29話 「お断りします、クロイア殿下」
「げ……」
俺は王都のラティオ邸に届いた一通の手紙に嫌な顔を浮かべる。
その封筒は王宮から……と言うかクロイア殿下からで。
中には手紙が2通入っていた。1通はアンジュ宛て。1通は俺宛てだ。
俺はアンジュ宛ての方の手紙の中身は一切見ないように細心の注意を払って、自分宛ての手紙を開く。
「わ、わあ……」
ロイヤル。季節の挨拶とか言う長ったらしいロイヤル文章に辟易しつつ、内容を要約すると……。
(もう一度、アンジュに求婚したいだあ!?)
ゆ、ゆゆゆゆゆ、許さん!そんなことしたらアンジュ的には絶対そっち行っちゃうじゃん!いや、でも……。
(イデーアの家って……)
この1カ月の間に様々な貴族が聖女事件の関連で没落したり爵位をはく奪されたりした。
イデーアも筆頭貴族ではなくなった……簡単に言うと王家との釣り合いが取れる家柄ではなくなったのだが……。
(それでもってことは……)
でもなー、うーん。
あ、それに付随して。アンジュの汚名も雪がれた。やっぱり、そんなことやってなかったよね、って。まあ、厳密には再調査とか諸々頭痛くなることもあったんだけど。
まあ、そんなこんなの聖女事件の余韻はまだ続くみたいだ。
「おはようございます。シェナ様」
そう部屋に入ってきたアンジュ。
「おはよ……」
「なにか歯切れが悪いですね」
俺はアンジュに手紙を渡さない選択肢を取ろうか一瞬考えて———辞めた。それは不誠実だ。
「いや、その……クロイア殿下からアンジュに手紙が来てて……」
「殿下から?」
不思議そうな顔で手紙を受けとったアンジュはすっかり固定席になった席に腰かけ、緑茶を呑みながらその手紙を見る。
すっかり、馴染んだなあ……。
そして、緑茶を5回口にした辺りで手紙を閉じた。
「なんて?」
「謝罪がしたいそうです。シェナ様、1週間後馬車を出してもらうことはできますか?」
「ああ、それは構わない」
その場で告る気なんだろうなーと言うのが凄く嫌だ。でも、此処でそれを言ってクロイア殿下の足を引っ張るとかいう負け組ムーブはもっと嫌だ。
それに……俺はアンジュの意思でこれからを決めて欲しかった。
実はあの後、イデーアの家がどうこうなる前に婚約の調印が済んでたことに細工をしようか?と国王様から申し入れがあったが……断った。
アンジュの人生はアンジュのモノだ。
それを俺や周囲の人間がどうこうしてはいけない、俺はアンジュと交流が深くなるたびにそう思うようになった。
(とは言ってもな……)
俺は少しだけ悪だくみを開始するのだった。
———1週間後。
(まあでもやっぱり行って欲しくはないわな)
そんなことを思いながらのアンジュを王宮まで送る馬車の中。
特に会話はなく……と言うか、アンジュが少し緊張しているようで。
「アンジュ、どうした?」
「いえ、その……今更何を話せばいいのだろう、と思って……」
あーね。
「別に気を揉まなくてもいいんじゃないか?呼んだのはクロイア殿下だし、クロイア殿下が謝罪したいだけだろ?アンジュはずっしりと構えてればいいんだよ」
俺がそう言えば、アンジュはそれでも若干納得がいってなさそうで。
でもこれ以上の言葉がないのも事実で。馬車の中を無言が支配する。
そして、少しばかり経って王宮に馬車が着いた。
「では、いってきます」
「ああ」
行かないでほしい、その言葉を俺は唾と共に飲み込んで。アンジュに、にっ、と笑いかける。
「いってらっしゃい、アンジュ」
まあ、見送った後は後悔マックスなんだけどね。王宮の使用人に「おかえりください」と言われるのかなー言われるよなーあああああああああああああ、なんて思いながら俺は馬車の中、座席の下に隠したスヴェートの花束を取り出す。
