第9話 三人組 ふしぎなお菓子を作ろう!その3
「ふふ、昔の言葉は難しいものねぇ。『雪の粉』も『黄金の蜜』も、よくそこまで調べて辿り着いたわ。それに『香りの種』はね……胡椒じゃなくて、もっと香ばしく炒った黒ゴマのことよ。よしよし、仕切り直して、最後のお手伝いはお母さんも台所で一緒にしてあげるからねぇ」
沈母の心強い言葉と『香りの種』の正解に、三人の顔が一気にパッと明るくなった。
「やったー! 本物の黒ゴマを使って、リベンジじゃん!」
正解の材料ーーきめ細かい小麦粉、透き通った麦芽の水飴、すり潰した杏仁の汁、そして香ばしい黒ゴマーーが台所に揃った。
「炭に火をつけるには、最初に枯れ葉や小枝、細い木っ端やらの焚きつけから火を育てて、十分に熱くなってから炭をくべていくのよ」
沈母が炭火を起こし、危険のないよう見守る中、いよいよ本番のお菓子作りを始めた。
「さあ、みんなで力を合わせて混ぜましょうね」
しかし、やる気満々の三人が揃えば、当然ただでは済まない。
「ワシが粉を篩にかけるで! カッコええところを見せちゃる!」
林が鼻息荒く粉ふるいをガシガシと振るうと、勢いが余りすぎて白い小麦粉が台所中に舞い散った。まるで台所に突然、季節外れの粉雪が降ったかのようだ。
「ちょっと林! 髪の毛まで真っ白になってからに! 妖怪みたいじゃん!」
「ひゃあ! 目に入ったぁ!」
明蘭が叫ぶ横で、秋月は古本の火加減のページを真剣に読み込んでいた。
「えっと……『遠赤の熱にてジワジワと焼き上げるべし』って書いてあるねぇ。あ、お母さん! 鉄板の上の炭火、少し強すぎない?」
「ふふふ、大丈夫よ」
秋月が本に夢中になるあまり、手元で捏ねていた生地が大きなお碗からあふれそうになっている。
さらに明蘭は「甘いほうが絶対に美味しくなるじゃん!」と、沈母の目を盗んで水飴を勝手にドバドバと継ぎ足していた。
煙と粉が舞い散り、甘い臭いとドタバタ劇が絶頂に達したその時ーー。
台所の引き戸が、静かにピシッと開いた。
仕事から帰ってきた沈父が、そこに立っていたのだ。
沈父は大氅の裾を整え、腕を組んだ。
そして、頭から足先まで粉まみれになった三人、それから煤と小麦粉で真っ白になった地獄絵な台所を、じっと無言で見つめた。
静寂が台所を包み込む。
沈父は静かに目を閉じ、深く息を吐くと、厳格な面持ちで口を開いた。
「……まずは事実を確かめる。これは菓子作りなのか、台所の破壊なのか?」
三人は背筋をピンと伸ばし、声を揃えて叫んだ。
「お菓子作りです!!」
「……ならば良し。怪我のないように励むが良い」
沈父はふっと眉根を緩めると、どこか楽しそうに首を振って奥の間へと去っていった。
沈母の巧みなサポートのおかげで、生地は無事に丸められ、真ん中に親指で「ポン!」とくぼみがつけられた。
そこへ黒ゴマが散らされ、上から熱々の炭火を乗せた重い鉄のフタがかぶせられる。
十数分後、フタを開けると——台所中に香ばしく甘い、幸せな香りが爆発するように広がった。
「うわあぁあ! ぶち綺麗に焼けて分厚いヒビが入っとるよん!」
「サクサクでホロホロじゃあ! 大成功じゃん!」
「ほんとだぁ……! 割れ目のところから、杏仁と香ばしい黒ゴマの匂いがフワッと広がってくるねぇ」
秋月が鉄板を覗き込み、焼き立ての熱気と香りを胸いっぱいに吸い込んで目を輝かせた。
「ふふっ、この分厚いヒビこそが、生地がうまく膨らんでサクサクに焼けた証拠よ。三人とも、本当によく頑張ったわねぇ」
沈母が優しく目を細め、粉まみれになりながらやり遂げた三人の顔を愛おしそうに見つめた。
少し形はいびつだが、こんがりと金色の焼き色がついた、見事な桃酥の完成である。
沈父も呼ばれ、家族みんなで焼き上がったばかりの温かい桃酥を囲んだ。
一口頬張ると、サクッとした心地よい食感のあとに、ふわりと鼻に抜ける『月の乳』ーーあの甜杏仁の爽やかで優雅な香りが口いっぱいに広がった。黒ゴマの香ばしさと多めに入れた水飴の甘みが、その上品な香りをいっそう引き立てている。
沈父が一つ頷き、厳かに言った。
「……見事な味だ。あの薬種屋で手に入れた甜杏仁の香りが、実によく生きておる。あの粉まみれの惨状から、これほどの品を仕上げるとはな。秋月の観察力と、明蘭と林の情熱の賜物じゃ」
「やったぁあ! おじさんに褒められた!」
林と明蘭が大はしゃぎで喜ぶ中、秋月は古い料理本を何気なくめくっていた。そして、最後のページのほんの片隅に、かすれた薄墨で書かれた小さな一文を見つけた。
「あ……みんな、見て。一番最後に何か書いてあるよ」
秋月が指差した場所を、沈母が優しく読み上げた。
「『この菓子、あたたかきうちに……三人以上で作り、分けて食すべし』……あらあら、素敵な書き付けねぇ」
それを聞いた明蘭が、パッと目を輝かせて膝を叩いた。
「なんじゃ! 『三人以上で分けて食べる』のが、一番大事な作り方だったんじゃん!」
「ほうじゃねぇ。一人じゃ『雪の粉』も『黄金の蜜』も解き明かせんかったし、ハチからも逃げ切れんかったもんね」
秋月が微笑むと、林がさっと手を伸ばし、皿に残った最後の一個の桃酥をつまみ上げようとした。
「ほいじゃあ、この最後の一番でっかいやつは、大活躍したワシが——」
「あっ! 林、ずるいじゃん! 三人で分けるんよ!」
「待った待った! 喧嘩せんでも、パキッと割ればええじゃろうがぁ!」
「ふふふ、ほーら、ケンカしないで三人で半分こ……じゃなくて三等分にしんさいね」
沈母が温かく笑い、沈父も満足そうにお茶を啜る。
賑やかな笑い声と、甘く香ばしいお菓子の匂いは、夕暮れを迎えた沈家の広間にどこまでもどこまでも温かく響き渡るのだった。




