第82話 悠久を泳ぐ者の記憶
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 古代水生生物模型展示エリア。
巨大な古代魚たちの模型が並ぶ静かな空間。
深海を思わせる青い照明の中で、シーラカンスはゆっくりと模型を見上げていた。
「シーラカンス『シーラカンス目 ラティメリア科 ラティメリア属 シーラカンス』約4億年前から存在していた古代魚の仲間であり、長らく絶滅したと考えられていたが1938年に南アフリカ沖で再発見され『生きた化石』として世界中を驚かせた。胸鰭や腹鰭をまるで手足のように動かして泳ぐ。現在はアフリカ東岸周辺とインドネシア近海に生息していることが知られている。アクアリス化したシーラカンスは非常に落ち着いており物知りで、長い歴史の話を語ることが好きである」
銀青色の長い髪が静かに揺れる。
その隣にはメガマウスザメ。
「メガマウスザメ『ネズミザメ目 メガマウスザメ科 メガマウスザメ属 メガマウスザメ』
ネズミザメ目 メガマウスザメ科に属する者はこの種のみである。
太平洋、インド洋などの熱帯、温帯の200m付近のやや深海などに生息していて、日本近海では目撃例、捕獲例が比較的多い、
古い形態のサメで現代のサメとはことなる点が多く、ネズミザメ目のサメのなかではミツクリザメとならんで原始的な形状を残しているらしい、
鰓耙と呼ばれるブラシ状の突起物で、海水と共に飲み込んだプランクトンだけをこしとるモノがあるのでプランクトンを食べるらしい。浅瀬にも現れることがある。」
二人ともどこか落ち着いた空気をまとっていた。
しばらく無言の時間が続く。
やがてメガマウスザメが口を開いた。
「......シーラカンス」
「なんじゃ?」
「......どうして、そんなに昔のことを知ってるの?」
シーラカンスは少しだけ目を細めた。
「そうじゃのう」
巨大なダンクルオステウスの模型を見上げる。
「知っておるというより、想像するのが好きなんじゃ」
「想像?」
「うむ」
シーラカンスはゆっくり歩き始めた。
「昔の海はどんな色だったのか」
「どんな匂いだったのか」
「どんな音がしていたのか」
「そんなことを考えるのが好きなんじゃよ」
メガマウスザメも後ろを歩く。
「......楽しい?」
「楽しいぞ」
即答だった。
「誰も知らぬからこそじゃ」
「答えがない」
「だから好きに想像できる」
シーラカンスはくすりと笑った。
「ワシらアクアリスも似たようなものじゃろう?」
「......?」
「月の力から生まれた不思議な存在」
「なぜ生まれたのか」
「どこから来たのか」
「本当のところは誰も知らん」
メガマウスザメは少し考え込む。
確かにそうだった。
アクアリスは存在している。
だが誕生のすべてが解明されたわけではない。
「......そうかも」
「じゃろう?」
シーラカンスは満足そうに頷いた。
「だから考えるんじゃ」
「考えることそのものが楽しい」
「わからないから価値がある」
二人はアンモナイトの展示模型の前で立ち止まる。
渦巻く殻。
無数の種類。
今はもう存在しない生き物。
「......絶滅」
メガマウスザメが呟く。
「うん?」
「......怖くない?」
シーラカンスは少しだけ驚いた顔をした。
「何がじゃ?」
「......いなくなること」
静寂。
照明だけがゆっくりと展示を照らしている。
シーラカンスはしばらく考えた。
そして穏やかに答える。
「怖いのう」
「......」
「じゃが、それは生きておる証拠じゃ」
メガマウスザメは黙って聞く。
「終わりがあるから今がある」
「永遠なら大事にせん」
「限りがあるから尊い」
シーラカンスは展示されている古代魚の模型へ視線を向けた。
「彼らも生きた」
「懸命に泳いだ」
「子を残した」
「生き延びようとした」
「そして消えた」
「じゃが無意味ではない」
「今の生き物に繋がっておる」
「ワシらにも繋がっておる」
メガマウスザメは静かに頷く。
「......なるほど」
「難しいか?」
「......少しだけ」
「はっはっは!」
珍しくシーラカンスが声を上げて笑った。
「それでいいんじゃ」
「ワシも全部わかっておらん」
「考え続けておる最中じゃ」
「......うん」
その時だった。
遠くから賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら別のアクアリス達が掃除作業をしているらしい。
元気な笑い声。
走り回る足音。
シーラカンスは耳を傾けた。
「賑やかじゃのう」
「......うん」
「平和じゃ」
その言葉にメガマウスザメも小さく笑った。
「......うん」
古代の生物達の模型が並ぶ空間。
何億年という時間の重みを背負った展示の中で。
今を生きるアクアリス達の声が響いている。
シーラカンスは静かに目を閉じた。
遠い昔の海を想像する。
巨大な魚達。
見たこともない生き物達。
そして。
今ここにいる仲間達。
どちらも同じ命の歴史の一部なのだろう。
「さて」
シーラカンスがゆっくり振り返る。
「そろそろ戻るかの」
「......うん」
「館長殿にまた迷子になったと思われる」
「......それはありそう」
「失礼な」
そう言いながらも否定しない。
メガマウスザメは少しだけ笑った。
二人は並んで歩き出す。
古代生物展示エリアの出口へ向かって。
青い照明の中を。
静かに。
ゆっくりと。
悠久の海へ思いを馳せながら。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




