山賊
「なんじゃ」
「お前と儂はそこからは舞台を見ぬよ。こっちじゃ」
そう言って踵を返した悪衛門は、幔幕を張り巡らせた舞台入口を大きく迂回して鬼怒川河川敷の砂利を踏みながらその裏側に回り込んで行った。
「何なのじゃ」
独りぶつぶつと文句を言いながらも悪衛門に付いて行った三郎は、舞台裏に辿り着いた所で度肝を抜かれた。
そこにはどう見ても風体宜しからぬ盗賊のような輩が三十人程だろうか、屯しているのだ。
「悪衛門、なんじゃこの連中は」
「だから言っただろう、これから次郎政重殿を襲うのよ」
「本気か!?」
悪衛門は三郎に背を向けると、その風体怪しき連中の長と思しき男に声をかけた。
その男の身形は何の動物か分からぬが毛皮を左右半分づつ縫い合わせた裃を纏い、山伏のような白い括り袴を履いている。足元は草鞋で拵えてあり脛には脚絆が巻かれていた。在り合わせの物を取りあえず着て来た様な雰囲気でもある。
「石毛(重政)殿は今どの辺りをうろついておる?」
毛皮の裃男は一度悪衛門に頭を垂れた。
「ほれそこ、目と鼻の先の刀の鍔屋あたりまで来てござっしゃる」
「そうか。あの珍し物好きな御仁じゃ、どうせこの白拍子も舞にもやってくるじゃろう。まぁそこにかからずとも仕掛けはたんと用意しておるがの」
「では我らは石毛殿が舞台の升に入った所で幔幕三方向から切り入れば良いのだな」
「ああ、そうじゃ。なるべく事を大きく見せるように直ぐには仕留めるなよ」
「任せておけ」
そう言うと盗賊のような連中が舞の舞台を囲む幔幕の周りの人ごみに溶けて行った。
これに驚いていた三郎に対して悪衛門がにこりと似合わぬ笑みを見せてきた。
「なんじゃ気持ち悪い」
「気持ち悪いとは酷いものじゃ。これからお主が西館の城に戻れるようにしてやろうと云うのに」
「なんと!?」
驚く三郎を尻目に、腰にぶら下げていた煙草入れから煙管と刻み煙草を取り出した悪衛門。
「お、お主ここでもそれをやるのか」
「ああ、好きだからな」
襤褸小屋の上がり框だけで煙管を咥えるとばかり思っていたが、携帯用の煙管入れまで持っている悪衛門は余程煙草が好きなようだと三郎は呆れる思いでもあった。
ぷかり、ぷかりと白紫の煙が上がり始めていた。
目を細める悪衛門だったが、先ほど三郎に口走った「西館に戻れるようにしてやる」の意味をまだ話してはいない。
三郎は煙草を呑気に燻らす悪衛門が面倒になって来た。
「悪衛門、さっきの話だがどう言う事じゃ?ワシが西館の城に戻れるようになるとは」
「西館どころか石毛にも豊田の城にも今まで通り戻れるぞ。いや、それこそ元通りに使い番になれるかもしれぬ」
「だからそれはどう言う事じゃ」
立っているのが疲れて来たのだろうか、悪衛門は河原に転がっている大きめの石に近付いて腰を下ろした。
「お前もどうじゃ」
三郎もおあつらえ向きに直ぐ近くに転がっていた大石に腰をかけた。
「さっきのあの男な」
「山賊か」
悪衛門は呵々と笑った。
「山賊か、これは面白い。あの男が生きて帰ったら話して聞かせてやろう」
「そんな事はどうでも良い」
悪衛門は煙管の火皿から燃えきった煙草の灰を落とした。
「あの男は多賀谷の軍師、白井全洞のお抱えの武士でな、鹿島神道流の使い手とか申しておる男よ」
「白井全洞が調略の手を伸ばしてきおったか」
悪衛門は声も無く笑っていた。
「何が可笑しい」
 




