プロローグ
ここは、アクアリス水族館。
世界に三つだけ存在する、特別な水族館のひとつ。
もっとも――その“特別”は、まだ誰も知らない。
館内に並ぶのは、きらびやかな水槽ではない。
ガラス越しに泳ぐ魚たちも、ほとんどいない。
あるのは広い通路と、不思議な装置。そして――
「ねえねえ、今日の当番どこだっけ?」
軽やかな声が、静かな館内に響く。
振り返れば、そこには人の姿をした少女たち。
だが、彼女たちは人間ではない。
水生人〈アクアリス〉。
月の光を浴びた水生生物が、人の形へと変わった存在。
それぞれが、元となった生き物の力を受け継ぎ、
そして――ある“敵”と戦うために生まれた。
「今日は中央区画の見回りだよ。装置の反応、ちょっと強くなってるって」
「また? 最近多くない?」
少女たちは言葉を交わしながら、館内を歩く。
まるで普通の水族館のスタッフのように――しかし、その実態は違う。
この場所は、ただの水族館ではない。
深淵〈アビス〉。
それは“海の塵”と呼ばれるものから生まれる、正体不明の存在。
形も意思も曖昧でありながら、確かな敵意を持つもの。
そしてこの水族館には――
そのアビスを、引き寄せる装置が設置されている。
そう、この場所は。
楽園を装った、最前線。
人知れず敵を呼び寄せ、
人知れず迎え撃つための施設。
それが、アクアリス水族館の本当の姿だった。
だが――まだそれは、未完成。
「水槽、もっと増やさないとだよねー。お客さん来たらびっくりしちゃうよ?」
「来るかなぁ……まだプレオープンだし」
少女たちは笑い合う。
その姿はどこまでも無邪気で、どこまでも日常的だ。
この水族館は、まだ“始まったばかり”なのだ。
いつか本当に人々が訪れる場所にするために。
表の顔を完成させるために。
そして――その裏で、世界を守るために。
今日もまた、アクアリスの少女たちは歩き続ける。
楽園を作るために。
深淵と戦うために。
誰も知らない水族館で、
静かに、物語は始まる。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




