第二十三話「戦闘開始!!」③
「ミミちゃん! ちょっと下がって! 試したいことがあるから!」
僕がそう言うと、もう一匹を足止めしてたミミちゃんが下がってくる。
好機と見たのか、スライムがウネウネとこっちに向かって迫ってくる……動きはあまり早くはない……触手の速度と威力は脅威だけど、間合いさえ取れれば、確かにそこまで怖い相手でもない。
「害虫退治には、やっぱこれだよね……」
言いながら、今度はあんまり圧を上げないで熱湯をジョバーっとたっぷり放水!!
……効果覿面だった! 熱湯を浴びたスライムは、めちゃくちゃに触手を振り回すと、みるみるうちに半透明から、真っ白になって、真っ白になった部分はグズグズになって、たちまち崩れていく……。
最後に赤いコアが残ったのだけど、更に熱湯を浴びせたら、バラリと解けたようになってしまう……今度は完全にとどめを刺したらしかった。
エ、エグい事になったけど……こうかばつぐん!
「……い、一体何をかけたの? 湯気立ってたけど……」
「……グツグツの熱湯。さすが……ゴキブリも一撃で殺せるだけのことはあるね。一瞬かよ……」
良く解らないけど、主成分はタンパク質? 案外食えるのかも知れないなぁ……。
「そういや、オーナーさんって、暖かいお湯も出せたんだよね。それの応用って訳だね! さっすが!」
「そんなところかな? と言うか、思ったより凶悪だな……これ」
これ絶対、対人用に使っちゃ駄目だな……人間は熱湯をかぶった程度じゃ死なないけど。
全身大やけどなんてしたらまず助からない。
長い時間、地獄の苦しみを味わった挙げ句に死ぬ……さすがに、それは酷すぎるだろう。
なるほど、高圧放水でも動きを止めることは出来てたから、動きを止めてから熱湯をかけて、トドメ。
多分、このコンボで、僕一人でもイケる! 僕には、プラドさんやミミちゃんみたいな神回避は出来ないけど、近づかなければどうと言う事もない。
振り返ると、リードウェイさん達も終わったようで、最後の一体が青い火に包まれて、ベチャッと潰れる所だった。
「お疲れさん! 大丈夫だった?」
「参った、参った! ……見てるのと実際食らうのとじゃ大違いだな。瞬きすらも許されないって、どんだけだよ。ロズウェル! てめぇ、浄化の火が効くって知ってたんなら、先にやれよ!」
「ああん? 俺は面倒なことは嫌いなんだよ。お前らがあんまりに手こずってたから、つい手を出しちまったよ! 大体、人に手出しすんなっつったのは、てめーだろ! とにかく、貸し一つだ……あとで一杯奢れよ! それでチャラにしてやらぁ」
……アンデット用の魔法なんて初めて見たなぁ……。
スケルトンやらゾンビやらが、いるって話は聞いてたけど、実物はまだ見たこと無いからな……。
と言うか、そんなもんが効くって……スライムってなんなんだ?
「フロドアさん、ちょっといいか? アンタ達のパーティなら、まず火焔球あたりでも直撃させて、ひるんだ所をそっちの騎士様の武器に武装熱化でもかけて、思い切って白兵戦でコアを狙わせたほうが効率いいだろうな。奴ら、懐に飛び込むと手数が限られるし、触手も打ち出した直後は、スピードも遅い。見切ったり、盾で止めるのも出来なくもない。実はゼロ距離まで近づけば、意外と戦えるんだ……もっとも、調子に乗ると飲み込まれて、あっさりくたばったりもするがね」
「確かに……炎に弱いって話なのに、意外と堪えないみたいでちょっと戸惑いました」
「昔は火焔球でイチコロだったんだがな。そこら辺はちょっと強化されてるみたいだ。あまり見てくれはよくねぇが、炎の息あたりでじっくりこんがり焼くのも良いかもしれんな。炎ってヤツは強火よりも弱火でじっくりと焼くほうがうめぇだろ? それと同じ理屈だ」
「なるほど、持続系の方が効果的ってことですね! さすが、炎の鉄人なんて言われるだけはあります! とっても、解りやすいです!」
「オーナーがやってたみたいに、グツグツのお湯でもぶっかければ良いんだが……俺らは水魔法の扱いには向いてないからな……。今できるアドバイスとしてはこんなもんだ……すまんな」
「いえいえ、とんでもないです! ご助言ありがとうございます!」
……サントスさんが同族のフロドアさんに、アドバイスしてる。
サントスさんって、ドワーフの間でも結構有名人なんだ……炎の鉄人って、どこのスーパー料理人だよっ!
