第二十四話「不死の猟犬」⑤
そして……。
先に仕掛けたのは怪人の方だった!
全くのノーモーションで、例の見えない速度の触手を放つッ!
前兆すら無く、その速度は雑魚スライムの比ではなかった!
まさに、音速の必殺の一撃ッ!!
けれど、それらは尽くテンチョーから伸びた青い炎に絡め取られると、一瞬で灰になる。
更に、ありったけの触手を打ち出したのか、20本もの雨のような触手がテンチョーに襲いかかる。
けれども、テンチョーに触れる前に、それらは全て燃え尽きて、一瞬で灰になってしまった!
超高温を発し、近づいただけで消し炭になる程の熱量の炎……。
これ……銃弾とかも届かないんじゃないかな?
逆に敵はテンチョーに近づかれただけでも、消し炭になる。
……攻防一体、死角なし……無敵の鎧の名に嘘偽りなし!
こんなもん、勝てるわけがない!
テンチョー、いよいよ無敵変身ヒーローと化したっ!!
白炎の魔装……こりゃまた、とんでもない代物を授けられたもんだなぁ……。
それを見て、もはや歯が立つ相手ではないと判断したのか、敵は即座にバックステップで下がって、逃げにかかる!
けれども、それはテンチョーも読みのうちだったのか、その一瞬前に飛びかかっていた。
10m以上の距離を一瞬で詰める跳躍っ!
もはやそれは……意志を持った炎の塊が降ってくるようなものだった!
さしもの怪人も、バックステップで空中に浮いた所をテンチョーに飛びかかられては避けようもなかった。
近づかれただけで、瞬時に火達磨になって、更に両肩を前足で押さえつけられた体勢で伸し掛かられる。
そして、テンチョーも一瞬もためらわず、怪人の首筋に噛み付くと、バキバキとか言う音が響く。
更に、その全身を覆う青白い炎がますます激しくなる。
勝負は一瞬だった……あれだけの不死身チートぶりを発揮していた怪人も、唐突に身体のあちこちから炎を吹き出すと、あっさり動かなくなってしまった。
耐熱装甲っぽい外殻は、割としぶとく焼け残ったようなのだけど……肝心の中身があっさり燃え尽きてしまったようだった。
いくら強力な再生能力があって、達人レベルの武術の心得があっても、あんな風に空中に浮いたところを取り押さえられたら、それだけでもう為す術なんて無い。
それにあの青白い炎……恐らく鉄だって溶ける数千度とかそれくらいの超高温の炎なんだろう。
そんなものを至近距離……いや、噛み付かれた状態で、身体の中から直に焼かれたんだ……ひとたまりもなかったのだろう……。
超再生力を持つ不死身の怪物。
それを確実に殺すためのテンチョーの最適解がこれだった……。
この戦いはテンチョーが、あの炎に包まれた巨大猫の姿になった時点で決まっていたようなものだった。
まさに秒殺! 完封勝ちって奴だ!
「は、ははは……」
思わず馬鹿みたいに口をあんぐりと開けたまま、本日何度目かわからない、乾いた笑いを浮かべる。
あれだけ、デタラメっぷりを発揮して、苦戦した敵のボスがこんなあっさりやられるなんて……。
テンチョーも、相手が完全に外殻だけになったのを確認すると、四つ足のまますっくと立ち上がると、ブルブルと身体から水でも払うような仕草をしながら、燃え残った残骸に一発猫パンチをかまして、パッパッと土をかける仕草をする……。
やがて、その身を包む青白い炎が消え、異形の猫型の鎧もスゥーッと消えていく。
それと同時に、テンチョーもいつもの猫耳の姿に戻ると、四つん這いの姿勢のまま、ペシャっと地面に潰れたようになる。
思わず駆け出そうとすると、テンチョーが顔をあげるなり、すごい勢いでガバっと起き上がると獲物を狩るがごとくの勢いで駆け出して、両手を広げながら飛び込んできた!
さすがにそう来るとは思ってなかったので、そのまま思い切り、押し倒される!
「良かったにゃー! ご主人様、無事だったにゃー! テンチョー、真っ暗な森を空飛ぶ変なのを追いかけて行けばいいからって言われて、ずっと走ってきたんだにゃ! でもね! 悪いやつちゃーんとやっつけたにゃ! 褒めて褒めてーっ! 褒めるにゃーっ!」
思い切り頭突きの嵐。
傍から見たら、僕が襲われているようにしか見えないだろうけど、これがテンチョーの愛情表現。
猫サイズなら軽く流せたけど、人間の姿でやられるとマウント取って、ヘッドバッド乱舞だ……コレ。
「ちょっ! やめて! テンチョー! 解った! よくやった! ありがとう! だから、ストップ! まず落ち着けって! うごげーッ!」
……テンチョーのデコが鼻にモロに入って、思わず潰れたガマガエルのような叫びを上げる。
ちなみに、テンチョーの今の格好は、いつもの店番スタイル。
お馴染みの黒シャツに赤いエプロン姿。
最初に現れた時は、夜間行動用の黒いポンチョみたいなのを羽織ってたけど、変身した時に吹き飛んだかなにかしたらしかった。
なんか、リュックとかも背負ってたみたいだけど。
今はもう見当たらない……多分消し炭になったっぽい……鹿島さん達、すまない。
……とにかく、先程までの魔神のようなファイヤー猫とのギャップが凄い。
おまけに、おでこやほっぺたを容赦なくペロペロと舐められる。
ついでに、ガジガジと甘噛はやめてーっ!
