第十二話「とりあえず、カレーでも作るかと彼の者は言った」①
「よぉ、タカクラの旦那! 昨日は大活躍だったなっ! テンチョーさんは一緒じゃないのか?」
結局、夜明け近くまで寝入ってしまったけど、僕はもう目を覚ましている。
もうすぐ、配送のトラックが来る時間だからと、起き出して外に出るなり、ラドクリフさんに捕まった。
「ラドクリフさん、おはよう! すまないね……当事者なのに、今の今まで寝コケてたよ。テンチョーはまだ寝てるけど、お疲れだろうから、寝かせてあげてるんだ」
テンチョーは、僕が起きても、気持ちよさそうに寝ていたので、愛用のテンチョー専用タオルケットをかけて、そのままにしてきた。
長年使い込んでるから、テンチョーの抜け毛だらけでボロボロで、ぶっちゃけボロ布にしか見えないのだけど、無いと寝れないくらいの勢いで気に入ってる。
なにせ、捨てようと思って、ゴミ箱に捨てたら、捨てるなと言わんばかりにゴミ箱の上で寝てたくらいなのだから、お気に入りすぎて、ドン引きだよ……。
店の周りに出来た広場の片隅には、夜も明けきってないのに、人だかりができていた。
その中心には、テンチョーが撃ち落としたワイバーンが横たわっている。
どうやら、ラドクリフさん達がここまで引っ張ってきたようだった……。
こうしてみると10mは優にある巨体……よく持ってきたものだと感心する。
……けれど、その体表はまっ黒焦げになっていて、テンチョーの使った大魔法の威力の程を物語っていた。
ちなみに、なんかめっちゃ美味そうな匂いがしてる……。
テンチョーの全魔力を使って放った雷撃魔法の威力はとんでもなかったようで、その体表の装甲のような鱗も中から爆ぜたように引き裂かれ、全身まんべんなく電撃が駆け巡った形跡がまざまざと残されていた。
……これでは、さしものワイバーンも一撃必殺……。
なお、周囲の被害はゼロ。
墜落地点はちょっと奥へ入ったジャングルで、誰もおらず……ミャウ族の子が巻き込まれる……なんてこともなかった。
もっとも、上に乗ってたヤツは、見つかってない。
ワイバーンをも仕留める雷撃を一緒に食らったはずなんだけど……驚くべきことに無事だったようで、逃げていった形跡が残されていたようだった。
ラドクリフさん達が匂いを頼りに追跡したようだけど、どうも川に入られたようで見失ったらしい。
……なんと言うか、普通じゃないよ……そんなの。
ウォルフ族の人達って、案の定鼻が利くらしく……本来、この手の追跡は、お手の物のはずなんだけど。
敵はその匂いによる追跡を撒くために、一度川に入って、川の中を歩くことで、その追跡をまんまと振り切ったのだ。
まるで、特殊部隊かなんかみたい……。
そもそも、ワイバーンも即死するような雷に打たれて、1kmもの高さから落ちて、それでも無事な奴なんて、その時点でマトモなやつじゃないだろう。
良く解らないけど、下手に追い詰めたりしてたら、ラドクリフさん達が返り討ちになってたかも。
その戦略的な見地に則った戦術行動、即席ながら、木の葉返しなんて、空戦機動による回避行動を見せた事。
挙句の果てに、この冗談のようなしぶとさと、巧みな退避行動。
絶対ワイバーンなんかより、その操手の方が脅威なのは明白だった。
……なんか、変なのを敵に回したかも知れないな。
とは言え、こちらも最善を尽くした……。
あの時点で、テンチョーも魔力切れでガス欠になってしまっていたし、あれで無事な方がおかしい。
……取り逃がしたことを悔やんだり、ラドクリフさん達を責めるのはお門違いだろう。
ワイバーン自体は、随分前からこのジャングルをテリトリーにしてた個体で、その存在自体は前々から知られてたみたいなんだけど。
それを使役するような奴となると、誰も心当たりはないらしい……。
うーん、つくづくチート地味た奴ですこと。
ここまで来ると、異世界勇者とか、そんな手合だったんじゃって気もしてくる。
だとすれば、そんなのを敵に回したとしたら、嫌すぎるし、早まった真似をしたかもしれないな……。
「……そんな訳で、結局ワイバーンに乗ってた野郎は取り逃がしちまった。一応、川沿いを二手に別れて、追跡してるところじゃあるんだが……。そこまでやるって事は、俺達のことも知ってるって事だ。正直、俺達単独でぶつかって勝ち目があるとは思えねぇからな。一旦引き上げさせることにしたんだが……それで、良かったかな?」
「そうだね……。そこまでの相手なら、少人数での追撃は控えた方が良いね。それこそ、テンチョー辺りでもぶつけないと歯が立たない相手かもしれない」
