切った。
「……状況を整理しよう」
ガテル村、しじまの洞窟。
俺を殺した階層守護者のこともある。
早急に自らを取り囲むこの異常事態を正しく把握しなくてはならない。
なにぶん、全く違う人生を歩んできた二つの記憶が、突然に俺の頭の中で融合してしまったのだ。
整理だ。情報の整理が必要である。
まず――前世の俺は最後のダンジョン、世界の塔の階層守護者だった。
千手のナルゴア、レベル99。
レベル90オーバーの化け物がひしめく世界の塔でも、それなりに強い方だった……気がする……
原則、階層守護者は塔の外に出ない。
きたる災厄とやらに備えるためだと、社長は言う。
しかし俺は、ひょんなことから勇者たちの拠点から最も近い、はじまりのダンジョン“しじまの洞窟”に中ボスとして配属されたのだ。
配属から一年、俺はしじまの洞窟に大改革を行った。
結果、しじまの洞窟は中堅勇者パーティすら苦戦するダンジョンへと変貌したが――勇者パーティの襲撃を受けた。
平均レベル70オーバー、魔王様すら打ち倒した正真正銘伝説の勇者パーティである。
俺はダンジョンを守るために単身勇者パーティへ戦いを挑み、そして敗れた。
勇者パーティの中に階層守護者が紛れ込んでいたのだ。
……最後の瞬間、俺は間違いなく黒幕の顔を見たはずだ
しかし転生の影響か、どうしてもヤツの顔が思い出せなかった。
なんにせよ、黒幕の意図は分からない。
分からないが、ともかくヤツは俺の記憶を封じ、人間の子供に転生させた。
レベル3召喚術師、泣き虫のナルゴアへと。
ここで一つ、至極当然の疑問が生じる。
何故、俺は今世でも“ナルゴア”という名なのか?
取り急ぎ、両親に尋ねてみたところ。
「ナルゴアちゃんの名前をどうやってつけたかって? ええ! もちろん覚えてるわよ! あなたを身ごもってすぐ――ぴぃんと閃いたの!」
「それが、俺もなんだよ! 俺も朝起きたら突然その名前が頭に浮かんできてな!」
「まだ生まれてくる前なのに、お互い全く同時に閃くなんて!」
「これは神様の思し召しなんだよ! なあ!」
「そうよ! あなたの名前は神様から授かったものなの!」
……とのこと。
普通なら微笑ましいエピソードなのかもしらんが、状況が状況だ。
俺はいっそう訝しんだ。
間違いない、何らかの力が働いている。
恐らく黒幕の仕業と考えるのが自然だが、しかしなんのために?
なんの益があって、そんなことを……
「……分からん」
がしがしと頭を掻く。
くそ、分からないことだらけだ。
まずは分かるところから片付けていこう。
――ここガテル村は、グランテシア大陸北西部に位置する小さな農村である。
人口は400人ほど。
村の名物は曲がり人参と六目ヤギ。
豪雪地帯であり、秋口にもなれば皆がせっせと越冬の準備を始める。
決して豊かではないが、差し当たって問題のない、どこにでもある普通の寒村だ。
ちなみに、この世界の詳細な地図を見たことがないので、具体的にこの村がグランテシア大陸のどこに位置するのかは不明。
それともう一つ。
泣き虫のナルゴアとしての十年間の記憶を遡ってみたところ、大変な事実が判明した。
にわかには信じがたいのだが、間違いない。
俺が殺されたあの日から――すでに百年の月日が流れている。
「なんの冗談だ……」
ひとり呟く。
しかし冗談ではなく、事実。
ここは魔王ガルヘリオス様が倒された後の世界。
さすがに、あの後すぐに社長が次の魔王を選出しただろうが……どうやら今回の魔王はハズレらしい。
「……でなければ、あんな杜撰なダンジョンが放置されるはずもない」
オウルベアが中ボスを務める、まどわしの森を思い出す。
あれは少し……いや、相当ひどかった。
直接出向いたことはないが、資料を見た限り、百年前はあそこまで低レベルなダンジョンではなかったはず。
そしてあんな低レベルなダンジョンが、今日の今日まで攻略されずに残り続けたこともまた不思議である。
……しじまの洞窟は大丈夫だよな?
