10.原因
「そう、お前が男嫌いなことに関しては問題がない。問題はお前が男を嫌いになってしまった原因だと俺は考えている。」
アイリスの質問にそう答える。俺の言葉に、アイリスの顔が一瞬強張った。その反応を見逃さず、俺は続ける。
アイリスが怪訝そうな顔で問いかけてくる。その表情には、明らかな動揺が混じっていた。
「なんで、あなたに私の男嫌いの原因なんて分かるのよ!」
その声には、怒りと恐れが入り混じっているように聞こえた。俺は、その感情の揺れを感じ取りながら、冷静に答える。
「そう、明確には分かる訳がない。だが、憶測なら立てられる。」
「どういうことよ!?」
アイリスの声が、少し震えている。俺は、その震えを逃さず捉える。
「男を嫌いになる原因はいくつかある。例えば、彼氏が酷いやつでトラウマになったとかな。だが、お前は男と付き合った原因がないみたいだから、これは却下だ。」
俺の言葉に、アイリスの目が一瞬見開かれた。的を射た証拠だ。
「そうね、でも他にも男嫌いの理由なんていくらでもあるわ!」
アイリスの声には、明らかな焦りが混じっていた。
「その通り。例えば、お前は容姿がいいから、たくさんの男に言い寄られる。その結果、中身を見てくれない男に愛想をつかしたとか。一つの可能性として有り得る話だ。」
「そうよ、その通り。ご明察ね!」
アイリスの声には、安堵の色が混じっていた。だが、俺はそこで止まるつもりはなかった。
「だから、これも一つの可能性の話として聞いてほしい。お前が男嫌いになった理由は父親が原因という可能性だ。父親のお前やお前のお母さんに対する態度に嫌気がさし、男自体を嫌いになったんだ!」
その言葉に、アイリスの顔色が一瞬で変わった。
「フン、何を根拠に!」
そう、アイリスが男が嫌いなことに関しては明確な根拠があった。だが、父親が原因となると、根拠はほとんどない。物的証拠が一つあるが、それだけで押し切るのは難しいだろう。ここは、脅しやハッタリも含めて、相手に認めさせなきゃいけない。
「昨日、お前の家に上がった時、まず疑問に思ったのが玄関だった。」
「何かおかしなことでもあった?」
アイリスの声には、明らかな警戒心が混じっていた。
「玄関に一つも父親の靴がなかったんだ。」
「そりゃあ、あの人は失踪してるんだから、靴がなくなるのは当然だわ。」
アイリスの反論は、一見もっともらしく聞こえる。だが、俺はその裏に隠された本当の意図を見抜いていた。
「だが、女物の靴は大量にあった。」
「それは全部私の靴よ!」
アイリスの声が、少し高くなる。
「いや、違うな。かなり年代物の靴もあった。それにあの数だ。当然母親の靴も混じっていたと考えるのが自然だ。」
「フン、勝手に言ってればいいでしょ!」
アイリスの声には、明らかな焦りが混じっていた。
「ああ、勝手に言わせてもらう。父親の靴がなかったのは、お前が処分したからだろう。まだ、失踪して一周間だ。本来であれば母親の靴のように、父親のものも玄関に並んでいないとおかしい!」
「全部推測じゃない!」
アイリスの声が、ヒステリックになってきた。
「ああ、推測だ!だから可能性の話だと思って聞いてくれ!あとは部屋の手入れだ。母親の部屋は死後一カ月経つのに埃のたまっていない綺麗な部屋だった。きちんと手入れがされていた。だが、父親の部屋は一週間しか経っていないのに少し埃がたまっていた。それにあの散らかりようだ。まったく手入れをしていない。」
「手入れをする暇がなかったの!」
アイリスの声には、明らかな動揺が混じっていた。
「いや、父親が嫌いだからだ。だから、部屋に入らなかった。」
「決めつけはやめてよ!」
「ああ、決めつけはやめよう、これもあくまで可能性として残しておこう。」
