番外編SS 私と魔王様
「う~ん、どうしよう……」
それは、イージオ様との婚姻の準備が整い、私がホワイティス王国からグリーンディア王国に来てすぐの頃の事だった。
間近に迫る婚姻の儀を前に、色々な人に挨拶をしたり、婚姻の儀のリハーサルを行ったりと忙しい日々を送る中、私はある一つの事に頭を悩ませていた。
「ミラ、そんなに頭を抱えて、どうしたの?」
心配そうに私の顔を覗き込むイージオ様。
忙しい時間をやり繰りして、私に会いに来てくれているイージオ様に心配を掛けるべきではないのはわかっているけれど、いい加減そろそろ直面しないといけない課題を前に困り切っていた私は、遂に彼に相談する事にした。
「いえ、その……魔王に捕まった姫君の救助をどうすべきか考えていて……」
「魔王?姫君?何の話だい?魔王が現れた何ていう情報は聞いていないけど!?」
私の発言に驚いたように目を見開いたイージオ様が慌て始める。
……しまった。
そうだ、ここは御伽噺の世界。
現代日本で生まれた私には非常にわかりやすい冗談のつもりだったけど、この世界では本当に魔王って存在するんだね。
まぁ、魔女が普通にいる位なんだし、魔王だっていたって可笑しくないか。
「いえ、本当の魔王が現れたというわけでなく、魔王的な存在というか……魔王並みに危ない存在と言いますか……」
「それってどっちにしても、すぐに対策が必要な存在だよね?そんなのが何処に現れたんだい?」
あまりに真剣な顔で話すイージオ様に気まずさを感じて視線を逸らす。
「……主にここに。というか、1番よく出現するのはイージオ様の執務室かなぁなんて……」
「私の執務室?」
私の発言に眉間に皺を寄せ考え込むイージオ様。
とても分かりやすいヒントだと思うのに、すぐに思いつかないのがイージオ様らしい。
「ほら、いるじゃないですか。黒髪にモノクルをつけた、ドSな魔王様が……」
「黒髪にモノクル?そんなのリヤルテ位しか……リヤルテか」
やっと私の言いたい事に思い至ったのか、イージオ様が苦笑を浮かべて納得した様子で頷く。
それと同時に、硬かった表情も緩み、肩に入っていた力も抜ける。
ある意味とても厄介な魔王様だとは思うけれど、少なくても無差別殺戮はしない相手だから、その点は本物よりも安全だ。
……あくまで、本物と比べた場合だけど。
「それで、魔王から姫君をってのはどういう事?」
落ち着きを取り戻し、リラックスした様子で紅茶を飲み始めるイージオ様を見て、私もやっと話が通じた事にホッとしながらティーカップに手を伸ばす。
「ほら私、リヤルテさんと最初に会った時に、手っ取り早く仲良くなろうと思ってアスリアさんの事を教えてしまったじゃないですか?」
「そういえばそんな事もあったね。何だか懐かしいなぁ……」
以前の出来事を思い出して目を細めるイージオ様に、私もここに至るまでの事を思い起こし、「色々あったなぁ」なんて思う。
こんな風に落ち着いて思い起こせるのはきっと、今の幸せがあるからなんだろう。
「それで、そのアスリアさんなんですが……その後、リヤルテさんに狙われて大変な目に遭ったというか、遭っているというか……」
「……あぁ」
穏やかだったイージオ様の表情が強張り、頬が引き攣る。
それと同時に視線を逸らされた。
うん。気持ちはわかる。
リヤルテさんにアスリアさんの素晴らしさを語り、狙われる切っ掛けを作った張本人である私はイージオ様以上にこの事実から目を逸らしたい。
というか、むしろ記憶を抹消してなかった事に出来ないかと日々考えている。
……もちろん、無理だけど。
「どうやら、私はアスリアさんをリアルテさんの餌食にした真犯人だという事はまだバレていないようですけど、日々罪悪感に苛まれていまして……。それに、グリーンディア王国に来た以上、近々お会いする機会もあるんだろうなと思うと……」
「それは……まぁ……ね?いや、でも、何だかんだであの2人も上手くいっているようだし、結果的には良かったのかもしれないよ?……多分」
項垂れ落ち込む私を励まそうとイージオ様が頑張ってくれているけれど……思いっきり目が泳いでいる。
私は少し前までホワイティス王国にいたから、リヤルテさんとアスリアさんの間に、その後どんな事があったのか、細かな事は全くわからない。
けれど、イージオ様のこの反応を見る限り……私が知らない事も含めてきっと色々あったんだろうな。
本当にアスリアさん、ごめんなさい!
ここまでリヤルテさんが貴方にハマるなんて思ってなかったんです!
切っ掛け作ったのは私だけど、貴女が魅力的過ぎるのもいけないと思います!
いえ、やっぱり私が悪いです。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!!