「ちょっ! テンチョー! ストップ! 噛むのはやめて!」
「うにゃ? 大好きのカミカミだにゃっ! 前はよくやってたけど、こっち来てからやらせてくれなかったにゃ! 今なら、きっと許してくれるにゃー!」
……甘々モード全開のテンチョーを止められるような奴はここには居なかった。
他の人達は、プラドさん達怪我人の介抱に忙しそうだし……。
いつまでもここで遊んでられないんだけどなぁ……。
と言うか、猫耳の女の子に舐められたり、噛み噛みされるのって思ったより、嬉しくないな……。
けど……よかった。
いつものテンチョー平常運転だ……なんか、やっと日常が戻ってきた気がする。
『高倉陸准尉……お楽しみの所、大変野暮な報告となりますが。緊急報告を致します。ただいま、支援戦闘部隊が現着いたしました。敵の残存部隊は指揮統制ユニットを失ったため、無秩序な動きを見せており、すでに支援戦闘部隊との交戦が始まってしまいました。指示があるようなら、お願いするとの事』
空気を読んだんだか読んでないんだか、ゼロワンの無機質な声が響く。
お楽しみってなんなんだよ……。
「そっか、総大将が討ち死にしたから、統率が取れなくなって、敵の動きが無茶苦茶になってる訳か……。大丈夫そうなのかな? 予定だと、僕らと支援戦闘部隊で挟撃に持ち込むんだったよね」
『当初の予定では、それが一番効率が良いと判断しておりました。しかしながら、予想外に早い位置で敵と接触があったため、現地指揮官のオッドボール少佐の判断で、戦端を切ったとのことです。判断理由についての補足説明。このまま敵戦力の離散を放置してしまうと、敵が広範囲に散って手に負えない事態となり得るとの現場判断が下されたとの事。当機及び、本国管制もオッドボール少佐の判断を支持しております。現場上空の車載ドローンからの映像を表示いたします』
とりあえず、テンチョーの甘々攻勢も止まったようだし、テンチョーも空気を読んだのか、マウントポジションを解除してくれる。
まぁ……後で労ってやらないと。
ブンちゃんのモニターには、オッドボール少佐の部隊が散開しつつ、例の小型戦車が先頭きって突撃しながら、スライム共を蹂躙していってる様子が見えていた。
ラドクリフさん達も慣れない装備と戦闘スタイルで、隊列も何もないグダグダな様子なんだけど……。
不思議と一つの獲物に何人もで集中砲火したり、突出したりもせずに、足並みを揃えて、一人が一匹を確実に仕留めながら、前進すると言う、秩序だった戦闘を繰り広げているようだった。
ぶっつけ本番の割に、あまり問題無さそうな様子だった。
「ひとまず、問題無さそうだし、そのまま戦闘続行で良いんじゃないかな? どのみち、敵の総大将も消し炭になっちゃったし、数だけの烏合の衆相手に、飛び道具で戦えるなら、負ける理由なんて無いだろう。それにしてもやけに皆、統率が取れているけど、どうなってるんだか……。さすがに、こんな集団戦闘までは、訓練してる暇は無かったはずなんだけどなぁ……」
ラドクリフさん達も、銃火器の取扱とか銃火器戦闘の基本訓練程度で、隊列組んで一斉射撃とか、そこまではやってなかった。
元々彼らの戦い方も隊列とか組まないで、高い個人戦闘力での真正面からの力押しみたいな調子だったからなぁ……。
実際、当初こそ、ラドクリフさん達もバラバラでチグハグな動きを見せていたんだけど。
今や、その醜態が嘘のように、等間隔でフォーメーションを組んで、整然とした組織戦闘をこなすようになっていた。
『現在、状況としては掃討戦の様相を呈しています。BUNシリーズと歩兵部隊の連携で、確実に敵は殲滅されています。高倉准陸尉はこのまま、敵の退路を抑え得つつ、周辺温度が生存可能温度まで上昇するのを待つことを推奨致します。なお、支援戦闘部隊については、統合情報指揮システムを配備の上で、本国管制にて統制戦闘を実施中……兵員の練度不足は否めないが、問題は起きていないとのことです』
……なんだか、またぞろ凄そうなのが出てきたぞ。