「そんな決めつけを可能性として残さないで!」
アイリスの声が、さらに高くなる。俺は、その様子を冷静に観察する。
「なるほど、ならこれはどうだ?実際にあんたが発言したセリフだ。この家が家族との思い出の場所か聞いた時に、あんたは『母親との思い出が詰まっている』と発言したな?わざわざ父親を除外した理由はなんだ?」
「それは…、あの家では父より母とよく一緒にいたから、それだけよ!」
アイリスの声が、僅かに震えている。
「いや、あんたは父親が嫌いだった、だから父親との思い出なんて嘘でも言いたくなかったんだ!」
「フン、あなたの妄想力だけは認めてあげるわ!」
アイリスの声には、明らかな焦りが混じっていた。
「ほう、ならついでにもう一つの妄想も聞いてくれ!クルドさんの部屋を整理するとき家族写真が出てきた。10年以上前のものだろう。アイリス、お前の幼少期の頃の写真だった。アルバムも調べた、それも10年以上前のものだった。それ以降の写真がない、これは家族関係が破綻していたことを意味するんじゃないか?」
「私が大人になって写真なんか取らなくなっただけよ!」
「そりゃあ、今くらいの歳になれば中々家族写真なんか撮らないだろうが、それでも10年前を境に一つの記念写真もないのはおかしいぜ。あるきっかけがあったとしたら話は別だがな!」
「お父さんが職を失ってから家族関係が崩壊したって言いたいわけ!?」
アイリスの声が、震えている。
「その通り!そして、クルドさんのメモ帳も発見したが、そこには日付と女性の名前がメモしてあった。考えるまでもない、浮気をしていた証拠だよ。」
「確かにお父さんは浮気をしていたかもしれないわ。でも、それで家族関係が崩壊していたと言い切れるの?お父さんは私たちのためにカジノで勝ち続けてるって話を聞かなかったわけじゃないわよね?」
アイリスが苦しそうに反論する。分かっているんだ、アイリスだって反論したって意味ないってことに。でも、認めるわけにはいかない。その一心で必死に反論しようとしている。だったら、感情の部分をつついてやればいけるかもしれない。
「そう、ロックさんの話は意外だっただろうな。あんた表情に出ていたぜ、家族関係は崩壊していたのに、何でってな。」
「そんなことないわ!」
「いや、そのはずだ、そして今葛藤しているんだろ?」
「は?私が何に対して葛藤するわけ?」
アイリスの声が、さらに高くなる。
「本当にこのまま父親を殺していいのかどうか、葛藤しているんだろ!?」
そう、この話の核心は結局そこなのだ。アイリスの父親への殺意、それを何としてでも認めさせないといけない。当然、そこを指摘されて黙っているわけにもいかないアイリスは必死に反論する。
「は?人を勝手に殺人犯呼ばわり?冗談じゃ済まされないわよ!」
「冗談なんかじゃねーさ!初めからおかしいと思っていたんだ。」
「初めからってどういうことよ!?」
「お前が父親を探そうとしていたことだよ。お前には父親を探す理由がない。」
「なんでよ!?借金つくったのはお父さんだよ?」
「ああ、だが父親を見つけたところで、借金を返せるはずがない。だとしたら、結局借金取りはお前に辿り着くはずだ。ディックに助けて欲しいかどうか聞かれたとき、本来なら父親を探すより別のお願いをする必要があったはずだ。自分を遠くまで逃がしてほしい、借金取りを倒して欲しい、色々あったはずだ。そこで、あえて父親を探すことにした。家族仲が良かったなら分かる。だが、家族仲の悪いお前が父親を探す理由なんて一つしかない。殺すためだ。」
「本当にすべてが憶測ね!?何の証拠ないじゃないの?」
そう、今までは憶測の話しかしてこなかった。だが、この件に関してはたった一つ証拠があった。言い逃れされる可能性もある。だが、その前に決着をつけなくちゃいけない。相手の感情に訴えてでも。
