第8話 三人組 ふしぎなお菓子を作ろう!その2
「よし! 材料はあと一つじゃね! 仕上げの『香りの種』じゃ!」
息を整えた林が、ガバッと起き上がった。
「秋月、香りの種って何なんなん? ワシ、ピンときたぞ!」
「え? 林、なにか思いついたん?」
林は胸をドドンと叩き、これ以上ないほどのドヤ顔を浮かべた。
「いいか、よく聞くんじゃ! 街で一番、香りが強くて丸い種と言えば……唐辛子か、黒胡椒に決まっとる!
ピリッと辛くて香ばしい、大人の味のお菓子なんじゃよ!」
「えぇ……お菓子に胡椒……? 本当にそうなん……?」
秋月が首をかしげるものの、林は「ワシの食いしん坊の直感を信じるんじゃ!」と聞く耳を持たない。
三人は手に入れた小麦粉、水飴、杏仁の汁、そして林が買って来た大量の黒胡椒を抱えて、沈家の台所へこっそり忍び込んだ。
「お母さんに見つかる前に、自分たちだけで試作品を作ってみようや!」
明蘭の提案で、さっそくかまどに炭をくべて火をつけようとした。
しかし、大人の助けなしに炭火を起こすのは至難の業だ。
火種を近づけてうちわで猛烈に仰いでも、炭は頑固に黒々としたままで、パチパチと不気味な煙が上がるばかり。肝心の熱気がいっこうに生まれない。
「うわぁあ! 煙が目に染みるよん!」
「明蘭、もっと仰がんかい! 風を送らんと火が起きんぞ!」
今度は林が灰まみれになりながらうちわを振るが、生温かい煙ばかりがかまどから溢れ出し、三人とも真っ黒な涙を流してゴホゴホと咳き込む始末だった。
「うぅ……煙が目に染みるんよん! 炭が全然燃えんじゃん!」
「大丈夫じゃ、熱くなっとる! 焼ける焼ける!」
痺れを切らした林が、粉と水飴と杏仁汁、そしてすり潰した黒胡椒をこれでもかって大量に入れて捏ねた生地を、まったく温まってもいない鉄板の上に並べてしまった。
「林、こんなんで並べて大丈夫なん……?」
秋月が心配そうに覗き込むと、林は胸をドドンと叩き、これ以上ないほどのドヤ顔を浮かべた。
「いいか、よく聞くんじゃ! これは黒胡椒のすごく効いた大人の味のお菓子なんじゃぞ! これで大丈夫に決まっとろうが!」
「う〜ん、大人の味と火が通るかどうかは別の話だと思うんじゃけど……」
明蘭が首をかしげる中、十五分が経過した。
鉄板の上の生地は、焼けるどころかダラリと生ぬるく柔らかいまま、不気味に黒胡椒の粒を光らせていた。
「……あれ? 全然焼けてなくない……?」
「うーん、炭火起こすの、うちらだけじゃ無理があったねぇ……」
秋月が呆れ顔で見つめる中、林が生ぬるい半生の生地を指ですくい、ペロッと舐めた。
「どれどれ……熱が通ってなくても、味さえ良ければ……」
直後、林の顔がサッと青ざめた。
「……林?」
「……」
「なんじゃ……?」
「辛い!! ぶち辛い!! 舌が痺れるわぁあぁ!!」
「えぇっ!? どれどれ……うわっ! 辛い! 喉が焼けるぅうう!」
「……うわっ! 辛い! 」
明蘭、秋月も舐めて悲鳴を上げた。炭火が起こせず生焼けにもならない上に、大量に入れた林の胡椒のせいで激辛という散々な出来である。
三人同時に井戸端へ飛び出し、柄杓を奪い合うようにして水をガブ飲みした。
「……林、火も起こせんかったし、やっぱり『香りの種』は黒胡椒じゃないわ……」
水で口をすすぎながら、秋月が悲しそうにつぶやいた。
前途多難なお菓子作りである。
「ゴクゴク……ぷはぁっ! ……あ、あれ? お水飲んでも、全然ヒリヒリが消えんよん!?」
「冷たいのは一瞬だけじゃ! 飲み終わったらまた舌が燃えてくるぞ!」
井戸の水をいくら飲んでも、舌の痺れと辛さは一向に引いてくれなかった。
「うぅ……舌がヒリヒリして麻痺しそうじゃわ……」
三人で柄杓を奪い合い、顔を水でびしょびしょにしながら涙目で悶絶していると、台所の勝手口から手ぬぐいで手を拭きながら沈母が優しく声をかけてきた。
「あらあら、三人ともお顔をびしょ濡れにして、どうしたんねぇ?」
沈母が井戸端まで追いついてくると、三人はピクッと肩を跳ね上がらせた。
「お、お母さん……あのね、うちら『大人の味』のお菓子を作ろうとして……」
明蘭が顔を真っ赤にしたまま誤魔化そうとすると、沈母は竈から流れてくる不気味な煙と、三人の灰まみれの顔を交互に見比べ、クスッと呆れたように微笑んだ。
「まあまあ……竈の火も起きてないのに、無茶をしたんねぇ」
秋月は、古書を見つけたこと、街で材料を調べたこと、そして胡椒を入れて生焼けのまま撃沈したここまでの経緯を、沈母に全部話した。
「胡椒のヒリヒリはね、ただのお水を飲んでも流れていかんのよ。お水と油は混ざらんじゃろ?」
沈母はそう言うと、台所から持ってきた盃に、三人が苦心して手に入れた甜杏仁の汁を少し注ぎ、水飴をひとすくい混ぜて渡してくれた。
「胡椒の辛さは脂質や甘みによく溶けるの。これを少し口に含んで、ゆっくり舐めてごらん」
三人が言われた通りに甘い杏仁汁を口に含むと——
「……あ! ほんまじゃ! じわぁ〜っと火が消えていくよん……!」
「うわぁあ、舌が生き返ったぁ……!」
涙を拭いながら手ぬぐいで口元を拭く三人を見て、沈母は優しく微笑んだ。
「……お母さん、うちらだけで勝手に竈使ってごめんなさい」
「そうね、竈に火を起こすのはあなたたちだけではまだ無理ね。それに重い鉄のフタを扱ったり、ドロドロと燃える炭火を調整するのは難しいからね……良い勉強になったようね」
秋月たちは大きく頷いた。
「……まあ、王老師の書斎からそんな楽しそうなお菓子の本を見つけてきたんね」
沈母は目を細め、古い料理本の挿絵を愛おしそうになぞった。
ーーつづくーー