もし、もし、アンジュが帰ってきてくれたのなら俺の本心からのプロポーズをしよう。
だから、帰ってきて欲しい、そう心の底から祈るのだった。
【Side:アンジュ】
私が使用人に通されたのは懐かしい、スヴェートが咲き誇る庭園だった。その庭園は流石王宮の物、ラティオの家の庭園とは比べ物にならないぐらい広くて。
その懐かしさに、私は詰めていた息を吐きだした。
そして、庭園の中央。そこには———。
「アン……イデーア侯爵令嬢」
「クロイア殿下、お久しぶりでございます」
私が会釈をすれば、クロイア殿下がいつの日かぶりに私をエスコートするように椅子に座らせてくれて。
(ああ……)
私は知った。もうクロイア殿下に優しくエスコートされても揺れる感情はなくて。
もう、クロイア殿下への感情は死んでしまったという事実に少し悲しいものを感じる。
「今日は来ていただけて嬉しいよ。……もう僕の顔なんて見たくない、そう言われても仕方ないと思っていたから」
「いえ、全てはあの子が悪かった、そう収まったじゃないですか」
俗に言う聖女事件。これについては聖女側についた人間も一部は聖女が使っていた魔道具の被害者である、という話に落ち着いた。もちろん、クロイア殿下も。
でも、なんのお咎めなしという風にもいかなくて、クロイア殿下はしばらく謹慎処分という形になっている。
「それでも、僕は君に……いや」
クロイア殿下は立ち上がり、私をまっすぐと見る。そして———。
「クロイア・パラミシアはアンジュ・イデーア侯爵令嬢に正式に謝罪をする。大変申し訳ないことをした。謝って許されることではない、僕は君に許されるためならなんだってしたいと思っている」
そして、クロイア殿下はその膝を折って私に跪いた。
「もし、君が欠片でも許してくれるのなら……もう一度、僕の婚約者になってほしい」
真剣。真摯。その言葉に嘘偽りはなかった。
……この言葉を受ければ、文字通り地に落ちたイデーアの家の名声をもう一回戻せるかもしれない。代はかかるかもしれないが、イデーアの家を筆頭貴族に戻せるかもしれない。
私はそこまで考えて頭を振った。
今までの私ならそれをよしとしただろう。
でも、今の私は———。
「お断りします、クロイア殿下」
そうお辞儀をする。
「私、今、恋をしていますの」
【Side:シェナ】
待つこと2時間が体感経ったぐらいだろうか。
(お、おおおおおおおお、おおおおおッ!)
俺は片手に持った花束を握りしめる。遠目にではあるが、アンジュが王宮の使用人と歩いてくる姿が見えて。
いや、でも、待て。アンジュのことだ。律義に最後の挨拶をしに来たのかもしれない。
俺はそんなことを考えて気を引き締める。
そして、アンジュは俺のそんな姿を見つけて……近づいてきては両手で口元を押さえた。
「その……ええと……綺麗なスヴェートですね……?」
ま、まあ。何事かと思うよね。だけど、俺は心に決めたのだ。だから、まずは……。
「クロイア殿下は?」
「今は1人になりたいそうですよ。見送れないことを謝罪されました」
じゃあ。俺はそう意気込んで、膝を地面につく。そして、両の手で花束を差し出して言うのだ。
「正式に———俺の婚約者となってほしい。愛しきアンジュ」
そう真っ直ぐアンジュを見る。アンジュは花束を両手で受け取って、その花束の香りを吸い込んで微笑みながら言うのだ。
「式は……ラティオ領の皆様が祝福してくれるようなものにしましょう、シェナ」
かっこつけ三男坊の惚気話~前世で推し悪役令嬢を幸せにできなかった後悔を抱えて、今世では俺の手で悪役令嬢を幸せにしてみせる!~ 第1部・完