俺は深呼吸をして、最後の一手を打つ準備をする。この先の言葉が、アイリスとの関係を完全に変えてしまうかもしれない。でも、もう後には引けない。真実を明らかにするためには、どんな犠牲も厭わない。そう自分に言い聞かせながら、俺は口を開いた。
「あるんだよ、確かな証拠が!お前のバッグの中にな!」
俺の言葉に、アイリスの顔が一瞬で青ざめた。その反応を見て、俺は確信した。俺の推理は間違っていない。
「何言ってるのよ?」
アイリスの声が、僅かに震えている。その震えを逃さず、俺は追及を続ける。
「入っているんだろ?父親を殺すための包丁がさ。」
「どうしてそんなこと思うわけ!?」
アイリスの声が、ヒステリックになってきた。だが、俺はそこで止まるつもりはなかった。
「俺がお前の家の台所を調べただろ?包丁刺しが三つだったのに対して、包丁は二つしか入ってなかった。あと一本誰が持っているかは馬鹿でも分かるよ」
「冗談はやめてよ!」
アイリスの声には、明らかな恐怖が混じっていた。
「冗談かどうかはバッグを調べれば分かることさ。」
その言葉に、アイリスの顔から血の気が引いていく。俺は、その様子を冷静に観察する。
「やめてって言ってるでしょ!そうよ!入ってるわよ!包丁が!悪い!?」
アイリスの叫び声が、朝もやの立ち込める街に響き渡る。
「そっか、じゃあ父親を殺す予定だったと認めるわけだな!?」
「それは…、それは違うわ!料理よ!料理のために包丁を旅に持っていこうと思ったの!」
やはり、予想通りの言い逃れをしてきた。苦し紛れの言い逃れだが、そう言われるとこちらとしても反論が難しい。だが、苦し紛れなのは相手も分かっていること、そこに付け入る隙はあるはずだ。
「なあ、アイリス。もう下手な言い訳はやめようぜ!」
俺の声には、少し優しさが混じっていた。その声色の変化に、アイリスが一瞬戸惑いを見せる。
「へ、下手な言い訳なんかじゃないわよ!私が料理のためじゃなく殺すために包丁持ってるって証明できるわけ?」
「ああ、証明は可能だよ。」
俺が優しい口調で問いかける。もちろん、ハッタリだ。だが、今まで散々俺に言い負かされてきたから、今回も俺が本当に証明できると相手は思ってしまっているはずだ。その証拠に、アイリスはかなり怯えた表情でこちらを見ている。
「嘘よ、証明なんて出来っこないわ!」
アイリスの声が、少し高くなる。
「俺が今まで嘘を言ったか?やろうと思えば出来る。でも、もうやらん。」
「なんでやらないのよ!?」
アイリスの声には、明らかな焦りが混じっていた。
「こんな言い争いに意味なんてないからだよ。俺はお前の気持ちも理解できるし。」
「私の気持ちが理解できる!?あんたなんかに私の気持ちは分からないわよ!!!」
俺の発言にアイリスが激怒した。そりゃあ、そうだ。辛い立場に立っている人間が、赤の他人にそんなこと言われたら激怒するだろう。だが、そこも織り込み済みだ。
「ああ、理解できるぜ。俺とお前はそっくりだ。」
「そんな、そんなわけないわ!どうして私の気持ちが分かるのよ!?」
そう、ここが肝心だ。アイリスが今最も共感できる言葉、そして俺の本性、それは―
「俺も女が大っ嫌いだからだよ!!!」
「え?」
不意をつかれたのか、アイリスから言葉が出てこない。俺は言葉を続ける。
「俺は女が大嫌いだ。あいつらの存在は俺のことを傷つけるし、感情的だし、信用できないし、差別的だし、裏切るし、馬鹿にしてくるし!俺は女が大っ嫌いだよ!」
「え?え?」
アイリスが俺の告白に困惑している。その表情には、驚きと共に、何か別の感情も混じっているように見えた。
