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謀略  作者: 逍遙軒
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蛇沼合戦

 今もそうである。隆盛の時代であれば豊田三十三郷、幸嶋十三郷の領主と云われた大豊田家が、次第に領地を近隣勢力に削り取られ、今では豊田の地と飯沼郷の一部を領するのみになっている。

 このままでは何れじり貧となり滅亡するのは目に見えた事ではないか。

 現に北からの脅威である多賀谷が戦支度をしていると言うのに、この欲の少ない主をどうにかして動かしたいと思っていた。

「とにかく今は多賀谷に対して備えをせねばなりませぬ。昨年は台豊田の赤須七郎の殿の手を煩わせてこの地に仕掛けを施しましたので、あとは兵糧米の調達と小田殿への援軍依頼をせねばなりますまい」

「うむ、しかし小田殿は我が方に援軍を送れるであろうか」

「それは然したる事もありますまい。小田殿の勢力は今、在りし日の力にまで持ち直しておる様子でござる。昨年には土浦から出陣して藤沢の城を奪還し、いまは本城小田城を取り戻す為に出陣している真っ最中とか」

「そうか。ならば合戦が始まったら直ぐに小田殿への使者を出そう。その前に話を詰めるため、前触れの使者も遣わす事が肝要じゃな」

「御意にござる」



 治親からの使者が藤沢の小田天庵に向けて使わされてから左程日も経たない頃、領地境に放っていた物見から次々に知らせが舞い込んで来た。

 曰く、下妻の斥候が頻繁に出入りするようになった。との事だ。これは愈々軍勢を催して豊田の地に押し込んで来る前触れだ。

 治親は直ぐ様石毛の政重、西館の次郎五郎、台豊田の赤須七郎に使いを送って城を固めるよう下知している。

 合わせて藤沢の城にも急使を送り、多賀谷が押し出して来た場合は援軍を差し下してもらえるように約条も取り付けた。

「来るか」

 とは西館に居た三郎であった。

 西館の城を固めよとの次郎五郎の下知が三郎の屋敷にも使いを通して知らされたのだ。

 急ぎ戦支度を拵えると、弥平を含む家人四人を引き連れ西館の城に入った。

 しかし多賀谷の内情を知る三郎としては西館が襲われる事が無い事を確信している。このまま西館に籠り無為な日を過ごすよりはと主、次郎五郎に豊田に自分を差し下すよう談判に向かった。だが、多賀谷の間諜としての烙印は西館の中では濃かった。

「多賀谷の間者を御本家には向けられぬ」

 冷たくそう言い放たれ、空しく肩を落とすしかなかった。

 そうこうしている内に天正五年の四月、多賀谷重経は一息に豊田領を飲み込むべく、一千の軍勢を従えて行軍を開始。手始めの矢戦と称して騎馬徒歩立ちの人数凡そ三百を行軍させて来た。

 その先鋒にはあの護摩を囲んだ踊念仏で、三郎に打ち据えられて気絶した糟谷宮内少輔がいる。他にも荒巻左馬助勝経、大曾治部少輔、国田四郎衛門などが先鋒に加わる。これが潮が寄せるように豊田城に向かってやってきた。

 少々奇妙な光景は、この先鋒の中に徒歩立ちの僧形の男が二人いた事だ。多賀谷家中からは虎蔵、熊蔵と呼ばれた兄弟なのだが、じつはこれが商売金坊と渾名された者であった。

 両人ともに大数珠を右肩から下げており、青々と剃りあげた頭には鉢金を締め、白い鎧直垂の上には拵えの古い赤糸縅の腹巻を着けた装束である。

目立つことこの上ない。

 また目立つ為の道具もその手に持っている。樫でできた長さ八尺、周りが一尺程の、鉄の鋲を打ちこみ鉄環の巻き金を巻いた長大な棒がその二人の異様さを物語っていた。

 それは城門を打ち壊す為の武器なのだろう。常人であれば持重りのしそうな棒を、その僧形の二人は軽々と振り回している。

 その軍勢が豊田の北、上宿の木戸の先を囲んだのは日もようやく明けた寅の刻辺りだった。

 季節外れの風が渺茫とした空に数条の雲を曳いている。その風に煽られながら、木瓜に一文字の旗印も恐ろしい程の音を立てて靡いていた。

 両軍が上宿の木戸を挟んで睨みあう事暫し。

初夏の太陽が筑波の山塊を避けて顔を見せた頃、風が緩くなってきた。

 多賀谷に対する豊田の軍勢も二階矢倉の木戸周りに鉄砲を何丁も置き並べ、強弓こわゆみを幾張りも押し並べている。

 木戸の先にある湿地帯から引いた水掘りの水面の波が、風が治まると共に消えかけたとき、多賀谷勢から一斉に鬨の声が上がった。続いて押し太鼓が滔々と早調子で打たれると、槍衾を敷いた足軽勢が怒涛の勢いで木戸までどっと押し寄せてきた。


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