「そこまでなのか? いや、そこまでの相手だったな。普通はワイバーンが焼け焦げるような電撃一緒に食らったら、死ぬだろうからな」
「そう言うこと。しっかし……こりゃまた、近くで見るととんでもなくデカいな……。それに、あんな騒ぎ起こしちゃって、皆起きちゃっただろうに……」
「いやいや……ワイバーンなんぞがやってきて、呑気に寝てるような奴なんぞいるかよ……。これ冒険者ギルドと商人ギルド、もしかしたら国からも賞金が出るかもしれんな。証人も俺達含めて大勢いるからな……大儲けじゃねぇか!」
「賞金って……そんな厄介な相手だったの?」
「おうとも。このサイズのワイバーンを仕留めるとなると、手練れの冒険者や傭兵を数十人くらいかき集めて、二桁くらいの犠牲者を出して、ようやっと仕留められる……それ位にはやっかいな相手だ。実際……こいつのせいで何人も死人が出てたからな。……何とかならねぇかって皆、言ってたんだが。それをあんな真夜中に、はるか上空を飛んでるとこを一撃だもんな……見てみろ、ミャウ族共なんて、テンチョーさんを神様扱いして、いる方角へ向かって熱心に拝んでやがるぜ?」
見ると、何処にこんなにいたのかと驚くくらいのちっこいネコ耳が集まって、全員うちの二階に向かってひれ伏している。
ミミとモモも、年寄り風のと何やら長々と話してるみたいだけど……まぁ、あとで話を聞くか。
「と言うか……これ、どうするんだよ。もう死んでるんだよね? わざわざ、落ちたとこからここまで持ってくるなんて大変だったでしょ」
眼の前には、こんがり焼けたワイバーン。
雷撃を食らって、裂けた部分からは未だに薄っすらと煙が吹いてる……なんと言うか、焼け加減はミディアム・レア。
テンチョーの召喚した雷の威力がどれだけ尋常じゃなかったのかよく解る。
「ああ、こんがり焼けて、食べごろって感じだな。鱗や爪、牙なんかは武器や防具の素材としては一級品。目玉に内蔵、骨なんかも魔術触媒や薬になるし、肉は美味いので有名だぞ。確かに結構苦労したが、回収してくるのは当たり前だろ」
……倒したモンスターの素材。
なんか、5mくらいの大蛇みたいなのを解体してる人もいたよなぁ……確かに。
巨大カナブンなんかも、ムシキラーにやられてたのを拾ってる人もいたし……。
モンスターも死ねば、貴重な素材……お金になる。
そんなもんらしい。
でも、こんなのどうしろって言うんだか……。
モンハンみたいに、装備でも作れってか?
「そうだなぁ……こんなの僕らだけじゃどうしょうもないし、誰か解体できる人とかいない? ミャウ族もこのワイバーンには随分悩まされてたみたいだし、何よりあの子達、貧乏そうだから素材がお金になるってのなら、分けてやって欲しい。何なら、今夜ここにいた人達全員で、分けてもらうってのでも構わないよ」
「……おいおい、本気かよ!」
「僕らは、ここで商売したいだけだしさ。いきなり、勝手にやってきて土地を占拠した挙げ句、何でもかんでも独り占めとか良くないじゃない? このワイバーンの死骸で皆が儲かるなら、そのぶんでうちの商品を買ってくれたり、街に戻った時に宣伝でもしてくれれば、それでいいよ」
……うん、いくらテンチョーがひとりで仕留めたからって、自分だけで利益を独り占めするなんて、妬まれたりろくな事にならない。
どうせ、降って湧いた儲け話なんだし、僕もこんなもんどうやって売って良いんだか解らない。
なら、いっそここにいる人達にバラ撒きしちゃえばいいんだ。
別にばら撒いたって、損にはならない。
その上で、開店記念セールって言って、うちの商品を安くする……皆、臨時収入の当てがあるなら、ジャンジャンお金を使ってくれるだろう。
そして、この人達が街に戻ってから、宣伝の一つでもしてくれれば新しいお客さんを連れてきてくれる。
うん、誰も損しない……あぶく銭は派手に使うに限るって言うしな。
「……マ、マスターはん……さすがに、うちは反対するで-! ワイバーンまるごと一匹分なんて、それだけで一財産築けるんやでっ! 金貨400枚とか500枚とか……そんくらいの儲けになるんやで! そんな大儲けできるのに、何もしとらんかったやつらにバラ撒きとか……正気を疑うでっ!」
金貨500枚……5000万円か。
でも、それくらいの額なら、僕の隠し口座にもあるからなぁ……。
それを独り占め……確かに美味しい話だけど、それは良くない気がする。
まぁ、新築祝いの餅まきみたいなもんだな。