「アイリスも男が嫌いなんだろ?分かるぜ、その気持ち!その気持ちは傷つけられた者だけが持ち得る優しい感情だ!そこらの鈍感野郎は人を嫌いになったりしねーよ!傷つかないからな!繊細な俺やお前だから、自分を傷つける異性の存在が許せないんだよな?」
「うん、そうだね。」
アイリスの声が、少し震えている。その震えには、共感の色が混じっているように感じられた。
「アイリス、お前を傷つけた父親が、男が許せないんだよな!?愛していたからこそ、許せないんだよな!?大嫌いになったんだよな?裏切られたと思ったから尚更許せないんだよな!?」
「うん、そうだよっ!そうだよっ!愛していたの、お父さんを!なのに!?」
気付いたらアイリスは泣きじゃくっていた。自分の中で抱えていた感情が爆発してしまったのだろう。一か月前に母親が亡くなり、父親は借金で逃走、一人ぼっちの自分。とても、18歳に背負いきれそうなものではなかった。
「だから、お父さんを殺して私も死ぬとそう思っていたのに!!なのに!!ロックさんの話を聞いて!!本当は父さんがいい奴なんじゃないかって思い始めて!!もう頭の中グチャグチャになっちゃって!!うっうっ!ヒック!!」
アイリスは泣きながら自分の感情を次々と吐露していく。いつの間にか、彼女は自分の犯行計画も認めていた。彼女の感情につけこんで、彼女に犯行計画を認めさせる作戦は成功した。
人は最初厳しくされればされるほど、のちに優しくされたときにより感動してしまうものだ。今回もあえて最初から厳しく追及することで、最後の言葉の重みは増すってわけだ。
彼女の目的は父親殺しだ。そして、今彼女は本当に父親を殺すか迷っている。あとは、殺しなんかするなと諭すだけで終わりのはず、もしくは、ディックにこのことをバラすと脅しをかければ終わりのはずだ。
俺の目的はアイリスとの、女性との旅を終えることなんだから。だが、
「今は好きなだけ泣いていいよ。泣き終わったら、俺が話を聞いてやる。」
そんな優しい言葉が、俺の口から滑り出ていた。自分でも驚くほどの優しさだった。
昔の自分と重なったからだろうか。今の彼女を見ていると放っておけそうになかった。
アイリスは、その言葉に一瞬驚いたような顔をした。そして、堰を切ったように涙があふれ出した。彼女の肩が小刻みに震え、すすり泣く声が静かな朝の空気を震わせる。
俺は黙って彼女の横に立ち続けた。街路樹の葉が朝風にそよぐ音だけが、二人の間に流れる沈黙を破っていた。時折通り過ぎる早朝の人々が、不思議そうな目で俺たちを見ていく。でも、俺はそんなことは気にしなかった。今は、ただアイリスの涙が止まるのを待つだけだった。
アイリスの泣き声は、時に激しくなり、時に静かになった。その度に、彼女の中で様々な感情が渦巻いているのが伝わってきた。怒り、悲しみ、後悔、そして恐れ。それらの感情が、涙と共に流れ出ているようだった。
どれくらいの時間が経っただろうか。やがて、アイリスの泣き声が小さくなっていった。彼女の肩の震えも、徐々に収まっていく。最後に大きく息を吐くと、アイリスはゆっくりと顔を上げた。
彼女の目は真っ赤に腫れ、頬には涙の跡が光っていた。しかし、その目には、さっきまでの迷いはなかった。代わりに、何か強い決意のようなものが宿っていた。
アイリスは、鼻をすすりながら、かすれた声で言った。
「私の話、聞いてくれる?」
その声には、まだ涙の名残があったが、同時に強い意志も感じられた。俺は、彼女の目をまっすぐ見返しながら、静かに答えた。
「ああ、聞いてやる。話してくれよ。」
俺は静かに頷いた。その仕草には、これから聞く話への覚悟と、アイリスへの配慮が込められていた。
アイリスは深呼吸をして、自分の過去について語り始めた。




