転生の目的は?
「ああもう、この看板見ろよ。腹立つよなあ」
翌日の朝。大津の安ホテルをチェックアウトした藤太と姫香は三井寺に居た。
藤太が憤慨しているのは三井の晩鐘として有名な、三井寺初代の釣り鐘に掲げられた看板である。
そこには『弁慶の引き摺り鐘』と記されていた。
「この鐘を三井寺に寄贈したのはこの俺だよ。もともとはムカデ退治の礼に琵琶湖の竜神から貰ったものだ。弁慶の馬鹿はそれを盗んで引き摺りまわして傷だらけにしただけだ。なのになんで寄贈した俺の名じゃなく、盗人の弁慶の名が誇らしげに書かれてるんだよ。寺に抗議してやらなきゃならんな」
「藤太君、腹が立つのはわかるけど、1000年以上もたってから俵藤太にクレームつけられてもお寺が困るだけよ。それに今はあまり目立つことしないほうがいいよ。間違いはいずれ改まるから今は我慢しようね」
姫香が藤太をたしなめた。
寺を出て、まだ腹の虫が収まらない藤太と姫香の前方を、笠を被ったひとりの托鉢僧が歩いていた。
「ん?あの坊主・・・姫香、ちょっと待っててくれ」
藤太は小走りで托鉢僧に追いついて声をかけた。
「おい坊主。お前、狸だろ」
笠を上げてぎょっとした顔をした托鉢僧が振り返った。
「な、なにを申されるかな。拙僧に何か御用か?」
「ふざけるな。お前こそ俺たちをこそこそ伺ってなんのつもりだ、狸」
托鉢僧の顔はあきらかに怯えている。
「た、俵藤太。。あんた確か霊視は出来ないはずでは。。」
「保久みたいな霊視は出来ないがな、お前程度のヘタクソな変化くらいは見破れるんだよ。俺は経験豊富だからな」
狸と呼ばれた托鉢僧は土下座せんばかりに身を屈めて、藤太に懇願を始めた。
「すまん。あんたが帰って来たことは、市中の物怪たちの間で大変な噂になっているんだ。それで様子を伺っていた。頼むから俺たちを殺さないでくれ」
「なんだ、そんなこと心配していたのか?お前らみたいな小物をいちいち殺したりしないよ」
「本当か?昔は見つけ次第、片っ端から殺して回っていたと聞くが」
「若気の至りだ。今はそれどころじゃないんだよ。それよりお前にちょっと聞きたいことがある。そこの茶店で団子でも食いながら話そう」
狸坊主はようやく少し安堵した表情になった。
3人は甘味処と書かれた店に入り、団子を注文した。
団子と茶が運ばれてくると、ずいぶんリラックスした狸坊主が口を開いた。
「俵藤太と竜王姫と3人で団子を食ってるところを仲間が見たらビックリするだろうな。末代までの語り草だが、信じてもらえるかどうか」
それを聞いて姫香はクスクス笑っている。藤太も失笑しながら言った。
「いちいち大袈裟な奴だな。そんなことよりお前に聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「いやね、この転生ってやつは厄介なことに、転生直前の記憶が無くなるんだ。俺が転生するのには何か目的があったはずだ。今、おそらく妖魔の世界になにか変わったことが起こっているんじゃないか?」
団子を頬張りながら狸坊主は少し思案顔になり、そして語り始めた。
「ここ十数年のあいだで変わったことといえば、妖魔界もずいぶんとグローバル化しましてね、国内にも外国からやってきた妖魔が目立つようになってきました」
「なるほど。それで?」
「私たち土着の妖魔はあまり目立たぬよう、人間と共存できる方向で掟を守って生きているんですが、奴らにはそういうルールが無い。だんだんでかい面するようになってまして、悪さをするんです。そうなると人間たちのお上も黙っちゃいない。妖魔専門の特務機関が設立されまして魔を狩り始めた。しかし人間たちには妖魔の区別がつかないから、結局狩られるのは我々なんですよ。たいへん困っています」
話を聞いて、藤太の疑問はかなり解けてきたように思えた。
「そうか。するとおそらくは俺が転生した目的は、外国からの妖魔勢力の取り締まりだな。将来的にお前ら土着の妖魔や人間たちと共存できるか否かも見定めなきゃならんな。安心しろ。俺が帰って来たからには奴らに勝手な真似はさせないよ」
「本当に?俵藤太がそれを引き受けてくれるというなら安心だ。よろしくお願いします」
店を出て狸坊主と別れた2人は近くの駅から列車に乗り帰路についた。
「藤太君、さっきのお坊さん、すごく安心していたけど、俵藤太の強さに対する評価って彼らの間でもすごく高いみたいね」
「そりゃもう、圧倒的強さだったからね。日本の妖怪変化の類で俵藤太に歯向かおうなんて奴、もう居ないだろうな」
「だから今度は俵藤太の強さを知らない、外国の妖魔たちを取り締まるのが仕事なわけね。それでこれからどうするの?」
「それなんだよな・・・」
藤太は少し思案して言った。
「さっきも言ったように、俺には転生直前の記憶が無い。それは分かっていたことだから、転生直前の俺は何かメッセージを残したはずなんだ。おそらくこれがそのひとつ」
藤太はスマートフォンで『瀬田の唐橋に行け』というTomyと名乗る人物のコメントを姫香に見せた。
「このTomyという奴は、おそらく転生直前の藤太のメッセンジャーだ。次のメッセージを待ってみるよ。それで何かが動き出すと思う」
その日の午後。
姫香と別れて一人暮らしのアパートに戻った藤太は、ノートパソコンを開いてSNSサイトにアクセスした。
ようやく待っていたTomyからのメッセージがあった。
それはこう書かれていた。
『保久がピンチだ。**台第五住宅に行け』
**台第五住宅は藤太の住むアパートからそう遠くはない。
あわてて部屋を飛び出すと藤太は自転車に飛び乗った。
・・・保久、すぐ行くぞ待ってろよ!




