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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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24. 物語の結末

> ハルト さん、魔法の昔話の世界にようこそ! あなたはこの世界の中では【鏡】となります。世の中の全てを知り、その知識を人に乞われ、与える、あの鏡です。


> 魔法の鏡のように、あなたもこの世界の全てを知ることができます。あなたの特殊能力は、他のプレイヤーの情報を手に入れることです。鏡は世界を見渡し、出会った相手について知ることができます。それを別の誰かに教えることもできます。


> 但し、嘘をつくことだけは決してできません。


> 世界を知ることのできる【鏡】にとって、物語は思いのままです。あなたはどんな物語を望みますか?


> 【鏡】にとってのハッピーエンドは「【白雪姫】の死体と【王子】の婚姻」と設定されました。あなたの望む結末のために力を振るって下さい。


> あなたの物語に幸多からんことを!


***


 ドゴォオ!!


「な、何スか!?」


 重苦しい静寂を割って、何かが扉にぶつかる音がした。分厚い木の扉を破城槌で叩き壊そうとするような音。ドォン! ドォン!! 音は複数回に渡って繰り返される。


「出ましょう! そこの脇です、別の扉が」


 ミグゥの指示に従い、全員が勝手口のような小さなドアに向かって走った。


「ツラ見せぇやオラァ! この辺おんのは分かってんねんで残りのネズ公どもォ!」


 間一髪、廊下に出た瞬間だった。破られた正面の扉から鬼のような形相のカナがツインテールを振り乱し飛び込んできた。即座に重いはずの彫像を投げ飛ばし、花瓶もろとも粉々に砕く。


「ってか、あの扉素手で割ったんスか!?」


 廊下は、いやこの棟全体がとんでもない惨状になっていた。壁は砕かれ柱は折られ、最早倒壊せずにいるのが不思議なほどに壊され尽くしている。


「もしかして……他のプレイヤーは狩り尽くしたのか!?」

「屋外に出ましょう、いつ押し潰されるか分かりません」


 物を破壊しながら「誰か」を……明らかに自分達を捜索するカナに気づかれないよう、ひそひそと言葉を交わしてその場を離れる。死角に入るや否や全力ダッシュし、廊下の端から外に出た。


 四方を対称な建物に囲まれた中庭だった。その美しさを味わう余裕もない。潅木に隠れることに意味はあるだろうかとミグゥは考え、木ごと吹っ飛ばされて終わりだな、と即座に却下する。それなのに。


「何してるんですか!?」


 緑頭巾の少年の片方が茂みに身を隠した。


「だから言ったじゃん、敵キャラにぶつけないと蘇生が作動しないんだって」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりの口調に眩暈がした。


「【女王】が全滅したから【白雪姫】の敵対クラスタってカナさんしか残ってないんだよ」

「は!? ……馬鹿なの!?」

「そうですね、ユウヤさんは馬鹿なんだと思いますよ」


 ハルトの方が驚いて目を見開く。ミグゥは半目で頷いた。


「ミグゥ、ユニークスキルかけてよ。【白雪姫】が蘇生したらミグゥもゲームクリアになるよね?」

「っ止めろよ! そんなことしたら僕がミグゥを殺す!」

「……それ、マイルール違反じゃないの」


 淡々とした指摘にカッと頭が煮えた。おもむろに大声を出す。


「ああそうだよ、自分ではやらない。 カナさん! こっちです!!」


 しっかりと聞こえたようだ。破壊の騒音がこちらに向かって近づいてくる。ユウヤ以外の3人も慌てて身を隠した。去り様、ちらりとユウヤを見て、ハルトは命令した。


「死ぬなよ」

「? そりゃ、蘇生スキル使うまでは死なないけど」

「使うな。使っても死ぬな。残ってる【白雪姫】はひとりだけなんだ」


 同じく植え込みに隠れながらセイジが泣いた。


「じゃあ何でモンスター召喚したんスかあ……」


 斜め向かいの棟に入る方が安全だ。だが、間に合うまい。全員が中庭に潜むことになった。


 自らが立てた粉塵の中からゆらりとカナの姿が現れた。


「どこ行きよったんや下種……大人しゅうせい……」


 ドスのきいた低音で呟く様子はどこぞの組の姐御といった風情だが、ミニスカートにツインテールという外見がこの上なくその印象を捻じ曲げる。気の狂ったアイドル崩れとでもいったところか。長身から放たれる気迫は鳥肌が立つほどだった。