心の中で土下座しつつ、「はぁぁぁ」と深い溜息を吐く。
「本当にアスリアさんが幸せならそれで良いかもしれないですけど、一方的に了承も得ず、厄介な相手に紹介してしまった手前、謝罪とアフターフォローは必要かなぁと思っておりまして……」
「あぁ、それで魔王から姫君を救助っていう話になるんだね」
苦笑しつつも納得した様子で頷くイージオ様に、私も頷き返す。
「どんな風に謝ったら良いと思います?」
私の中では土下座の一択なんだけど、それとは別に謝罪の品とかも用意した方が良いのだろうか?
もしそうなら、何を用意したら良いんだろうか?
金の最中?いや、それはなんか違う気がする。
というか、そんなの用意出来ない。
一応王女という立場にはなったけど、根は庶民なんだよ、私。
王女として用意されたお金に私用で手を付けるのは勇気がいるから無理。
もちろん、普通の最中も材料的な問題とか、私の料理の腕前的な意味で難しい。
「私もちゃんと話した事はないけれど、アスリア嬢は見た目は冷たそうだけど、とても真面目で優しい人みたいだから、誠心誠意謝ったら許してくれるよ、きっと。……後、リヤルテの事については、私の方でもフォローはするね」
「誠心誠意……かぁ。やっぱりそれしかありませんよね。リヤルテさんの事については、イージオ様も協力して下さるのは助かります。私一人じゃ、あの人の行動を止められる自信がなかったんで」
やっぱり、魔王に一人で立ち向かうのは勇気がいる。
いや、無謀と言っても過言ではないかもしれない。
勇者だって、魔王を倒して姫君を助け出す時に、仲間を連れて行くのはよくある話だ。
イージオ様なら、癒しの効果と攻撃力(主に地位的なもの)を兼ね備えているし、仲間としては非常に心強い。
「よし、打倒ドS魔王ですね!」
「……何やら面白そうな話をしてますね?」
「ヒッ!」
コココンッ!という高速のノックと同時に開かれる部屋の扉。
そこから現れた魔王が発した言葉に、私は魔法でも掛けられたかのように体をビクリッと震わせて固まった。
「リ、リヤルテ、どうしたいんだい?私は1時間程休憩してくると言ったはずなんだけど」
リヤルテさんの行動に慣れているイージオ様は私ほどは驚いていないけれど、今までの会話の内容が内容だった分、僅かに頬は引き攣っている。
それでも、まるで何事もなかったかのように、咄嗟に別の質問を振っている辺りは凄いと思う。
「先程、急ぎ確認の必要な書類が届きましたので、それをお届けに来たのですが……あまりにも面白そうな話をされているので、つい気になって立ち聞きしてしまいました」
ニッコリと笑う顔が怖い。
背後に何か黒いオーラのようなものが見えている。
って、立ち聞きって何処から!?
もしかして、最初からなんて事は……?
ないと思いたいけれど、相手がリヤルテさんだと思うとあり得そうで怖い。
確認したい。確認したいけど、怖くて聞けない。
「わ、私達はただ、リヤルテさん『達』が幸せだったらいいなぁって思って。……ねっ?」
イージオ様に同意を求めるように視線を向けるとコクコクと何度も頷いている。
すっかり、完璧王太子モードが抜けてオフモードのイージオ様だ。
可愛くて麗しい。
出来れば心行くまでその姿を堪能したいけれど……魔王様の放つ、どす黒いオーラがそんな事させてはくれない。
「そうですが。ご心配お掛けしてすみません。私『達』は幸せですよ。……アスリア嬢も私に懐いてくれ、最近は以前にも増して可愛らしい涙を見せて下さるようになりましたので」
「それ、絶対にダメなやつ!!」
「人聞きが悪いですね。大丈夫ですよ。私達はちゃんと需要と供給が一致してますから」
「嘘ですよね!?本当は供給がないのに無理矢理製造して毟り取ってる感じですよね!?」
「さぁ、どうでしょう?」
「フフフ……」と意味深に笑うリヤルテさんに、背筋がゾクリッとする。
これ、絶対にアスリアさん強制的に泣かされている。
そして、それをリヤルテさんが楽しんでる感じだ。
「さて、一体どうやってミラ嬢は私から彼女を奪い返すおつもりでしょうか?もちろん、魔王から宝を奪うわけですから、それ相応の覚悟はお有りですよね?」
スッと目を細めて私を見つめるリヤルテさんに、私は思った。
……魔王が強すぎて姫君が救えない。
「……謝罪に全力を尽くそうと思います」
そして、可能だったら出来る範囲での手助けをしよう。
うん。救助とかそんな叶いそうにない目標を立てるのは止めよう。
人間にはそれぞれ出来る範囲というものが存在する。
「そうですか。物わかりの良い人は嫌いではありませんよ。……まぁ、私なりに彼女の事は幸せにするつもりなので、こちらの事はご心配なく」
全力で頷く私と、私とリヤルテさんのやり取りを見て苦笑を浮かべるイージオ様。
最早、私に出来る事はただ一つ。
悩む必要すらなかった。
……よし、今日から全力で土下座の練習をしよう。
アスリアさん、本当にごめんなさいぃぃぃぃ!!
リヤルテとアスリアの脇役カップルのお話を本として出して頂ける事になったので、久々に番外編SSをアップさせて頂きました♪
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。