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少女ハヅキの午後

「ハヅキ~♪今からみんなでカラオケいこかって言ってるんだけど、あんたも来る?」


放課後の帰り道、クラスの女生徒のリーダー格である麻衣が声を掛けてきた。

取り巻きの女子生徒数名が一緒だ。

薄いが小悪魔っぽいメイクのよく似合う麻衣の綺麗な笑顔を見ると、ハヅキは気が重くなる。


「ごめんね、家の用事があって行けないの」ハヅキは小さな声で答えた。


「あはっ、本気にしちゃった?冗談に決まってんじゃん。あんたが行けるわけないことくらい知ってるもん」


・・・私だってあなたが本気じゃないことくらい知ってる。


しかしハヅキは声には出さない。


「たいへんねえ~あんたのママ、今日も朝からパチンコ屋に並んでたもんね。仕事とかする気ないんだ」


麻衣がそう言うと取り巻きの女生徒たちもケラケラ声を上げて笑う。

麻衣は彼女たちの中でひときわ輝いている、まさにお姫様のように美しくかっこいい。

ハヅキももし麻衣の取り巻きに加われるなら、彼女を崇めたいとすら思う。しかし。


・・・この子は私とは住む世界が違う。


麻衣は突然、ハヅキの二の腕を掴んだ。


「ハヅキの腕ってほとんど骨と皮ね。痩せててうらやましいわ。でもあんた、ちゃんと食べてるの?制服も何これ、つぎはぎじゃない。ファッションのつもり?」


ハヅキは麻衣の腕をそっと振りほどいて言った。


「ごめんなさい、私急ぐから。またね」


早足でその場を立ち去る。


ハヅキは学校で自分が笑い物であることはよく理解していた。

しかし、学校はハヅキにとってまだマシな居場所である。


家こそが地獄なのだ。


家に帰る足が重い。


家には母が居る。


父が女を作って逃げてから、ずっと酒浸りで働きもせずパチンコに明け暮れている母が。


母は二言目には「子供なんか生むんじゃなかった。あんたが居なければ私にはもっと輝く人生があったはずなんだ」とハヅキをなじる。


「もう中三なんだから、売春でもなんでもして稼いで来たらどうなんだよ?若さは金になるんだよ」


母に何度そう言われたことか。

言うだけではなく母が家に男を連れ込んで、ハヅキに当てがおうとしてことさえある。

ハヅキは裸足で家を飛び出して逃れたが、その後に母にひどく殴られた。

結局その男の相手は母が務めたが、娘が抱けるという約束と違うといって男は金を踏み倒したのだ。


・・・中学を卒業するまでの辛抱だ。卒業したら働ける。そうすれば家を出られる。


それだけがハヅキが生きる唯一の希望だった。



古い文化住宅の自宅の扉の前に立って、ハヅキは祈った。


・・・まだ母が帰っていませんように。母が永久に帰らなければ最高です。


孤独な少女はいったい何者に祈っているのだろうか?


彼女を救う神は存在するのだろうか?






「・・・ただいま」


家の扉を開けると室内は暗かった。


・・・よかった。母はまだパチンコだ。


そのとき声がした。


「おかえり」


・・・!


聞き覚えの無い男の声だった。


「おっと、声を立てるんじゃない。お前のその細い首くらい簡単に折れるからな」


室内の灯り・・といっても薄暗い裸電球が灯った。

痩せた裸の女がひとり、カップ麺のゴミやチューハイの缶、タバコ箱などが散乱した畳の上に、縄でぐるぐる巻きに縛られ猿ぐつわを噛まされて転がされている。


それはハヅキの母であった。

その傍らに、軍用のロングコートを着た背の高い男が立っていた。

やや長めの髪、細く切れ上がった眼。そしてがっしりした肩をしている。


「よかったよ、若い娘が帰って来て。こんな出涸らしの鶏ガラみたいなババアだけじゃ泣けてくるからな」


男は手に刃渡り20cm弱ほどのアウトドア・ナイフを持っている。

それをハヅキのこわ張った顔の前でヒラヒラさせた。


「お嬢ちゃんも痩せているが、なかなかかわいい顔しているな。俺の好みだぜ。おいババア、これはお前の娘か?」


男はつま先ででハヅキの母の横腹を蹴飛ばしながら尋ねる。

母は寝転がったまま激しく頷いた。見開いた目は赤くそして涙を流していた。


「お嬢ちゃんが大人しくしてくれて助かるぜ。ではお前らにこれから起きることを説明する」


男はハヅキに母の傍らに座るように指示しながら言った。


「ババア、お前しか居ないならお前を犯してやるつもりだったんだが、娘のおかげでその役目はなくなったぞ。そのかわりお前は見るんだ。かわいい娘が目の前でケダモノに犯される様をな」


男は酷く嬉しそうに弾んだ声で話す。そして表情に薄笑いを浮かべてハヅキの顔をギロリの睨んだ。


「お嬢ちゃん、お前は母親の目の前で俺に犯された上で絞殺されるんだ。その後は母親の目の前でバラバラに切り刻んでやる。済んだら母親にも後を追わせてやるさ」


男は少女の恐怖に怯える表情を期待したのであろう。しかしハヅキの様子は少し期待外れだった。



「いいよ。そうして」


「・・・なに?」


「母は私が何されようが、殺されようが何とも思わないわ。ただ自分のことしか考えてない」


男は大きく首を捻ってハヅキの顔を見た。話のつづきを待っているようだった。


「私はどうされても別に構わない。でも、もしできるのなら頼みを聞いてくれない?」


その言葉を聞いた男の表情は情欲に狂った強姦魔のものではなかった。

そして興味深そうに言った。


「面白いことを言う娘だな。お前は今、頼みごとができる立場だと思っているのか?しかしいいだろう。望みを言え」


ハヅキはひとつ頷いてから言った。


「ふたつあるの。ひとつは母を私の目の前で殺して。もうひとつは私を殺したら私の首を切り落として、クラスメートの麻衣の家に送り届けてほしいの」


ハヅキの言葉を聞いた男はいかにも愉快そうに、大きな体を揺すって笑いだした。


「ふははは!・・いいだろうまずひとつめの望みからだ」


言うと男はハヅキの母の片目にナイフを力いっぱい突き刺した。

猿ぐつわを通して籠った悲鳴が聞こえた。

そのまま何度も、何度も、一刺しでは殺さず十分に苦しめて動かなくなるまで刺しつづけた。

ハヅキの顔や制服にも母の血しぶきが飛んだ。


惨殺を終えた男はふたたびハヅキの方に向き直った。

こころなしか血しぶきで染められたハヅキの顔は微笑んでいるようだった。


「ふたつめの望みは少し変更させてもらう。犯して殺すのはその麻衣という娘にする」


ハヅキは少し怪訝な表情をした。


「どういうことなの?」


男は答えた。


「俺はお前が気に入った。お前は俺と同類だ。俺と共に来るんだよ。お前に新しい世界を見せてやる」


男はハヅキに右手を伸ばした。


「俺は魔淵(マブチ)だ。お前の名は?」


ハヅキも右手を伸ばし男の手を掴んだ。


「私はハヅキ・・・刃月(ハヅキ)よ」


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