 殺されるかも知れない。ってゲームの中で殺されたところでログアウトしてしまえばその後には何の影響も出ないのに。そう必死に言い聞かせたところで、ハルトはカナに対して怯える自分を誤魔化すことができなかった。



 ユウヤ

 《イノシシ》 Lv 49

 ライフ 382/450

 攻撃力 336

 防御力 475

 魔法力 150/150

 装備品 短剣

 スキル 俊足 明 分解 社交 修繕

 ユニークスキル 獣の臓腑:使用できません


 ミグゥ

 《ランプ》 Lv 72

 ライフ 530/700

 攻撃力 427

 防御力 641

 魔法力 442/450

 装備品 青竜刀 短剣

 スキル 水(IV) 剛力 修復 分解

 ユニークスキル 灯し火(β)


 セイジ

 《ガラスの棺》 Lv 41

 ライフ 270/400

 攻撃力 237

 防御力 242

 魔法力 158/200

 装備品 短剣 ペンデュラム

 スキル 俊足 暗(II) 視力強化

 ユニークスキル 安らぎの眠り(β)


 カナ

 《ナイフ》 Lv 100

 ライフ 782/999

 攻撃力 999

 防御力 999

 魔法力 250/250

 装備品 鋼鉄のブーツ 籠手

 スキル 俊足 雷(III) 剛力(V) 威嚇 心肺強化

 ユニークスキル 反逆の刃


 ハルト

 《鏡》 Lv 81

 ライフ 602/800

 攻撃力 565

 防御力 712

 魔法力 705/805

 装備品 鉄丈 ボウガン 鞭 スコーピオン 鉈 盾

 スキル 俊足 雷(V) 火(IV) 水(IV) 暗(III) 疲労軽減 心肺強化

 ユニークスキル 叡智の鏡



「どこや言うてんねん、出て来んかいおらアアア!!」


 痺れを切らしたカナが怒鳴り、壁に蹴りをくれる。頑丈な石壁を造作もなく破壊するその脚力はどう見ても人間の範疇を超えていた。


「うそおっ!?」


 それを見て驚愕の声を上げたのは、外見上は最も強健そうな柔道着の男。数字の上ではむしろこの場にいる中で最弱であるのがハルトには見て取れる。ステータスに精神力という項目はない。だが、これは脳がプレイするゲームだ。己を律する力の弱さこそが、ステータスに表れているとも言えた。


 その理屈で言うなれば、おそらく全プレイヤーの中で最も強靭な精神の持ち主がカナだったのだろう。


 カナの体がゆっくりとそちらを向く。声を上げたセイジ、その隠れ場所の数歩手前。カナの拳が閃く。


「ヒィイ!?」


 潅木は根元から吹き飛び、煽りを食らって眼がやられたらしいセイジが地面を転がった。


「っちょ、刺さった、刺さってる!」


 間抜けな悲鳴を上げながら小枝を引き抜き、ポーションを傷口にかけようとする。カナはそれも許さない。軽く撫でる程度の脚捌きで瓶を蹴り飛ばし、ついでセイジ自身も蹴った。


「あがぁ!」


 数歩分離れた位置に吹っ飛んだセイジが体をくの字に折って呻く。カナは半目で見下ろした。


「何や自分、しょっぼいなあ。そんなんでよう生き残っとったな」

「……それはアキラが助けてやってたからだ」


 こっそりと呟く。この点だけはユウヤの推理が外れていた。無論ハルトのシナリオにとって好都合というのも一部事実ではある。だが最大の理由は、アキラがこの単純な男を気に入っていたからなのだ。「仲良しのせーじ君」と遊ぶのをアキラは毎日楽しみにしていた。


(精神年齢が近いって言ってしまえばそれまでだけどね)


 ハルト自身としてはあまり好んで親しくしたいタイプではない。アキラにセイジの相手を任せていたのも、自分でやりたくなかったからというのが大きい。頭の悪い奴は嫌いだ。


 カナが足を上げ、セイジの頭部を踏みつけた。


「〈水撃・刃〉……ちょっと、嘘でしょ!?」


 ミグゥの魔法攻撃は、確かにカナをセイジの上からどかすことはできた。鋭い水流に押され、カナの長身が数歩後ずさる。但し数歩だけだった。カナが水流を白刃取りして止めたからだ。


「……ミグゥが教えてくれたんじゃん。脳がイメージした通りにアバターは動くって。理論上は際限なく強くなれるんだって。カナさん、何かその辺ぶっちぎっちゃってるんだよ」