一抹の不安が頭をよぎるが、すぐに振り払った。
大丈夫、なんせあのダンジョンはドラゴンすら屠るアルラウネが取りまとめているのだ、ひどくなりようがない。
……話が脱線してしまった。
ともかく、俺は百年後の世界に人間として転生させられた。
黒幕の目的は不明。
ガテル村の正確な位置は分からず、しじまの洞窟へ向かうには、まずは地図を手に入れなければならない。
消化しないといけないタスクが多い。
俺はふう、と溜息を吐いた。
「若いのに溜息か、ナルゴア君」
気が付くと、俺の隣にしわがれた老人が座っていた。
彼は――このガテル村の村長、ルドア爺さんだ。
「……少し考え事をしていた」
「ほっほ、悩むのも若者の特権じゃ、まして一夜にして英雄様ともなればな」
「そんな大それたものではない」
「ワシも見たかったのう、ナルゴアの召喚術を、言うことを聞かぬこの身体が憎いわい」
そう言って、ルドア爺さんは膝をこんこんと叩いた。
爺さんは昔、名うての武道家だったらしく、その拳でもって自分よりふたまわりは大きなオークさえ打ち倒したとか。
今ではもう見る影もない。
かろうじて、かつて鍛え上げた肉体は保っているが……
「……最近、妻のことばかり考える」
ルドア爺さんが、愁いを帯びた表情で言った。
「昔の話じゃがな、召喚術師のリコッタと、武道家のルドア、このコンビを知らぬ者はいなかったよ……妻は若くしてモンスターに殺されてしまったが」
「……なんと言葉をかけていいか」
「だから、昔のことじゃって、気にするな」
ルドアじいさんがふぉっふぉっと笑う。
そして遠い目で続けた。
「本来は倒すべき敵と心を交わし、使役するのが召喚術師という職業じゃ……ワシはリコッタの召喚術に惚れていた」
「素晴らしい召喚術師だったのだな」
「そりゃすごかったとも、今となっても忘れられん、叶うことならば死ぬ前にもう一度、あの美しい召喚術を拝みたかったのじゃが……」
「なんだ、そんなことなら今やってやろう」
「今? 馬鹿を言うんじゃない、はしくれとはいえドラゴンを倒すほどの上級モンスターを召喚したのじゃ、ナルゴアは優しいから村のみんなに隠しているのかもしれんが、筆舌に尽くしがたい疲労感が今、お主を襲っていることじゃろう」
「いや、別に……」
時間が時間なので、ほどよい眠気なら感じているが……
「いいかナルゴア、召喚術師に大切なのは召喚獣との絆じゃ、これがなくては術者はただ一度の召喚で魔力を食い尽くされ、最悪死んでしまう」
「……はあ」
「熟練の召喚術師でさえ、自分よりも遥かに低いレベルのモンスターとの絆を結ぶのに幾度とない召喚が必須とされているのじゃぞ? レベル3のお主がドラゴンにも勝るモンスターを召喚するなど……若いのに無茶しすぎじゃ」
……そんな風に言われても、疲れなど微塵も感じていない。
しいて言うならあの後皆にもみくちゃにされた時の方が疲れた。
「それに、スライムなどの最下級モンスターを除き、召喚には触媒が必須となる、そのモンスターと自らを結ぶ絆の象徴だ、血か、肉か……」
……昔あげたお揃いの鈴でなんとかなったが。
「なんにせよ、今のおぬしにそんな無茶はさせられん、今はゆっくりと……ってなんで魔法陣を描いておるんじゃ!?」
「いや、まあ論より証拠と思ってな」
「し、死ぬぞおぬし!?」
ルドア爺さんが声を荒げる。
これに対して、俺は
「時に爺さん、最近飯はちゃんと食えているか?」
「な、なんじゃ急に……以前に比べれば、そりゃあ食えておらんよ、あまり物が喉を通らなくて……」
「それはいけない、では最高のシェフをここに呼ぼう」
「は?」
ルドア爺さんが間抜けな声を上げる。
一方で俺は食いかけの干し肉を、魔法陣の中心へ投げ放った。
六目ヤギの、干し肉を。
「――召喚」
俺が唱えると同時に魔法陣が光り輝き、そして召喚される。
俺が知る中で、間違いなく最高の料理人たちが
「――兄貴、また腕を上げたね、これはプロゴデュッフ風かい?」
「いや、リシカンテ風だな」
「弟たちよ、どちらも正解だ、これは両方の性質を合わせた俺のオリジナル、名付けてゴブリン風……」
三人が同時に異変に気が付いた。
きっと厨房で、今日の賄いに舌鼓を打っていたのだろう。
相変わらず研究熱心なことだ。
「久しぶりだな大将、早速だが注文いいか?」
「ち、中ボスさん……?」
驚くゴブリン三兄弟の傍ら、ルドア爺さんが金魚のように口をぱくつかせていた。