「なるほど……そういうもんなのか。確かに、触手の速度も出掛かりに限っては見えなくもないしな……。思い切って近づくのも手って訳か……ありがたい!」
リードウェイさんも隣でふむふむと感心するように頷きながら、神妙な顔をしている。
あれが見えるとか、この人も大概だな……。
プラドさんとアージュさんが見せてくれたのは、あくまで上級者同士の連携の見本だからなぁ。
近接職の人が囮になって、触手を削るってのも、回復モードにして、動きを止めてコアを露呈させるのが目的。
熱湯でコロッといった様子から、高熱には弱いみたいだし、焼けた鉄の棒とかで突き刺すってのも効果的だろう。
基本的に、生き物と言うのは熱に弱い……耐えられたとしても、120度くらいまでしか耐えらないと言われている。
それ以上になると、タンパク質が熱変性をおこしてしまうのだ。
このスライムもお湯を浴びただけで、強靭で伸縮性の高いビニールのような外皮があっさりとボロボロになってしまった事から、構成素材の耐熱性は100度以下ってことだ。
なるほど、生物学の常識から、そこまでかけ離れた生き物って訳でもないんだな……。
僕もだけど、各々の能力に応じて、最適な戦い方をした方が楽に倒せるならば、その方が良いだろう。
今は、敵もやたら、ヘタレってる上に、さっきから様子見程度だから良いけど、数が増えると乱戦になりそうだからなぁ……。
しかし、鹿島さんからの予備知識があっても、これだ……初戦とは言え、アージュさん達ベテランはともかく、僕も含めて皆、楽勝とはとても言い難い。
今、一斉に突撃とかされたら、手に負えそうもないんだけど……そんなの最初から解ってた事。
ここは、軽く笑い飛ばせばいいんだ。
「皆、お疲れ様……何とか撃退できたね!」
「そうだな……ちょっと、俺達はグダグダになっちまったが、なんとかなった。サントスさん、色々すまねぇな! 助かるぜ!」
「なぁに……そこのフロドア嬢ちゃんは俺らの同胞だからな。生まれ故郷は違えど、お仲間みてぇなもんだ。次は上手くやれると良いな! 無事生き延びたら、さっきのカレーでも食わせてやるからよ!」
「そうですね! がんばります! 実はあれ凄く美味しくて……楽しみが出来ました!」
うん、サントスさん、何気に上手くフォローしてくれてる。
この人、料理人と言っときながら、さっきも僕のフォローしてくれたし、割と気が効くんだよなぁ……。
血気にはやるドワーフ達もなんだかんだで、上手く抑えてくれるみたいだし……。
さっきまで自分たちが捨て駒になるとか、悲壮な決意を漂わせてた冒険者の人達も美味い飯が待ってるなら死ねねぇな、とかやってるなら無茶はしないだろう……。
軽く手を上げて、謝意を伝えると向こうも手を上げて答えてくれる。
「アージュさん、お疲れ! 状況はどう?」
「おう、初めてにしては、上出来じゃったぞ。今の奴らが手もなくやられて、相手も焦りだしたのかのう……。一旦逃げ帰ったようじゃが、また包囲を少し狭めてきたようじゃ……。こりゃ、そろそろどっと押し寄せて来るつもりなのかも知れんな。我もそろそろ準備をせんといかんかな……。ドワーフ共も準備できたか? それと増援はどうなっておる?」
「……すまんな! 投石機は四台作るのがやっとだった! 作りもいい加減だし、射程も300mギリギリくらいで、狙ったところへ飛ばすような器用な真似は出来んぞ。それに、補強もいい加減だから、おそらく3、4発も打てば潰れると思う……正直、思ったより出来はよくないな。試し打ちくらいしたかったが、その余裕は無さそうだな」
適当に土台組んで、柄のやたら長いスプーンみたいな形の棒を載せただけと言うシンプル形状。
アンバランスなシーソーみたいなのを想像してもらえばいい。
匙の上に物を載せて、勢いよく反対側を引き落として、ふっとばすタイプらしい。
射程を重視したのか、スプーンの柄の部分がやたら長い……もっとも複数の丸太を無理やり継いだらしく、なんとも怪しげな様子。
マンゴネルと呼ばれる攻城兵器に近いのかな?
見てくれは酷いもんだけど、まぁ、有り合わせのやっつけ仕事だからあまり無理は言えない。
と言うか、即席ながらこの短時間で四台も作るとは……20人もいるとやっぱり、違うなぁ……。
モニターの時間表示を見ると、そろそろ30分近く経っていた……頃合いと言えば、頃合いだった。