 受け止めた水の刃を、カナが地面に向かって力任せに投げ捨てる。水流は勢いのままに土を抉り、バシャンと崩れてぬかるんだ溝を作った。


「お色気ねーちゃんか? 出て()ィや、まとめて殺ったるわ」


 拾った小石を投げつける。ミグゥの背後の石壁に穴が開いた。


「その通りですね……。殺られないイメージが欠片も見えません」

「諦めんのはナシやで? おもんないやん人形殴ったかて」


 挑発的に唇の端を持ち上げ、ニイ、と笑うカナ。やはり根っからの戦闘体質なのだ。サンドバッグになるつもりはないという証に、ミグゥは無言のまま短刀を取り出した。


 ゴギイン!! と金属同士のぶつかる音がした。手刀を打ち込まれたミグゥは斜めに力を流してすぐさま反撃に移る。逆袈裟に切り上げた短刀をカナは半身になってかわした。その体勢から滑らかに蹴りが放たれる。ミグゥが大きく横に跳び退った。息をつく間もない攻防、この間コンマ3秒。


 ミグゥがカナに斬りかかる。カナは素手でそれを受け止めた。気迫の白刃取り。力勝負で勝てないことを察したミグゥはすぐに柄から手を離し、カナから距離を取った。


「何や乗って()おへんのか」

「…………」


 短刀を放り捨てるカナ。対するミグゥは無言だった。不敵な笑顔のカナを見据えたまま、黙って次の武器を取り出す。先程よりも長く細い刀、先を潰した青竜刀。


「へえ、ええやんそれ」

「恐縮です」


 上段に構えた刀をカナに向かって打ち下ろす。一見、簡単にかわされるストレートすぎる攻撃だった。しかし刀は、そこから横にスライドしたカナを追って直角に軌道を変えた。流石にぎょっとしたカナは強く地面を蹴り、這うような低さで後方にとんぼを切る。


 すかさず追いすがろうとしたミグゥにカナが低い位置から足払いをかけた。その足に向かって刃先を突き立て様、ミグゥはその刃を支点にして飛び上がる。刃先は髪一筋の隙間を残してカナではなく地面に刺さっていた。カナは回転の勢いのまま転がって体を起こした。両者再び睨み合う。


「ミグゥの馬鹿……この期に及んでまだ殺すのがどうとか」


 ユウヤがぽそりと漏らした不満を、ハルトだけが聞いた。


 次第に攻撃を見切られ始めたミグゥに焦りが滲む。呼吸が乱れた。脚の腱を狙って低く斬り込んだ刃先が、ブーツの底に捉えられる。空いた足がその峰に向かって蹴り上げられた。思ったよりも軽い音がして、細い刀身は二つに折れた。その衝撃をもろに食らい、ミグゥの体が地面に投げ出される。


「っぐ!」


 背中をしたたかに打ちつけ、絶息する。痺れた手首を庇って立ち上がろうとするものの既に遅い。素早く近寄ったブーツの爪先が腹にめり込んだ。


「がぁっ」


 痛みに涙が滲む。激しく咳き込むミグゥに、しかしとどめは訪れなかった。カナがつまらなそうに片手を振っている。造作もなく叩き落すのは小さな礫。


「自分らようもこんなアホなことできんなぁ、しょぼすぎて笑けてまうわ」

「自分でもそう思います」

「遠距離攻撃持ってないんス!」


 セイジとユウヤが、崩れた建物の残骸を投擲しているのだった。だが実際のところ、それは足止めにすらなっていない。


 カナは礫を紙くずのように叩き落としながら、姿を現したユウヤの方に向かって足を進め始めた。


「っまずい……ユウヤさん……!」


 助けなければ、と焦るのは心ばかりで、力を失った体は僅かも動かない。画面上のゲームならアバターが死にかけていても現実の手が道具コマンドを操作して回復薬を使うだろう。なまじVRなだけに、アバターの手が動かないことには道具も取り出せない。


 カナが明らかな射程圏内に入り、ユウヤは投擲をやめた。再び逃げ出そうと構えるユウヤ、追うために肉食獣のようなタメを脚に込めるカナ。


「あ゛ァッ!?」


 そこに閃光が走った。的確に眼を抉られ、さしものカナも顔を庇ってたたらを踏む。腕を引かれたユウヤは驚いてその相手を見た。


「……直接手を出すのはしないんじゃなかったの」

「優先順位の問題だ、馬鹿! お前が死んだら詰みだって言ったじゃないか!」

「ありがとう、って言っとくべき?」


 いらねえよ、と吐き捨ててハルトが手を離した。


「……そう言えば、ふたりおったんやったな」


 早々に目潰しから復活したカナが目を眇めて睨んでいた。全く同じ人物がふたり。いや正確には、同じ見た目のプレイヤーがふたり、である。


 カナがハルトに踊りかかる。高速で繰り出される拳をどうにか受け流すのがハルトには精一杯だった。潤沢な魔力も使う余裕がない。防御力のお陰でかろうじてもっているものの、何発かは既にもろに食らってしまった。


