ケイラス・イル・コルハート【職業:山賊見習い】 幻惑の魔法
選魔の儀が終わると、俺だけアードヴェグに留まるよう言われた。
陰魔法は特殊な魔法で、儀式による継承ができないそうなので口伝で伝えるらしい。
大系属性魔法は、儀式の主である魔法使いが使用できる魔法であれば、その知識は選魔の儀によって自動的に継承するそうだ。覚えた魔法を使えるかどうかはその適正にもよるが。
手のひらの魔法陣がその適正を表したもので、特殊な目──選魔の儀ができる者であれば大体使える水魔法の1種で見ることができる魔法陣の重なり方で判別する。
水魔法の5段魔法陣を持つなら、選魔の儀の後知識さえあれば5段階の水魔法が使える──といった感じだ。
ちなみに魔法の段階は難易度や希少性から判別された10段階まであり、賢者であるアードヴェグは水魔法の10段階と大系属性魔法全ての7段階まで使用できるそうなので、そこまでの知識は適正のある子供たちに与えられている。
選魔の儀によって手のひらに刻まれる魔法陣はその人物が最も得意とする属性のものが現れるそうで、それ以外の属性の魔法は絶対に使えないというわけではないらしい。
現に俺は直感的に火魔法と風魔法のいくつかを知識として得ていた。
命名規則に則るなら第3の名はイルではなくエルやヴァンでもいいのだが、オーニール曰くよっぽど天の邪鬼な性根をしてない限り手のひらの魔法陣に合わせて名乗るそうな。
と、そこであることが気になりオーニールに聞いてみる。
「オーニールさんよ、アードヴェグ……さまのウルってなんなんだ?」
アードヴェグは水魔法を極めているから通常ならウィンの名を名乗るはずである。そうでなくとも第3の名の候補にウルなんてものはない。
オーニールは自分の先生を自慢することが大好きですとばかりにドヤ顔をかまし教えてくれた。アードヴェグはさっき教科書を取りにいくと言って出て行ったのでこの場にはいない。
「ウルって言うのはね、氷天属性魔法を使える者が名乗る名前なんだ。氷天属性っていうのは古代魔法の1種でね。はるか昔に水魔法と陽魔法を極めたウルクニドって言う女性の勇者が使っていた魔法のことだよ!! 先生はその魔法を使うことができるんだ!!!」
マシンガントークと言うのはこれ、とばかりに途切れない話が続く。大体アードヴェグの自慢話だったので割愛するが、氷天属性魔法は天気を操れる魔法で、隠れ家の周囲を幻の霧で覆って見つけづらくしているのもアードヴェグの仕業らしい。
重要な情報はそれくらいだったのでそのままアードヴェグが戻るまで自慢話を聞くことにした。
大体15分くらい経ったところでアードヴェグが3冊の本を持ち戻ってくる。
「なんじゃオーニール。まだいたのか。」
「私も陰魔法が使えますから残ってケイラスくんに教えたほうが良いのではないのでしょうか!」
「本音はなんじゃ」
「ついでに教えてください!」
あまりにはっきりした物言いにジト目でオーニールを見る。アードヴェグも同様。
「特に新しい魔法とかはないぞ。お前に教えた分が全てじゃ。まあ、仕事もないからいいじゃろう」
「ありがとうございます!!ではお茶とお菓子を入れてきますね!!」
「この前の略奪品においしそうなクッキーがあったはずじゃ。あれ持って来い」
この爺さん甘党か……?
とか考えてたら本の1冊を渡された。こちらの世界の言葉で『陰陽術』と書かれている。
国家機密的なことが隅に書いてあるが見なかったことにしよう。
同じ物を持ったアードヴェグが話を始める。
もう1冊も同じ物であるようだ。もしかしてこの爺さんオーニールが残って教えを乞うのを予測していたのか?
「これは遥か東の島国。そこにおる陰陽師と呼ばれる魔法使いに伝わる陰と陽の魔法について記された魔道書じゃ。陰と陽の魔法は世界各地にある国家や魔道の一門、遺跡などにこういった書の形で遺さておる。文化や文明が違う場所では内容も大きく異なっておってな。デュンヘン王国内の魔道書は教えるにはまだ難しいから簡単な物から教えていくとしよう」
黙って頷くとアードヴェグが若干不機嫌な顔になった。なんだ? 俺は何かやってはいけないことでもやったか?
