機微
「骨がどうした」
「おそらくではございますが、あの下男のものに相違ござるまい」
全洞はすぼめた唇をくるりと舐めた。
「その捨聖達の踊念仏、おそらくはあの下男の骸を葬る為の野辺送り。これは豊田でも北條寄りの者達の仕業でございましょう。それを下妻の城下までやって来て踊念仏に見立てて護摩を焚くなどとは、余程の念の入り様」
「豊田を固めてしまったな」
「面目次第もございませぬ」
「してどうする」
「このままでは豊田の士気が高まる恐れありまする。これを挫く為には年明け早々に豊田に攻め入らねばなるまいかと」
「ならば手筈は全て全洞に任せよう。やってみよ」
それから暫くして下妻の城が騒がしくなった。
合戦準備の為に兵糧米や武具などの買い付けや製造が始まったのだ。もちろんここ数カ月の間に細々とは続けられていたが、それは来年五月に向けての事。そうそう備蓄がある訳でもない。
また、重経の提案で百に一つも可能性がある訳でもなかったが、豊田勢の侵攻に考慮して城の補修や増築まで開始された。
この土木工事が災いしたのか、全洞の腹の内では正月中には豊田攻めをと思っていたものが、遅れに遅れて四月を迎える事になっていた。
「そろそろ、にござるな」
とは飯見大膳である。豊田城の主殿広間で主治親と差し向かいで話し合っていた。
梅桃桜の、花の盛りも終わりかけ、朝霜に凍える季節を筑波からの東風が拭い去って行く季節となっている。
再び燕がぽつりぽつりと現れ出した。豊田城の軒先にまで燕が巣を作っている。
いつだったか、家臣達はこれを穢しとして取り外そうとした事があったが、治親が残すよう命じた事があった。
甲斐甲斐しく子に餌を与える燕の双親を見て、無体な事をするなと嗜めたのだ。
燕如きにさえ気を配る我が主の徳の高さよと家臣達はほめそやした事があるが、はたして坊主でもない地方の一領主のその優しさは、今後どう現れるのだろうか。
「多賀谷じゃな」
「左様にございます。昨年からの噂通りに戦支度を整え、もはや出陣の下知を待つばかりとか」
二人の座る広間脇の濡れ縁に、燕が横切って行った。
その姿を見る治親の目は優しげであった。
「そうか。して、その後あの西館の使い番は如何した」
「三郎でござるな。あやつはそのまま多賀谷の間諜として働かせております。とはいえ使い番の仕事は召し上げましたので、今は西館で詰めておりますが」
大膳は一度言葉を区切って初夏の青空を飛び回る燕の姿を目で追った。
「反間も便利なものでござる。多賀谷の知らせが手に取るようにございます」
大膳と同じように治親も空を見上げていた。何処までも蒼い空にぽつりと浮ぶ雲がゆっくりと流れている。
「戦支度が終わった事も、その使い番からの知らせか」
「さようにございます。本来ならば年明け早々には攻め寄せる算段でもあったとか」
治親は笑っていた。
「怖いのぅ。領地を広げる事しか頭にない多賀谷め、いつものように追い返してくれよう」
「しかし殿、我が豊田もゆくゆくは領地を広げる事を考えねば何れ憂き目を見ぬとも限りませぬぞ」
「大膳、儂はこの豊田が好きじゃ。でき得る事なら豊田の地を荒らされたくはない」
治親は、もし、と言った。
「我が身が軍を引き連れて他領を攻める事にもなれば領民にかかる負荷も大きくなろう。それで勝てば良し。じゃが、負ければ我が身はおろか家臣領民全てに累が及ぶ。それには耐えられぬよ」
大膳は治親を嫌いではなかった。幼い頃から傍に仕え、竹馬の友程の交友のある主なのだ。
だが、この時勢を読めぬ治親を歯痒く思う事が幾度もあった。