 ユウヤには、自分と同じ外見のこのプレイヤーに対する思い入れなどない。迷わず倒れたミグゥの方に走り寄り、いつかと同様にポーションをぶちまけた。


「僕さー」

「……?」


 ぽつりと語り出したユウヤに、ミグゥは傷を庇いながら訝しげな視線を向ける。


「最初の頃、ミグゥはひょっとしたら僕と同類(ナカマ)なんじゃないかって期待してたんだけど」

「……違いました、ね。私はユウヤさんほどじゃありません」

「うん。ミグゥの方が不器用だったね」


 未だにカナを真剣で攻撃することができずにいるミグゥ。やろうと思えば、きっとこの中で唯一カナにまともに抵抗できるだけの戦闘力があるのに。


 言葉を交わした仲だから?

 見た目が人間だから?

 相手の痛みを想像してしまうから?


「下手くそだなー……。ゲームはゲームなのに」

「ユウヤさんが器用に割り切りすぎなんです」

「すっぱり割り切らないと現実逃避なんてできないよ?」


 それからユウヤは立ち上がる。崩れた建物に近づき、手ごろな礫を探した。馬鹿の一つ覚えと言わば言え。飛び道具を持たず殴り合いにも弱いユウヤにできることはこれくらいしかないのだ。適当な大きさの瓦礫を見繕い、狙いを定める。


 ハルトを殴ることに集中しているはずのカナは、飛来したそれを難なく受け止めた。それくらいは予想済みだ。ユウヤは休まず投げ続けた。投げた瓦礫はひとつ残らずただの蝿のようにあしらわれる。しかし叩き落とすその一瞬だけ、ハルトへの殴打は止む。


 ハルトは慌てて横跳びに逃れ、〈雷撃〉を放つ。


「何で助けたんだよ!?」

「だってミグゥが、ふたり同時じゃないとスキル使ってくれそうにないから」


 ミグゥがふらふらと立ち上がる。激痛を堪えているのが明らかな青い顔だった。


 ユウヤにぐっと腕を引き寄せられたハルトは抵抗する間もなく、ミグゥの前にふたり並び立つ格好になった。重ねた白い両手のひらがふたりを向いた。


「だっ、だから、それは止めろって……!」

「いつまでもコドモに虚仮にされてられないんですよ……〈灯し火〉」


 緑色の光がミグゥの手から放たれる。光がふたりを貫いたのを見届け、それで力尽きたというように、ミグゥの体はぐにゃりと地面にへたり込んだ。


「ッるぁアアア!!」

「うっわ!」

「あぐっ!」


 カナの長い脚が怒号と共に旋回した。ふたりの少年の体が勢い良く吹っ飛び、散り散りになる。


「ええ加減にせえや……チカチカ目くらましばっかり使いよってからに。真っ向から来んかいこのへたれども、殴り潰したるわ!!」


 どちらがどちらなのか分からない。どちらでも同じことだ、どうせ全員殺すのだから。カナは近くにいる方に歩み寄った。ヒッと短く息を吸い、灰色の服が後ずさる。手刀で頭巾が飛んだ。額が切れて血が伝う。続けて繰り出した掌底付きを交差した両手が受け止める。べぐっと骨の砕ける音がして、流しきれなかった力に少年の靴底が地面を擦った。


 膝をついた相手にとどめをさしてやろうとカナは足を持ち上げた。その時、もう片方の足に妙に熱い重さを感じた。不快な熱。それは人の体温だった。


「……男に抱きつかれる趣味はないねん」


 離れぇや、と目顔で命じる。凶悪な視線に、確かにその男の全身が硬直するのを感じた。だが、恐怖に冷たい汗を流し震えながらも、柔道着の男はしがみついた体を離そうとはしない。みっともなく裏返った涙声でセイジは叫んだ。


「もうどっちでもいいから、終わらせて下さいっス! ほらはやくうう」


 ダメ、と叫んだのは「誰」だったのか。緑と白の光はふたりの少年の手から同時に放たれた。


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