「ワシは無為に騒ぐガキは殺したいほど嫌いじゃが敬意を持ち知識に貪欲な者は好む」
「つまりどんどん喋っていいってことだよケイラスくん」
お茶とお菓子を持ってオーニールが戻ってきた。どうやら俺が返事をしなかったのが気に入らなかったらしい。事前に勝手に喋ると殺すとか言われてたから萎縮してしまっていたようだ。この爺さんに?
ううむ……さっきから得体の知れない寒気みたいなものも感じる。どうやら俺はこの爺さんにビビってしまっているようだ。
毒島健太として死線はくぐり抜けてきたことはあったが、こんな不気味な感じは初めてだ。多分今はまだ絶対的な力量差がある。だが戦う前から諦める俺ではない。いつかこの爺さんをぶっ潰す。
日本最強の族として──元族としてこの世界でも最強を目指すのだ。
「わかったよ……わかりましたアードヴェグ様」
お菓子と返事に満足したようで大きく頷いくアードヴェグ。
今は下手に行こう。俺は無策で噛み付く狂犬でも力量差がわからないバカでもない。勝てないなら勝てるまで鍛える。それが俺の信条だ。
迂闊に機嫌を損ねて殺されては未来はないからな。
「では始めるとしよう。陰魔法の1段階目。初歩の初歩である幻惑の魔法からじゃ。大系属性魔法は一度使用するか継承されれば手のひらの魔法陣に記録され、以降は呪文と魔力の操作方法さえ覚えれば最低限使えるようになるが、陰と陽はその限りではない。これは後で教えるとしよう。幻惑の魔法じゃが、本に書いてある『対象に向けて霧を被せる様に』イメージして呪文を唱えよ。そうじゃな……オーニールに使ってみるがいい」
「え、ちょっ私にですか!?」
すまんオーニール実験台になれ。呪文を覚えてオーニールに右手の平を向ける。
霧を被せる霧を被せる……プロレスの毒霧攻撃みたいな感じか?
「『迷い惑え幻魔の霧よ。幻霧』」
手のひらから毒々しい緑色をした霧が出現。オーニールの体を包むと生きているかのようにワシャワシャしだした。
「おおすご……なんだこれすごっ……!? すごく目が痛い!! いだだだだだ!?」
「ほお、陰魔法の派生法。属性の付与まで無意識に行ったか」
「属性の付与?」
「陰魔法は非常に応用が効く魔法でな。イメージ次第で通常の効果とは別の効果を付与することができる。有名所じゃと音を拡散する魔法を改造した、音を集束させて放つ魔法を応用した通信魔法なんかが作られているぞ。そこそこ強力な魔力を持つ必要があるはずじゃがお主は子供にしてはかなり強力な魔力を持つようじゃな」
「そ、それは後にして助けてください先生!! 目が痛い前が見えないいいいいいいい」
アードヴェグが話終わると霧が晴れた。持続時間は短いらしい。
これでイメージするだけで魔法が使えるようになったのだろうか、手をオーニールにかざしてもう一度イメージしてみる。
しかし霧は発生しなかった。
「それが陰魔法が選魔の儀で継承できない理由である。陰や陽の魔法は全て魔法陣に記録されない。よって『魔法陣に記録された魔法を継承する儀式』では知識を与えることはできず、口伝やこのような本の形で残すしかないのじゃ」
目を抑えながら転げまわっているオーニールをよそに、淡々とアードヴェグが続ける。
……回復魔法とかはないのだろうか。
「あるが使わん。自分でやるがいい」
「うう……薄情です先生。唯一の弟子なのですからもう少し優しくしてくれても……」
「お主は甘やかすとすぐつけあがる」
騒ぐと子供でも殺すアードヴェグに対してかなりズケズケとした物言いをできるオーニールは結構な大物なのかバカなのか、判別し辛いところだ。これも一種の師弟愛……なのか?
「さて1段階目の陰魔法はまだまだある。今日は1日授業じゃ。しばらくの間仕事は別の子供に任せ、お主は毎日ここに来い」
「毎日ですか? バルドデアス……様が怒るのでは?」
「あやつはまだ3月ほど帰らぬ。それに陰魔法の適正を持つものはこの一団にはワシ含めて3人しかおらぬ。4人目であるお主の有用性を示せば、あやつも多少は息子として扱ってくれるかもしれぬぞ」
もしかしてこの爺さん俺を哀れんでいるのか? 子供を薬にする異常性もあるがまともな部分もあるのだろうか。
なんにしてもしばらく狩りで体を動かすことができなくなりそうだ。筋トレは余念無くやっておこう。
あとはモチベーションが上がるかどうかだ。
なんせ 俺は 勉強が 嫌いだ。
『残り時間は17508時間です』